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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
96/105

96話 終結


「これでも殺し切れないのか……!」


 斬りつけた首元から細かな塵の様に分解し始めていたのだが、それが今元に戻ろうとでもいうのか再び集まり始めていた。

 塵は首の形をとり、再び一本の首として戻り、頭と体を再接合させた。

 まるで逆再生の映像を見せられているようだった。

 ギフト自体を消滅させているはずなのに全く殺せる気配のない姿にはさすがに辟易させられる。


「こいつ、不死身か!?」


 思わずそう叫ばずにはいられない。


GRYYYYYYYYYYYYYY!


 金の瞳に、再び怒りの火をともして魔龍王が咆哮する。

 周囲を威圧するその叫びには、未だ戦う意思が強く存在していた。

 それほどまでに女神が憎いか。

 神官を殺したいか。


「いいぜ」


 ぐっと聖剣の柄を握る。

 シュウの闘気を感じたのか、金の瞳がシュウを直視する。手の中の聖剣から移ってきた視線は未だ殺意に満ち満ちている。


「付き合ってやるよ。最後までな!」


 事ここに至っては聖剣で体を消し飛ばすのが先か、シュウの体力が尽きて殺されるのが先かという勝負だ。

 そう考えて踏み出そうとしたシュウ。

 だが、それよりも先に正眼に構えた聖剣が突然に輝きだした。


「なっ、何だ!?」


 シュウが制御してのことではない。まばゆいばかりの白い光。しかもその光からはリットの物ではない気配がする。思わず目を背けそうになるが、魔龍王とは未だ聖剣を挟んで退治中だ。どうにか目を細めて耐える。

