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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
93/105

93話 避難


 ベニートは城の窓から城下とその先に広がる敵の軍勢を見下ろしていた。

 王都は既に四方を敵に囲まれている。

 しかも遠くに見える敵の軍勢は、亜人族・魔人族の連合軍だ。

 これまでお互いを敵視していた二つの種族が手を結んだことは王都の人間族に衝撃を与えたが、その時にはすでに王都は包囲されかかっていた。

 国王とその重臣だけは早々に王都を脱出し、北の城塞都市へと逃げ延びた。

 最後までベニートにも逃げるように王は言ってきたが、ここに残る者も必要だからと言って頑として首を縦には振らなかったため、重臣たちに引きずられるようにして王は王都を脱出していった。


「姫殿下、ここは危険です。中へお戻りください」

「マッケイン伯爵……」


 廊下に一人佇み、窓をのぞき込むベニートにマッケイン伯爵が話しかけてきた。マッケイン伯爵は片膝を付き頭を垂れている。その姿を見て、ベニートは窓を離れた。


「行きましょう。将軍達がお待ちです」

「……ええ」


 マッケイン伯爵が立ち上がると視線はベニートよりも頭一つ分高くなる。

 そのことにため息をつきたくなる。

 顔には一切出さないようにしたつもりだったが、マッケイン伯爵が心配するような視線になった。


「リュウト殿が心配ですか……いえ、愚問でしたね」


 ベニートの視線がマッケイン伯爵の首のあたり――龍人の頭の高さを見ていることに気が付いたのだろう。


「心遣い感謝します。ですが今は、信じて待つしかありません」


 頭を振って、ベニートが廊下を歩き出す。

 マッケイン伯爵はその背後を鎧の音を立てながら付いていった。

 王城の廊下は恐ろしいほどに静かだった。

 普段王城には王に仕える軍人や貴族がおり、それを助ける執事やメイド達が無数に行き来していた。

 今はそれらが全て城から消え去っている。

 しんと静まり返る王城に、ベニートの軽い足音とマッケイン伯爵の鎧がぶつかり合って鳴る音だけが響いていた。

 やがてたどり着いたのはいつかの日に龍人と一緒にくぐった謁見の間の扉だ。

 今は扉は開け放たれており、その開閉のためにいた兵士の姿もない。その兵士たちも今城壁で戦っているのか、それともすでに防衛のために散ったのか。

 良くない想像を振り切るようにしてベニートは謁見の間へ踏み出した。


「おお、王女殿下。お待ちしておりましたぞ」


 謁見の間の中央、そこには今大きなテーブルが置かれており鎧を着た軍人や大臣などが囲んでいた。

 ベニートがそこに近寄るとそれに気が付いた人たちが自然と道を開ける。

 彼らの目には等しく悲壮な覚悟が映っていた。

 それもそうだろう。

 すでに王都は敵の軍勢に囲まれており、蟻の子一匹這い出るような隙間もない。

 ましてや取り囲んでいるのは一人一人が人間族とは比べ物にならないほどに強い力持つ他種族の兵士達だ。ここにいる者達は皆死を覚悟していた。

 だが同時に、一人でも多くの民を救いたいと立ち上がった者達でもある。王都には未だ逃げることが出来なかった民たちが大勢存在している。それほどまでに亜人族・魔人族連合軍が王都を包囲するスピードは速かったのだ。

 故にこの局面を最後の最後までいかにして打破するか知恵を絞っていた。


「では、軍議を始めましょう」


 ベニートがそう宣言した瞬間の事だった。


「でっ伝令!」


 今さっきベニートが入って来たばかりの入り口から、転がり込むようにして一人の兵士が駆け込んできた。鎧を付けたまま全力で走ってきたのだろう、兵士は肩で大きく息をしており話すのも苦しそうだ。


