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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
97/105

97話 階段


 山脈にも匹敵する大きさを誇る魔龍王の蛇身が空気に融けるようにして消えていく。

 1000年前神原龍人が自身のギフトで生み出したあの体は、後には何一つ残らないだろう。聖剣の力はギフトに対してそれほどまでに強力だ。だからこそ、聖剣を受けてなお再生し続けた魔龍王の――神原龍人の力には驚かされた。

 もし、神原龍人自身が未だにあの魔龍王の体に残っていたならば、もしかしたらまだ女神の力に対抗していたかもしれない。

 幽霊女王がいなければ戦いはまだ終わっていなかったかもしれないのだ。

 二人の消えた空を見上げる。

 そこには無数の星が瞬く夜空が広がっている。

 彼らはどこかへたどり着けるのだろうか。


「どうにか、終わったのかねぇ」


 黙して空を見上げるシュウにジルバが寄ってきて尋ねる。


「終わったよ。もう体は再生していない。後はこのまま消え去るだけさ」

「1000年もあたしら人間を苦しめて来た割にはあっけない最後だねぇ」

「……」


 隣で浮遊するジルバは目に憐憫を浮かべて呟くが、この老婆は知らない。

 魔龍王の正体がかつて異世界から召喚された勇者だと言うことを。

 彼もまた、ジルバ達と同じ人間だったのだと言うことを。

 女神に踊らされた一人にすぎないのだと言うことを。


「さて、とりあえず下に降りるとするかねぇ。さすがに魔力も空っぽだ。あたしゃ少し休みたいよ」

「分かった」


 二人はゆっくりと地上を目指した。

 シュウにとってはジルバが操る魔法に任せているだけだから何もすることはなかった。ゆっくりと近づいて来る地面を見ているだけでよかった。

 と、その地面の上に一人の人間がいることに気が付く。

 上半身裸の、筋骨隆々の大男。


「げっ、ゼスト……」

「おや、国王が苦手かい?」

「そう言うわけじゃないけどな」


 手の中にある聖剣に目を落とす。

 あの時は戦いの最中だったから何も言わなかったが、実質的にゼストの娘を手にしている状態なのだ。何を言われるか分かったものではない。

 出来れはまだしばらくは顔を会わせたくなかったのだが、無情にもジルバはそのゼストの真ん前に降ろしてくれた。


「よう、小僧」


 ぶっきらぼうな、ゼストの声。


「何だよ」


 返す言葉も少しだけ、棘のある言い方になってしまう。


「本当に、倒したんだな」

「ああ。倒したよ。もうあれが現れることはない」

「そうか」


 そう言うなりゼストはいきなり地面に膝をついて頭を下げてきた。


「なっ、おい!?」

「あなたに国王として感謝を。新たな英雄の誕生に祝福を」


 その声は威厳に満ちており、一国の王としてのゼストの姿だった。

 ゼストが本気でシュウに感謝していることがはっきりと見て取れる。


「よしてくれ、俺は結局一番救いたかった奴を救えなかった……」


 手の中の聖剣に目を落とす。

 ゼストもその視線を追って行き、目元が緩んだ。


「いや、あいつにとっては本望だっただろうさ。王女としても小僧の仲間としても、な」


 そう言いつつもゼストの目には深い悲しみの色がある。


「それでもッ! 俺はリットに生きていて欲しかったんだ!」


 リットの死を容認しようと言う空気がどうしても受け入れられず、シュウは灰にため込んだ空気を全力で吐き出して叫んだ。

 その言葉にゼストが目を大きく見開いて固まっている。

 だがすぐに立ち上がって傍に歩み寄って来る。


「……そうだな。だがやはりあいつは満足だっただろうよ。ここまで思ってくれる奴の力になれたんだからな」


 ぽたりと地面に涙が零れ落ちる。

 気が付けばシュウは目から溢れ出した涙が止まらなくなっていた。

 大切な仲間を失った悲しみ、悔しさ。

 女神への怒り。

 すべてが混ざり合ってもうよくわからない。


「馬鹿が。泣くんじゃねえよ。スピネルの奴だってお前に泣かれても困るだけだろうが」


 そう言いながらシュウの頭をがしがしと撫でまわしてくる。

 ごつごつとした武骨な手だった。

 とても国王の物とは思えない。

 まさしく戦士の手。


「お前は間違いなくやり切った。誇れ! お前はこの世界を救った英雄で勇者なのだからな!」


 ゼストはそう言うとシュウの後ろに回って今度は背中を勢いよく叩いた。

 肺の中の空気が一気に押し出されて、涙も止まる。


「……分かったよ」


 涙を拭う。

 ゼストはその様子を見てニッ、と野性味のある笑顔を見せた。