 しかしそんなこととは関係なく、気配が一気に高まり聖剣の白い刀身から光の帯が飛び出した。

 優しい光だった。

 聖剣自体が発する光も弱まりもう目を焼くことはない。シュウは思わず魔龍王へと近づいていくその光を前に戦いを忘れていた。

 輝く粒の様にも見えるそれは、次第に人の形をとった。

 リットにとてもよく似た姿だった。だが、リットではないことはシュウにはよくわかった。

 手元の剣に、はっきりとリットの気配を感じていたからだ。


「まさか、幽霊女王?」


 思い起こされるのはリットから聞いた王国の初代女王。

 魔龍王の素体となった異世界からの転移者神原龍人ともつながりがあったと言う彼女だった。

 その光はまっすぐに突き進み、魔龍王の体へと飛び込んでいった。


   ◇


 そこは真っ赤な世界だった。

 聞こえてくるのは地鳴りのような怨念。

 龍人はそんな世界で独り、膝を抱えて座っていた。


「やっと会えましたね」


 その世界に一人の少女が現れる。

 長い金髪に真紅の瞳。

 ベニート・アイト・デュナーク。

 白いドレスを揺らしながら彼女は龍人に近づく。だが龍人はベニートが傍によっても身動き一つしなかった。


「リュウト様。起きて下さいませ」


 そう言いながらベニートは龍人の隣に腰を下ろし、やさしく龍人の頭を掻き抱いた。

 腕の中にある龍人の感触に、ベニートは涙を流す。

 1000年早く、こうしたかった。

 ベニートは何も言わず、龍人の頭を優しくなでた。

 魔龍王として君臨し続けた1000年という時間を解きほぐすように。

 どれほどそうしていただろう。

 龍人の頭がピクリと動く。

 次いで焦点のあっていない、ぼんやりとした眼がベニートへ向いた。

 唇がわずかに開き、わななくようにして一つの単語を紡ぐ。


「べ、ニート……」

「はい、リュウト様」


 龍人が名前を呼んで、それにベニートが涙を散らしながら最大の笑みを浮かべて答える。

 龍人の視線がようやくベニートをはっきりととらえた。


「やっと、会えた……」


 未だに感情が薄い物の、龍人ははっきりとそう言ってベニートを抱きしめ返した。

 そのことが嬉しくてベニートの腕にも力が籠る。


「お待たせしました。安心してください。これからはずっと一緒です」

「ずっと?」

「はい。私はリュウト様をお連れするためにここに来たんです。そこへ行くまでずっと一緒です」


 腕の中の龍人が顔を上げてベニートの顔を見る。


「行くって、どこへ?」

「私達が行くべき場所へ、ですよ」


 そう答えたベニートの顔には安心させるような笑みが浮かんでいる。


「遠く、とても遠くです。長い旅になります。でも心配いりません。私がずっとそばにいますから」

「……ああ、それはいいな」


 龍人がほっとしたような溜息と共に目を閉じる。

 その頭をベニートが再び優しくなでた。


「はい。行きましょう」


 二人の体が消え去って、二つの光の球になった。


   ◇

 幽霊女王の姿を取った光が入ってから魔龍王は動きを止めていた。

 しかしそれはほんの数秒の事だった。

 光が魔龍王の背中から抜け出して来たのだ。

 抜け出した時には光は二つの塊になっていた。

 片方からは変わらず幽霊女王の気配がする。

 そしてもう一つは――


「神原、龍人……」


 そうだとしか思えなかった。

 二つの光は重なり合い、舞うようにして空高く昇っていく。

 見えなくなる限界の高さまで飛んでいった光だったが、そのままさらに高く昇っていくかと思えば急に紫色の光が降り注ぐ。二つの白い光はその中へと吸い込まれていった。


「今のは……」


 一瞬だが、何かの気配を感じた。

 ぞわりと全身の毛が逆立つような、何か恐ろしい存在のような……。


GRRRYYYYYYYYYYYYYY!


「うわっ!?」


 不意に足元が揺れ出す。

 蛇身に膝をつき、揺れに耐える。


「おいおい、本体が抜けてもまだ暴れるってのか?」


 立っていられない揺れに、このまま残るべきかそれとも地上へ降りるべきかを迷う。


「シュウ!」


 急に空から声を掛けられる。

 見れば空の上を飛翔してくる老魔女の姿がそこにはあった。

 彼女が数回何かの形を描くように指を動かすと、シュウの足元に魔力が集まり体が浮かぶ。

 浮遊の魔法を使ってくれたらしい。


「助かる!」


 暴れ続ける蛇身から空へと距離を取る。

 離れて全景を眺めてみると、魔龍王の異常な状態が鮮明に分かった。

 体のいたるところに亀裂が走り、そこから新たな首が生えている。

 首の形状はもともとの魔龍王の頭もあれば、これまでに戦った魔物の姿の物もある。サイズもまちまちで、大きすぎたり小さすぎたりと地獄絵図だ。


「一体こいつはどういうことなんだい?」


 傍まで寄って来たジルバが訊ねて来る。

 ここに来るまでに相当に戦っただろうに、目立った怪我はない。

 そのことにほっとしつつも自分の考えを述べる。


「あれの本体が抜けたんだ。今あの体は制御する存在を失って暴走してる状態、なんだと思う」

「なるほどねぇ。それで、あとはどうするつもりなんだい?」

「決まってる」


 手の中にある聖剣を両手で正眼に構える。

 刀身を白い光が一気に覆った。聖剣の能力を全開放すれば、魔龍王の抜け殻を破壊し切るだけの威力は出せるだろう。


「一撃で全身を消し飛ばす」

「そいつはシンプルでいいねぇ。それじゃ、あたしはその間の護衛をしてやるとしようかねぇ」


 そう言いながらこちらへと放たれ始めた光線を魔法で防いでくれる。

 ジルバがいなければ今頃はハチの巣だったかもしれない。

 雨の様に降り注ぐ光線を、片手で障壁を張りながらもう片手で炎の蛇を呼び出し光線を発している元を攻撃している。

 シュウは正眼に構えた聖剣を高く掲げた。

 刀身を覆っていた白い光が大きく立ち上り、天まで伸びる。

 巨大な白い剣が出来た。


「いいぞ!」

「あいよ」


 ジルバが操る炎の蛇を一気に伸ばすと爆発四散させる。周囲一帯を巻き込む大爆発を起こし、有象無象の敵を破壊しつくした。だが、魔龍王の本体にはせいぜい焦げ跡が付く程度のもの。

 もちろん、これから振り下ろされる剣はそれ以上の力を持っている。


「はぁっ!」


 ジルバが避けた真正面から蛇身をなぞるように剣を振り下ろしていく。


GRRRRRRRRRRRRR


 魔龍王の体に突き立てられた刀身は、まるで豆腐の様にあっさりと切り分けられていく。


「まだまだぁっ!」


 頭を割り、首を裂き、それでも剣を止めず光の刃でなぞる。

 空に浮くシュウの足元を通過したところで今度は尻尾へ向かって光の刃を伸ばしていく。

 万里の長城の如くそびえる魔龍王の体を光の刃が裂いていった。

 それに伴い今度こそ、魔龍王の体が消滅していく。

 1000年に渡る戦いの終結だった。


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