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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
86/105

86話 責務


 ただまっすぐにひた走る。

 魔龍王の体は太く長い。

 ジルバ達が足止めを買って出てくれなければもっと時間がかかっただろう。

 だが、その道程ももうすぐ終わる。


「ようやくたどり着いた」


 GGGGGGGGGG――

 鎌首をもたげた魔龍王の金眼と視線がかち合う。


「っ!?」


 瞬間、視界が黒い光で満たされるのを認識すると同時に大きく後ろに跳ぶ。

 一瞬前までシュウがいた空間を光線が縦横に通り抜けていき、自分自身の蛇身の表面を焼いていく。

 そして幾条もの光線は後ろに跳ぶシュウを追ってくる。


「くそっ」


 もう一度だけ追跡してくる光線をさらにバックステップで逃れると、反動をつけるようにして今度は前に跳ぶ。

 耳元を光線が空気を焦がしながら発射されるのを聞きながら光線を躱してすり抜ける。

 細いわずかな隙間を縫うようにしてすり抜けると、光線の雨が今後は背後から迫って来るのを感じた。

 魔龍王の咢が開かれ、再び極大のブレスが収束を始めている。

 シュウに向かって放たれている小粒のブレスは頭の周囲に収束した小さな光点から放たれていた。


「うおおおおおおおお!」


 背後から迫る光線から逃げながら、真正面の極太光線の収束に向かって走る。

 頭の片隅で自分が追い込まれていることに気が付く。

 だが今のシュウにはこれ以上に出来ることがなかった。

 ただまっすぐに魔龍王の首を落とす。

 両手に握るホワイト・ルチアの刀身を伸ばす。

 腕を交差させ刀身をさらに伸ばした。

 交差させた二刀をハサミのようにして首に迫らせる。

 黒い光は未だ収束を続けている。

 白い刀身は既に首まで迫っていた。

 届く――!

 頭の中をその言葉が駆け抜ける。

 だが、二刀は首に届く寸前で止まった。


「!?」


 それ以上先に進めない。

 白い刀身に細い光線がまとまって放出されていた。

 気が付けば背後に迫っていた光線の群れがなくなっている。

 背後で檻の役目をさせていた光線でホワイト・ルチアを止めるのに使ったようだ。


「くっ!?」


 恐ろしい力で留められ、一ミリも刀身を魔龍王の首に食い込ませることもできない。

 焦りを募らせていると、シュウの視界を徐々に黒光が照らし始めた。

 すでに魔龍王の巨大な咢の中に納まりきらないほどに光は膨らんでいる。


「しまっ!?」


 極太の光線が発射される。

 咄嗟にホワイト・ルチアの刀身を縮めて退避しようとするも、縮む刀身を追って細身のレーザーが殺到する。

 周囲に無差別に降り注ぐ光線を、体に触れそうなもののみ剣で防ぐ。

 だが、それで魔龍王の目的は果たされた。

 一瞬足止めできればそれでよかったのだ。

 視界が黒く染まる。

 襲い来る衝撃に体を固くさせるシュウだったが、それより先に耳に届く声があった。


「おおおおおおりゃあああああああ!」


 光線との間に割り込む人影があった。

 その人影は振りかぶった拳を光線に叩きつけた。

 その瞬間。

 カクン、と光線が曲がった。


「は!?」


 思わず声が出てしまうシュウ。

 目の前には「フシュー」と息を吐く上半身裸のこの国の国王がいた。


「よう、小僧。また会ったな」

「あんた何してんだよ!」


 一国の国王がさらされていい状況ではなかった。

 今のは普通の人間なら間違いなく消し飛ぶような一撃だったはずだ。


「ハハハ! あの程度、大したことはねぇ……と言いてぇところだが、さすが魔王だな」


 威勢のいい声は途中までだった。

 前に回り込むと、握った拳の先をのぞき込む。

 そこにあったのは炭化した真っ黒な腕だった。


「おい、それ……!」

「心配いらねぇ」


 足もとから光が立ち上り、炭化していたゼストの腕はあっという間に治療された。

 はっとして魔龍王の蛇身の下、地面の方を見ると白い神官服に身を包んだ少女の姿が見えた。


「リット……」


 この世界に来てからずっと一緒にいた彼女の姿を見て、危険な場所へ来てしまったことへの怒りと、湧き上がる安堵がないまぜになった不思議な感覚に包まれる。


「待っててくれって言ったのに」

「ハッ、それで黙ってるようじゃ王族は務まらねぇよ」


 治ったばかりの手を握ったり開いたりしながら笑って言う。

 そう言われて思い返してみれば、目の前の男はほんのさっきまで瀕死の重傷を負って虫の息だった。

 だと言うのにこうして拳を再びきつく握りしめている辺り、この国王族は特殊なのかもしれない。


「それじゃ、もう一回始めるとしようか」

「分かった」


 ゼストが犬歯をむき出しにして構えを取ったのを見て、シュウは頷きを返した。

 心強い。

 心の底から湧き上がって来る感情が腕に力を与える。


   ◇


 再び戦い始めたシュウと父親の姿を見上げて、リットは息を吐く。


「全く、あの人たちは……」


 魔龍王の放つ無数の光線を避けながら徐々に近づく二人の戦い方は脇で見ているリットにとってはらはらさせられるものだった。

 どれだけの力を持っていようが、所詮は人間だ。

 体に穴が空けば死ぬ。

 頭を粉砕されれば死ぬ。

 リットは神官として、城を出るまでは王都で様々な怪我を負った人々を治療して来た。

 旅に出てからはより多くの大小さまざまな怪我人を治癒して来た。

 だが助けられない人もいた。

 その多くは病気のせいで、治癒魔法が効かないためだったが中には治療が遅すぎたものもいた。

 このデュナーク王国の第三王女の責務として、勇者を探す傍ら一人でも多くの民を救おうとしてきた自負がリットにはあった。

 そして、第三王女としての最大の責務を果たすことにもためらいはない。


「シュウさん……」


 ゼストを背後から貫こうとした光線を切り裂いたシュウを見上げて呟く。

 初めて会った時は牢屋の中だった。

 顔を合わせた時、不思議とこの人と離れてはいけないと言う気がした。

 リットはそれを彼が垣間見せた戦闘の強さによるものだと思っていたがそうではないとすぐ気が付いたし、マルクドーブの街での戦いでそれは確信に変わった。

 彼には力があった。

 でもそれだけではない。

 助けようとする意志があった。

 地竜と戦った時も。

 エルミナの街がドラゴンレイスに襲われた時も。

 マルクドーブの街で絶望的な状況を前にした時も。

 いつでも逃げるという選択肢が彼にはあったはずだ。

 だけどシュウは助けてくれた。

 力があるからでは、きっとない。

 守りたいから、見捨てたくないから戦ってくれたのだ。

 だからこそ助けられた人々がシュウを勇者として認めた。

 本来この世界の勇者とは女神が託宣を下し、教会に現れた者が勇者として認定されて来た。

 そう言う意味でシュウは勇者ではない。

 それでもシュウが勇者として人々に認められたのは、彼の立ち居振る舞いが人々を絶望から救ったからに他ならない。

 人々を絶望から救う存在こそが勇者と呼ばれるのだから。


「だから、私は……決めたんです」


 少女は息を殺してひたすらに待つ。

 彼が自分を必要とするその時を。

 デュナーク王国第三王女に課せられた最大の責務を果たす、そのタイミングを見失わないようにするために。


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