とある貴族の欠陥品
薄暗い、光などまるで存在しない領主館の地下古くは一族より生まれた凶兆を生かさず殺さず封殺するための場所だったそこは今正しく機能していると言えた。
「は…あぁ…」
嗚咽のような、叫びのようなか細い悲鳴のような声を上げる彼女は錆び付いた牢の扉が軋む音に顔を上げた。
「ウィンター家長女ダフネ、貴様は今回も死ねなかったな?」
「お父…様…!」
揺らめく蝋燭の火に照らされる男の顔が醜く歪んでいた。名はアルベルト・ウィンター、共和国貴族第51席に座す貴き者どもの1人でありウィンター家当主だった。
しかし、座敷牢越しに娘を見下ろす死の瞳には貴種としての誇りよりも欲望に淀んだ暗い光しかなかった。
「流石はウィンター家の血統における最終段階、完成とまで言われた我が子だ。天晴…とでも言っておこうか?」
「騎士は!私の騎士は!無事だったの!?」
破裂音、それと共に発動した魔法は障子でも破るように少女の柔肌を撃ち抜いた。
「ああああぁぁぁぁぁあああ!?」
「喚くな!このっ!バケモノが!」
連続する破裂音、飛び散る血飛沫しかし明らかに致死量の血を失い身体を穴だらけにされて尚少女は生きていた。その肉体に秘める魔力が赤黒い燐光を放ち始め…呼吸を停止した。
「ッチ、やはり親である私には殺せないか…忌忌しい、お前さえいなければ私がこの座を脅かされることも、ましてや…ックソ!!」
座敷牢は魔法によって膨大なリソースと引き換えに一族に出る異常性と音を掻き消していた。だがそれもこれも普通ならばの話、吹き飛ばされた彼女の血肉はまるで砂のように乾き消え去り変わる何かが彼女の肉体を補填した。
そして一度停止した呼吸が強制的に戻される。
「ッガハ!ヒュー、ヒュー!」
「ッチ!」
牢の中では再び少女の呼吸音が発生する。痛苦からその息は荒いが血も何もかもが消え去った牢には不自然なほど傷一つない少女が枷から逃れ倒れていた。
苛立たしげに舌打ちをした領主はこの牢を維持する一族を労い、上に戻っていった。その顔が苦々しく、牢の番人たちはローブでその顔を隠していた。
「我が祖先の構想ではあのようなバケモノは想定されていなかったのだろう。あの娘の力が大戦中にあればそれこそ英雄だが今の世には過ぎたる力だ。」
男は地下への入り口を使用人たちに隠蔽させ上でこれから来る冒険者たちを歓待するためそして何より苛立つ心を落ち着けるために身を清めることにした。
服を脱ぎ捨て湯が張られた浴場に入る。
「今この国は安定している。だが逆に言えばあのようなイレギュラーが入り込む余地はないという事だ。」
「はい、その通りでございます。」
体を磨く使用人は文字もそもそも言葉も不自由なそして消しやすい者を用意している。貴種にも安息や愚痴を吐く場と言うのは必要なのだ。アルベルトはいつもこうして心を落ち着ける。強大な魔力と魔法技術を持つ貴種の精神を安定させるのは義務であり責務、その為に金を使うのは貴族として当然だ。
「あの娘は…タイミングが良くなかった。そして何よりも産まれが悪い、何も一族の保存のために手を付けた情婦からアレが産まれてきさえしなければ…」
「はい、その通りでございます。」
体を磨く物も精神安定の作用があるハーブを医師に調合させた物、湯に浮かべる花も色や形は様々だが皆そうである。
「アレが生まれたせいで私の評価はここまで落ちた。ウィンターといえば共和国四大貴族、王国の成り上がりとは違う本物の貴種だ。奴らがいくら魔導に傾倒しようとも辿り着けない神秘が我々の内に流れている。」
「はい、その通りでございまっ」
指を弾き黙らせる。一瞬で少女は破裂した。やはり目麗しい少女が醜く膨らみ、弾け、苦しみではなく恐怖によって染まり切って死ぬのを見るのは心が落ち着く。
「皮はいつものようにしておけ。」
「…畏まりました。」
中身だけを攪拌し破裂させる。その訓練のために祖父や父が充てがった死にかけの家畜やスラムのガキではない、この家が経営する孤児院で養成された生きのいい名前無しどもだ。神からの祝福もなく親という保護者がいない彼らはやはり使い勝手がいい…ッチ、しかしそんな存在を生み出しこの国に貢献してきた私に金でこの国の地位を買い、民主主義などと言う馬鹿げた制度を組み上げた商人どもめ、あの娘のことだけを口実に他の四大貴族を味方につけ私を此処まで落とし込むとは!全く持って度し難い!
指を弾く。悲鳴の上がる隙もなく少女だった花が咲く。
「はぁ…やってしまった。セバス。」
「今日中に補填いたします。」
だが、彼奴らが目をつけた忌み子の死を使い奴らを攻め滅ぼせばどれほど愉快になれるだろうか?考えただけで笑みが溢れてしまうな!
「セバス、彼奴らは。」
「…取り逃しました。この街にいることは確かですが感知から突然消失しました。如何いたしますか?」
「ふむ…」
既に段取りはついている。あの娘が街道で奴らの私兵の装備を持った集団に襲われたと言う事実は既にあり、死傷者も出た。何よりもあの愚かな、金と下半身だけで生きているような長が冒険者を動かしている。奴らに流した情報はこちら側のものだけだがそれでも既に依頼の受理は進んでいる。
「放っておけ、実際あの生き証人供を生かして連れてくるのは彼らなしでは難しかっただろう。何せ弱すぎる。」
「畏まりました…では、あのハーフリングは如何いたしますか?」
セバスは私の祖父の代からこの家に勤める従者、ならば既に答えは決まっているのだろう。
「探し出し、殺せ、このタイミングで監査が入ったとしても止まることなどないだろうが…念のためだ。奴の術式魔法とハーフリングの固有魔法はわかっているな?」
「畏まりました。ええ、わかっております。では…」
奴の気配が目の前にいると言うのに消えていく様はいつ見ても圧巻だ。やはり血統書付きは違う。
「失礼いたします。冒険者が門前に…」
「わかった。出る。」
さぁ、始めよう。貴族の顔に泥を塗った報いを腑抜けた今の共和国に大戦の時を思い起こさせるのだ。




