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二日目午前…敗者の嘆き


考えてみれば当たり前だが俺の背後、というか左側にいたのは黒髪の少女。あの吸血鬼の血を持つ…いや、持っていた少女今はあの怪物性のカケラも感じられない。

「怪我はないか?」

「…貴方。私より年下。カッコつけ、良くない。」

…場が凍った。そうだね、うん。そうだった。ジェシカさんとかピーター氏とかギルマスとかいろんな人があまりに自然に接してきていたからついつい二十歳の時の距離感で話しているが、俺の実際の年齢は5歳か6歳か、小学校低学年のガキンチョである。

それに対して目の前の貴族令嬢は10かそこら年齢にはうるさいお年頃だ。

「あ、あははは…」

「う、うふふふ…」

「んー?私、変なこと言った?」

変じゃないよ、君はその常識を失わないで…既にポンコツが入ってきているメイドからは失われつつある一般的な常識というやつを忘れないであげて欲しいが…はてさて、しかし、いったいどうした物だろう。

「んー…」

今ここで少女をやり込めるのは難しくはないが出来なくはないだろう。だがそれによってこの非力になった(暫定)な少女が俺への反発心が爆発したり。またうっかりして依存などされては困る。やるなら純粋なボーイミーツガールか良く友人程度の親密度が望ましい。

なにせいつ死ぬかも分からぬ世界で一番先行き不明なんだからな。

ならば此処でとるべき択はなんだろうかとおもうと小学生の頃のぎこちないコミュニケーションを思い出す。

「よし、じゃぁ…」




〜〜ダフネー〜〜



「自己紹介からがいいかな。俺はグラジオ、グラジオラスという名は故あって隠しているからグラジオと呼んでくれ!君は?」


私から見てその人物は不親切の塊だった。


「私は。ダフネ、ダフネ・ウィンター。12歳。」

「よろしく、ダフネちゃん。っと、俺は5歳だからね…さん付のがいいかな?」


生者であり魔物の血など入っていないのに彼の瞳はゾッとする様な蒼色で私の魔眼である筈の眼を直視しても私の方が顔をそむけてしまう。茶色がかった黒い髪は私と同じくらいまで伸び放題になってはいるが頭の上の方で纏めてある。馬の尻尾の様だなと思った。


そこまで考えてわかった。いつもなら聞こえたはずの声がない、アルカードも起きてはいるが半分は寝ている。

…でも今まで生きてきた私の感覚に沿っていけば彼の言うことに嘘はないけど隠し事はある。


「ダフネ…呼び捨てでいいよ。」

「わかった、ダフネ。あ、忘れてたこっちはジェシカさん。訳あって俺と冒険者をしている仲間だ。」

「よろしくお願いしますね。ダフネちゃん?」


彼女からは嘘も隠し事もないのに嘘と隠し事の音が沢山する。きっとジェシカと呼ばれた女の人は私と一緒だ。


「ん。ジェシカお姉さん。」

「ごッは」

「ジェシカさん!!あ、だめだ。呼ばれ慣れていない上に心にクリティカルだ。」


…うまくやっていけないかも知れない。

けど微かなアルカードの声が言ってる。『彼等を頼るしか無いと』そこまでして私はようやく目の端に映った綺麗な黒髪が自分の物だと分かった。



そうわかった時、何故だか私は時間が止まった様な気がした。

もう、もういいんだよね。



〜〜グラジオラス〜〜



「え?」

彼女の動きが止まる。

敵襲?いや、気配も魔力も感じられない、それとも彼女の中にいるというアルカードと名乗った眷属の声でも聞こえたか?

おい、しかも震えてじわっと泣き始めたんだが!?

「わ、わた、私の髪が…」

かみ?髪?あ、ああ白から黒へと変わったというかそもそもの魔性がほぼほぼ消失しているために人としての形を取り戻したと言えるが…生来のものである事にはかわりないだろう。その衝撃は…

「普通になってる!」

「普通になってる?」

「これでもうお父様に殺されなくても良くなったのかな!!」

…ああ、そうか。こいつは…

「ねぇ、グラジオ、私…もう普通なんだよね?」

焦点の合わない目で涙を流しながら、ガタガタとふるえながら、最早擦り切れ果て人として終わっていながらも怪物の血によってつなぎ止められていた彼女の心は…もう終わっていたのか。

「あは、あははは!」

「おい!」

魔力が迸る。吸血鬼としての異能がほぼ消失したと言っても彼女の魔力は生まれついてのもの、それが失われることはなかったようだ。先ほどの減退が嘘のように回復した魔力が彼女の感情のままに振りまかれる。そして発動した魔法は…自分に向けられたものだった。

