二日目午前…勝者の歴史
一面の瓦礫の山、見上げてもどうにもならないほどに深い縦穴、そしてみごとに粉砕骨折した両足と消耗した魔力、まぁ、粉砕骨折はエネルギーの逃がしが失敗した結果なんだけどね!
「ぐぅぅぁ!」
勿論、痛い、がこの程度で魔力制御を乱せば俺だけならまだしも周囲を巻き込んだ破壊が巻き起こっても不思議ではない、表層は痛みに悶え叫ぶ事でアドレナリンの分泌や苦痛に対するストレスを発散すると同時に無意識と内面は極めて冷静に、機械的に魔力を運用し思考する。
…勿論、これを習得するための訓練が一番苦しかった。幸にして自壊する方法ならいくらでもあったし何がなんでも魔力を保持し続けなければならなかった為身につけざる得なかったんだが。ま、それでも辛い物は辛いのだ。
「っが、っふぅう!」
両腕を使い無理矢理上体を起こす。足を放り出して座り込むがかなり痛む。
気を失ってしまえば楽なのだが…残念ながらそんな場合ではない、2人の容態を確認しなければいけない。ジェシカさんは…五体満足、骨折なんかはないがアザやかすり傷がある。戦闘と言うよりは一方的な損害、また表面的には魔力を枯渇させられていたが既に魔力を感じられるあたり解放された領域内の魔力は隠し通したのだろう。見れば傷も少しずつ治ってきている。
問題は少女、あの吸血鬼とは思えないほど普通の少女だ。あの特徴的な白髪が失われているのを見れば直感的にわかる。彼女に吸血鬼としての不死性はほとんど無い…いや、残されていないと言うべきだろう。人並みか一流魔法使い程度の魔力量は感じられるがそれも少しずつ減退している。吸血鬼としての特性をほとんど全て簒奪された影響だろうが…とりあえず呼吸も一定で怪我もない、ボロボロなのは服と俺くらいだ。
ああ、安心…し…
「ゔ…」
ドサ…
「ッハ!?」
悪寒が走る。背筋に氷柱をぶち込まれたような寒気と不快感、飛び起きて周囲を窺うが…
「ここは…」
『起きたか間抜け。』
暗闇に鎖の戒めと楔、血と闇と魔力の満ちる世界…俺の魔石の中だ。そして話しかけてきたのは黒竜だろう。相変わらずその威容は俺が倒せたものとは思えない程のものだ。だが今の怖気は奴のではない、もっと…そう、あの吸血鬼の少女に近い気配だ。
『何を見回しておる。』
「いや、寒気がね。」
俺がそういうと竜は鼻で笑う。
『阿呆が、この幽谷で今更寒気だの怖気だのと…冥府に降りてその寒さに怯えるようなものだ。』
…いや、まぁ確かにここは限定的な冥界でありその役割や働きは『死の保管庫』と言えるような物なのだろう。実際俺が殺した相手の魂やら魔力やらを縛り付けて溶かしているのだし。
そんなあからさまに『死』が近い場所でそんなものを感じるなど強者であり傲慢な暴虐の化身のような竜にとっては女々しさの象徴であるのかもしれない。が、あくまで俺は人間であるしそもそも今はまだ最強に至らんと足掻く愚者に過ぎない。そういう感覚が鋭くて何が悪い。
それに俺はまだ吸血鬼を殺していない、殺していない物の気配がするなど可笑しいじゃないか。
すると馬鹿を見る目で見下ろしてくる。
『貴様…頭が悪いのか察しが悪いのか片方にしておけよ?貴様は吸血鬼を殺している。そして貴様は此処にいる者を打ち倒しているのだ。それがたとえ不相応な技によるものや儀式による余波であったとしても、倒している以上それに怯えるなど勝者のする事では無い筈だ。』
「あん?」
なんだこいつ。珍しく…褒めているのか?まじで?耳の錯覚か!?
「お前…デレとかあるんだな。」
『殺すぞ』
あ、別に平常運転だったわ。焦った〜。安堵と共に座り込むと腰に何かがぶつかった。
…?精神世界ってそんな散らかってたっけ?俺がこの前来た時は上も下もない闇にぼんやりと彫刻や彫像の様に奴らの死体があっただけの筈だが?
そこを覗き込むとそれはこちらを見つめていた。
生首、斬首された首だけ死体がすごい形相でこちらを見ていた。凍りつく俺をよそにそのあまりに美しい首は皮肉げに口を歪めた。
『解放されたと思えばこんな小僧の魔石に押し込められるとは…妾も堕ちたものだ。』
「おあ!?」
キェェェェエエエ!?シャベッター!!ナンデ、ゆっくりなんで!?