「何事じゃ! 今は軍議の最中だぞ!」

「ほ、ほくっ……ごほっほっ!」


 将軍の一人が叫ぶと、伝令の兵士が無理に喋ろうとして咳き込む。

 ベニートは重ねて怒りの声を上げようとした将軍を押しとどめ、伝令の兵士の隣にしゃがみこんだ。


「大丈夫、落ち着いて。大きく深呼吸をするのです」


 そう言いながら回復魔法をかける。

 すると伝令兵の顔色がすぐによくなって、息も戻ったようだった。


「あ、ありがとうございます王女殿下――そ、それよりも早くお逃げください!」

「どうしたのですか?」

「北東の空より巨大な影が出現いたしました! 大きさは空を覆うほどで、その姿は古の伝承に伝わる龍の姿そのものをしています!」

「なんだと!?」


 その報告を聞いた将軍や大臣たちが一様に動揺する。


「北東、と言うことは亜人族領の方ですかな?」

「敵の援軍?」

「いや、そもそも空を覆うほどとは……」


 様々な意見が口々に漏れる中、ベニートとマッケイン伯爵だけが謁見の間を飛び出していた。

 廊下を走って、一番近くの東向きに突き出たバルコニーへ出る。


「な、なんという」


 マッケイン伯爵が呆然とした顔で呟く。

 空一面を覆うほどに巨大な黒い鱗を持つ龍が空を泳いでいる。

 まだ距離があるものの、そのサイズは疑うべくもない。

 間違いなくこの王都全体を覆うほどに巨大だった。

 もしも大臣の心配した通り敵の援軍だと言うのならもはや人間族に打つ手はないだろう。

 その暗い未来を予感してマッケイン伯爵は絶望に駆られた。


「……王都に残っている民たちを、可能な限り城のシェルターに避難させなさい」

「王女殿下?」

「まだ、諦めてはなりません。私達はまだ、生きているのですから」


 ベニートが強い意志を秘めた瞳で見つめれば、マッケイン伯爵の目に力が戻る。

 自分の愛した人がここにいるのだ。

 守るべき人が。

 それを再確認して伯爵は動き出す。


「かしこまりました。将軍大臣たちに伝えます」


 そう言って、マッケイン伯爵は鎧を鳴らしながらバルコニーを去って行った。

 去っていく伯爵の背中に頼もしさを姫として感じながら見つめていたが、もう一度北東の空からやって来る龍の姿に目を向ける。


「リュウト、様?」


 恐怖と不吉さを感じながらも、なぜか大切な人の事を連想させられてベニートは呟かずにいられなかったのだ。


   ◇


 王都を包囲していた亜人族の将軍ガロウズはいらだっていた。

 彼の姿はライオンを人型にしたような姿をしている。その黄金に輝く鬣は彼の自慢だったが、今その鬣に虫がたかっている時のような不快な感覚が消えない。


「やはり魔人族などと手を組むべきではなかったのだ」


 所狭しと張られた天幕の間を足音高く歩きながらそう漏らす。

 亜人族は一言で表すなら弱肉強食の社会だ。

 何よりも腕力が、強さが物を言う社会だ。

 かくいうガロウズも前将軍をその咢でかみ殺して今の地位にいる。

 故に非力で姑息な人間族は亜人族にとってゴミ以下の存在だった。

 対して魔人族は人間族よりも強力な魔法を使い亜人族に対抗してくる。強い分人間族よりマシだと言うのが大方の見解だ。だからこそ、今回の緊急同盟の話を聞いたときにガロウズも一応は納得をしたのだが、魔人族と会議を行って分かったことがある。


「あの種族とは相容れぬ」


 元々魔人族とも反目し合っていたのは相性が悪すぎたせいなのだ。

 力と言う意味では亜人族に対抗できる魔人族を認められない要因は彼らの考え方にある。

 一言でいうならインテリ。

 力で解決することを好む亜人族に対して、知略で最大の結果を求めようとする彼らの戦い方は亜人族には理解できない物だった。

 さっきの会議でも正面突破を提案する亜人族たちに対して、魔人族はそれぞれが最大効率を求めた作戦を幾つも提示して来た。

 反論しようとすると、1の反論に対して100の反論が帰って来る上亜人族には大半を理解できないのだ。

 それは仲たがいもするというもの。


「この戦が終わったら次は魔人族を滅ぼさねば」


 所詮は急造の軍。

 人間族側から見れば巨大でも、内部からすればさほどまとまっていないのが現状だった。


「将軍閣下!」

「どうした」


 そこへ犬頭の兵士が一人駆け寄って来る。

 兵士の顔は真っ青だった。


「本国より魔法で伝令が届いています『至急救援を求む、我襲撃されたり』と!」

「なんだと!? どういうことだ?」

「それだけではありません、人間族との戦の囮として配置されたわが軍とも連絡が取れないのです」


 続く凶報にガロウズは閉口せざるを得なかった。

 人間族殲滅のため、魔人族と共闘を決めたガロウズたちは戦争の最前線に囮として兵力を残してきた。それ以外の亜人族・魔人族連合軍は戦線を迂回してこの王都まで迫ったのだ。