「だから、もういいんだよね。」

「やめろ!」

咄嗟に発動した魔法を相殺し彼女を止めようと揺さぶるが既に彼女の意識はそういう次元にはない。魔法は魔力が尽きるまで発動した。

瓦礫の山は吹き荒れた破壊の風によって砂地にかわり彼女は魔力の減退によって意識がなくなった。


「ふぅ…思ったよりもひどい状態ですね。」

俺が彼女を抱え魔法防御を開始した時点で金属球の様な防壁に籠もっていたジェシカさんは悲壮な表情で俺の抱える少女を見た。

「まぁ俺みたいに異世界から流れ着いたとか、怪物性に裏づけされた破綻した精神でもなければ血の繋がった親から殺され続けるなんてその自我が完璧の崩壊してもおかしくない程のストレスだろう。」

彼女の父、いや血が繋がっているだけの精神異常者は一体今まで彼女に何をしてきてそしてどうして彼女はここまで壊れたのか。

そして魔性の血の寄って一体幾度、彼女自身はひしぎ止められてきたのか。運命という名の糞はどうして事此処まで彼女を苦しめたのか。

どうして…

「どうして間に合わなかったんだろうな。俺は。」

「…」

始めは彼女を取り巻く環境に、境遇に同情し、憤り、同時に俺は俺の手の届く。俺の最強が届きうる限りそこにある理不尽を叩き潰すその誓いを果たすためこうして此処まできた。

だが無駄だった。無為だった。何もかもが遅く。何もかもが手遅れすぎた。


血が出る。瞬く間に止まる。反吐が出る。


今自死を選んだ彼女は一体何人めの彼女だろう。一体今までに何人の彼女が消えていったのか。肉体的な不滅性と精神的な不滅性はまったくもって両立しない。

それこそ執念の果てに得た不死や不老でなく。生まれ持ってしまっただけの彼女にそんなものを得る時間はなかった。ないままに殺された。殺されて殺されて殺し尽くされて…ぐちゃぐちゃに砕け散った体の分だけ彼女の精神は崩壊した。


いっそ今此処で殺してあげれた方が彼女は幸せなのかも知れない。


だが俺はそれを選べない。

今まで彼女に降りかかってきたソレこそが俺の最強が粉砕すべき理不尽だ。此処で彼女を見つけてしまった以上俺は俺のために彼女を助けなければいけない。

ソレがどんなに彼女にとって理不尽で、無為で、苦痛で、悲劇でしかなかったとしても彼女が自身を殺す事を選ばなくなるまで彼女を救い続ける義務が。殺せない俺にはソレしかないんだ。


彼女を背負い、取り上げられていなかったバッグから出した紐で俺にくくりつける。


「…グラジオラス様。」

「わかってるよ。俺のエゴだ。ソレでしかない。」

ジェシカさんは俺を見る。

「どうなさるおつもりですか?まさか彼女を助け続けるなんて言いませんよね?」

「……」

「…良いですか。グラジオラス様。彼女の肉体は生きていたとしてもその精神は既に擦り切れ、魂は砕けています。ソレは生きた死体です。」

「…よ。」

「彼女を救うんだったらもう殺すしかないんですよ。」

「…てるよ。」

「だから…」

「わかってるよ!!わかってるってんだろ!!」

「でしたら…」

その呆れた様な顔をやめろ。

その聞き分けのないガキを見る目を止めろ。

わかっているし理解している。だがそれでも俺は彼女を助ける。

「人の命はこんな風になって良いもんじゃないんだよ。」

「それは…!そうですがっ!」

だからだよ。

「それに…まだ彼女は生きてるよ。」

「…聞いてました?」

「ああ、彼女の心はまだ生きてる。」

「それはあり得ない。だって彼女は…!」

「彼女は生来魔性を宿していた。今はそのバランスが崩れて不安定になっている。そんな状態の彼女をみただけで死んでるなんていうのは詭弁じゃないか?」

勿論。屁理屈だ。

「…また彼女を地獄へと帰すつもりですか。」

声が暗くなる。無意識に放たれた魔力は彼女の限界を大きく超え俺の身体を軋ませる。

「『生きてるっていうのはそれそのものが地獄』っていう奴もいる。だが俺は彼女にこの世界の嫌なところだけを押し付けて、その嫌なところだけをみて死んで欲しくないんだよ。」

俺はあくまで笑ってそう言い放った。彼女は何か言いたそうだったが観念したらしい。

「ああ、もう。私だって殺したくていってるんじゃないんですよ。」

そう言って不機嫌そうに俺の頭を撫でる。

「私はあなたが一番大切なんです。今此処で無用なモノを抱えて、傷ついて…何処かで間違うんじゃないかと心配なんですよ。」

「…ごめんね。ありがとう。」

はぁ、当初の予定ってなんだっけ?まぁ良いか。とりあえず…彼女を助けるとかこの街に解き放たれたあのヤバげな執事や戦争をどうにかするために。

「壁登りだな。」

「ええ、そうですね。とりあえずは、ですが。」

ふぅ…こういう時小説みたいなご都合主義が羨ましい。現実はいつもこんなのばっかりだ。

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