 そのおかげもあって、ようやくシュウは前を向くことが出来た。

 そうだ、まだ終わりじゃない。

 やるべきことが残っている。

 マーリーとの約束。

 女神を殺す。

 そこまでしなければこの世界を救ったなどとは言えない。


「これからお前らはどうするんだ?」


 ゼスト達に尋ねる。


「まずは怪我人の救護と街の復興だな。オレは王として国を守らねばならん」

「ひっひっひ。あたしはエルミナに戻るとしようかねぇ。向こうもまだまだ人手が必要だからねぇ」

「……そう言えばガーシュイン辺境伯とリゼットはどこに行ったんだ?」


 二人の姿がないことに疑問を覚えて尋ねる。


「あの二人ならばすでに王都へ戻ってもらっている。やることは多いからな」

「……そうか」


 ゼストの答えに頷く。

 確かにあの二人ならば救助作業でも力を発揮してくれるだろう。

 出来れば助けてもらったお礼を言いたかったのだが仕方ない。


「お前さんはどうするんだい?」


 その答えは決まっている。

 すぐにでも女神の所へ行きたい。


「俺は、やることがある」


 ジルバにそう答えるのと同時だった。

 空から一条の光が降り注ぐ。

 まっすぐに伸びた光はシュウを真上から照らしていた。


「これは……」

「天の階……初めて見たな」


 光の外側、目を丸くしたゼストが呟く。


「天の階?」

「異世界からやって来た勇者が目的を果たした時に、女神セレナが勇者を天界へと導くための階段だと言われている。オレも伝承でしか聞いたことはなかったが」

「まぁ、ここ1000年は誰一人としてあの魔王の討伐に成功しなかったわけだからねぇ。それ以前の勇者様達は何人かこの光の階段を上って女神様にお会いしたそうだよ」


 ジルバが皮肉を込めて言う。

 となると、この光の道を通って行けばセレナに会えるわけか。

 シュウは光の先、天空の彼方を見上げる。


「行くのか」

「女神様がお呼びだからな」


 ゼストの言葉に頷きを返す。

 まぁ呼ばれなくてもこっちから行くつもりだったことは黙っておく。


「そうか。国賓級のもてなしをしてやるつもりだったんだがな」

「悪いな。あと、ゼスト。こいつを……」


 少し残念そうなゼストだったが、ここで止まっているわけにはいかない。

 代わりにシュウは聖剣を差し出す。

 聖剣はゼストの娘そのもの。

 剣となってしまったがここで渡しておくべきだろうと思ったのだ。


「やめろ。そいつはお前が持っているべきものだ」


 少しだけ眉を怒らせて言う。

 そのくらいわかってやれ、というゼストの気持ちが伝わってきて、シュウは頭を下げた。


「すまない。そうだな」

「そいつはお前の傍に居たがっている。まぁ、お前がいらねえっていうなら貰ってやるが……まだ必要だろう?」


 その言葉にはっと顔を上げると、ゼストが真剣なまなざしでこちらを見ていた。


「お前の顔は、魔王を討伐して晴れ晴れっていう顔にゃ見えねぇ。むしろこれからが最終決戦っていう雰囲気出てるぜ」

「ひっひっひっひ。これから女神様に会おうっていうのにかい? おかしな話だねぇ」


 笑いながら言っているが、バカにする様子ではない。

 あるいはもしかしたらこの二人もこの世界の異常に気が付いているのかもしれない。


「まぁ、何をするつもりかは知らんが。お前の傍にはいつもあいつがいる。それを忘れるなよ」

「……ああ。わかってる」


 ゼストの真剣な声に頷きを返す。

 それと同時にシュウの体がふわりと浮き上がった。

 ゆっくりと地上を離れていく。


「お前のおかげで助かった! 感謝する!」


 どんどん小さくなっていくゼストが拳を振り上げてもう一度礼を言ってくる。


「後はお前のやりたいようにやれ!」


 ゼストの言葉が胸に突き刺さる。

 やりたいようにやれ。

 この世界に来てからシュウは女神の求めるとおりに、リットや人々の求めるとおりに戦って来た。


「でも、これからの戦いはただの八つ当たりだ」


 女神のいいように使われてしまったことへの。

 結局守れなかった男の。


「さぁ、行こう」


 視界が一気に広がる。

 目の下には魔龍王によって蹂躙された大地が広がっていた。

 もうすでにゼスト達の姿は小さな点となって見えない。

 だがその大地も小さなものになる。

 ぐんぐん昇っていく。

 それと同時に光の柱の密度が濃くなっていき、大地が見えなくなってきた。

 もう宇宙まで出るだろうか、そう思ったところでシュウの意識は拡散して消えた。


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