 だが今その囮として残してきた軍とも連絡が取れず、本国が襲撃を受けこの本当の最前線にまで援軍をよこすよう言ってきている。

 一体どういう状況なのか、あるいは頭のいい魔人族なら理解できるのかもしれないがガロウズには理解できないことだった。


「お、おい。なんだあれは!」


 足りない頭で思案するうち、周囲の兵士達が急に騒ぎ始める。

 誰もかれもが北東の空を見上げ、指さしている。

 ガロウズもつられてその空を見上げて硬直した。


「なんなのだ、あれは……」


 亜人族の将軍として無数の敵を退けてきたガロウズも見たことのない生き物がそこにいた。

 その姿は蛇のように見えた、だが蛇は空を飛ばない。

 あるいは魚の泳ぐ様にも見えた、だが魚は水中の生き物だ。

 何なのか、龍という存在の伝承を知らない亜人族たちは名前すら思い浮かばず混乱していた。力至上主義の亜人族には、すべてを粉砕する伝承上の生き物の話など受け入れられず、彼らには龍という生き物の知識がなかったのだった。

 だがガロウズはすぐに直感する。

 北東、自分たちの領域から現れたその存在こそが本国から救援要請が飛んできた原因なのだと。


「総員! 戦闘じゅ――!」


 ぼけっと空を見上げる兵士たちをまとめ、敵と戦う準備をしなくてはという本能に従おうとしたガロウズだったが、その言葉は最後まで発せられることはなかった。

 GYYYYYYYYYYYYYYYYY!

 あっという間に連合軍の上空まで迫って来た鱗を持つ巨大な蛇が劈くような絶叫を上げたのだ。

 この瞬間、ガロウズは悟った。

 あれが自分達よりも上位の存在なのだと。

 自分たちは絶対に勝つことが出来ない。

 その証拠に、ガロウズですらも耳をぺたんと折り畳み、尻尾は地面に垂れていた。

 周囲にいる亜人族の兵士たちもほとんどが同じだ。

 本能的に自分より強い存在に亜人族は歯向かうことが出来ない。


「撤退せよ……!」


 ガロウズはなけなしの力を振り絞って、そう叫ぶのが精いっぱいだった。


   ◇


「王女殿下! 空に現れた巨大な龍は亜人族・魔人族連合軍に攻撃を開始しています。亜人族軍は既に壊滅状態。かろうじて魔人族軍が魔法で対抗しているようです」

「ありがとう。下がって休みなさい」

「ハッ!」


 伝令を持ってきた兵士をねぎらって下がらせる。

 その内容は、驚くべきものだった。

 当初連合軍側の新戦力かと思われた龍が連合軍を攻撃し始めたのだ。

 報告を聞いた将軍や大臣たちは思案していた。

 この機に乗じて連合軍を総攻撃すべきか。

 それとも混乱をついて逃げるべきか。


「逃げましょう」

「王女殿下、それは絶好の機会を逃すことになりますぞ!」


 ベニートが下した結論は逃走だった。

 それに対して軍を預かる将軍が強硬に反発していた。

 彼は王都が包囲された折に前将軍が討ち死に、その結果繰り上がりで着任したばかりの若い将軍だった。


「今こそここでの龍に便乗しなければ、あの『なりそこない共』を殲滅するチャンスが一体次はいつ来ると言うのか……!」

「言葉を慎みなさい、将軍。いかに敵とは言え、そのような物言いは我々人間族の品位を貶めますよ」

「……失礼いたしました」


 将軍は不承不承と言った様子だったが控えた。

 将軍に着任したばかりと言うこともあるが、彼は前将軍のお気に入りでとてもかわいがられていたという。それが戦争とは言え目の前で殺されればこうもなるか。

 ベニートは胸の内のみで嘆息した。

 この様子ではすぐにでも一人で敵討ちに飛び出して行ってしまいそうだ。

 今は一人でも避難民を救える戦力が必要だと言うのに。


「方針は決定事項です。この混乱に乗じて、シェルターに避難させている王都の民たちを連れ出して安全な場所に逃げ延びます。包囲された時は急襲だったため民たちを逃がせず悔しい思いもしましたが……今ならばそれも可能なはずです」


 その言葉に大半の臣下が頷く。

 動かなかったのはほとんどが軍人たちだった。


「では、どこへ撤退しますかな? 北のスレイヤー子爵領を目指しますか」

「あちらは今国王陛下が向かっているはず。万が一にも敵軍勢を引き連れて行っては本末転倒です」

「では、私の領地へ参りましょう」


 そう提案してきたのはマッケイン伯爵だ。

 彼に視線が集中する。


「我がデュナーク領であれば王都の避難民を受け入れられるだけの広さがある。平地故、守りと言う点ではスレイヤー子爵領には劣るでしょうが」

「……今は一刻も早く王都を脱出することが先決。決まりですね」


 周囲に並ぶ臣下を見回して言う。


「行先はデュナーク領です」


 会議が終わり、各自が必要なことをするために動き出した。


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