生首だけだった美女は周囲にあった霧と同化ししばらくして黒いレースのワンピースを着た金髪紅眼の幼女に変化した。
「ふむ。まぁこんなものか…ククク、あの愚かな吸血鬼モドキめウィンター家の物ならまだしも彼奴のような愚物に私を復活させることは不可能故此処らで手打ちじゃろうな。」
その姿は先ほどまで暴虐の限りを尽くしていた白髪の美女の面影がある。いや、違うな。この幼女に彼女が似ていたのだ。
それは優雅に、それはそれは美しい貴族の一礼を見せると攻撃的なまでに釣り上げた口角とそこから覗く牙を見せびらかす様に笑った。
「お初にお目にかかるかな?剣の花、私は吸血鬼、正確にはその残滓、暫くの間ここを間借りする。」
「…」
可笑しい。
「吸血鬼、ね。名前とか固有名詞とか個体識別名とかは無いのか?」
俺が思う通りなら彼女はウィンター家によって殺された吸血鬼、それも薄まった血の中ですらこうして自我を保てるほどに強い力を持つ個体、どう考えても字名の一つもありそうなものだ。
「ククク、クハ!愚か愚かと蜥蜴が罵っていたのもわかるな。いや、愚かなのではなく知りたがりなだけか。…ハァ…」
そこまでいうとあからさまにこちらを馬鹿にしたように続ける。
「今の貴様が私の名を聞けば呪われる。強大な魔力とそれに伴う呪力は名と文字に現れやすい。私がお前の名を言わないのも同じこと、私が貴様の名を言えばそれだけで魔法は完成してしまう。…ククク、束の間といえど間借りする相手に対する細やかな礼儀だよ。それがわかれば今は知ろうなどとおもうなよ?下郎。」
…なるほど。理解はできる。要は前世でもあった簡易的な呪術、まじないの類だ。ブードゥー呪術や丑の刻参り、マイナーな物から日常に溶け込んだ儀式まで様々だがつまるところそういう事。
俺が存在としてまだ未熟であり、この世界の圧倒的上位者である彼女や黒竜の名を聞く事は毒になる。強い力から認識されるというだけで壊れてしまうほどに俺は強く無いという事だ。某有名ファンタジー小説の名前を言ってはいけないあのお方理論だ。
「ああ、わかった。じゃあまあ俺はあんたのことを吸血鬼と呼べばいいのか?」
「…ふむ?自分で言うとそうでも無いが他人から言われると些か味気がない物だな。何か渾名でも考えろ。」
コテンと小首を傾げる姿すら美しいというのはなかなか人間的では無い。幼女なのに綺麗という冠詞がつくならば大人の彼女を直視することのできる生物は果たしてどれほどいるのだろう。
そして、なかなかに理不尽だ。家主は俺なのに上位者はあっちだと言うのもそうだが彼女を記号化する事自体が俺にとって酷く難しい事だとこの幼女はわかって言っている。ニヤニヤと馬鹿を見る視線が二つ。
…だが馬鹿にされた状態に甘んじる俺では無い。
「じゃあ、あんたは『太陽』、『向日葵』。そうだな。ヒマワリでいいだろう金髪だし。」
彼女を記号化するのが難しく彼女の名やその要素に触れるだけで毒となるなら彼女から最も遠いだろう物を当てはめればいい。
「ふむ…そう躱したか。あわよくば貴様の身体を頂こうと思っていたが案外考えはしっかりとしているらしい。」
なんか恐ろしいことを感心しながら言うな。
『フン…愚かではあるが馬鹿では無い、無知ではあるがそれを踏まえている。それがこの虫だ。覚えておけ蝙蝠風情が。』
そしてなんでお前はちょっと自慢げなんだ。
「あ゛?」
『お゛?』
二体の上位者、その魂の残りカスの様なそれらが睨み合う。それだけでいい様も無い圧が発生し俺の精神体は消し飛びそうになる。というかなんでこんなに仲が悪いんだこいつら!
気がつけばいい様も無い悪寒などという生易しい物に怯えていた自分はいなくなっていたがこれからもこの魔石の中は俺の精神を蝕んで来るだろう。直感だが殺した相手が多くなるほど俺は俺でなくなるのだろう。それこそあの騎士団長の様に何か精神的な主柱のみが残ってそれ以外の人間性の全てを削り取られる事になるだろう。
早く強く、そして知らなければ。
漠然と、しかし強くそう望むと俺の意識は浮上する。どうやら時間らしい。
まて、俺は一体何を知らなければいけないと思ったんだ?
「グラジオラス様!」
「あ゛あ゛?あ、あージェシカさん。おはよう。」
「え?あ、はいおはようございます…じゃ無いんですよ!また装備を一式粉砕して!しかも障壁と再生があったにもかかわらず血溜まりに倒れて!心配したんですよ!?」
それはこっちのセリフである。
「ジェシカさんだって、あの執事にやられた傷があったでしょ?」
「それは!」
「はいはい、わかってるよ俺の方が酷かったね。」
だが俺もだいぶマシになった様だし、ジェシカさんも多少薄汚れてはいるが無事そうだ。と、そこまで考えて起き上がろうとすると何かに引っ張られているのに気がついた。




