84話 集結
目の前が漆黒の光に満たされる。
収束されたレーザーがまっすぐに放たれたのだ。
「ホワイト・ルチア」
両手の中、別々に新たな武器を召喚する。
呼び出したそれは柄だけのものだったが、気にせずに振りかぶる。
勢いよく光線に向けて十字に振り下ろすと柄から真っ白な光が伸びた。
殺到してくる漆黒の光線を手元の刀身が照らし出した。
空気を焼くような音と共に伸びたブレードが光線を切り裂く。
「あああああああああ!」
魔龍王の背に着地するとともに、咆哮を上げ猛然と背の上を駆け出す。
そこへ向けて無数に収束する光点。
幾つものレーザーの発射口を置き去りにし、あるいは放たれた光線を切り裂きながらも突き進む。
「でやぁっ!」
同時に足元の魔龍王の体も切り付けていく。
光のブレードは体に触れる直前のみ長く引き伸ばし、深手になるように攻撃を加えていく。
縦横無尽に走る傷跡からは黒い瘴気のような体液が噴き出してくる。
間欠泉の様に吹き出すそれを躱しながら駆け抜ける。
ただ一心に魔龍王の頭めがけて。
「GGGGGGG」
魔龍山脈と同じほどの大きさを持つ魔龍王の背の上を駆けていくとようやくその頭部が見え始める。だがその時に見えたのは頭部だけではなかった。
大きく開かれた巨大な咢。
その中に収束された巨大な黒光。
間違いなく全力のブレスだ。
ここまで躱してきた小粒のレーザーなどではない。
極太で発射されるであろうそれは、受ければ待つのは死だけだ。
ホワイト・ルチアを大きく斜めに振りかぶる。
「うおおおおおおおおおお!」
一気にスイングした刀身は一瞬で魔龍王の頭部まで伸びた。
切っ先が、届く。
「GYYYYYY!?」
まるで頬をぶたれたかのように首が回り、レーザーが空を向いた瞬間に放たれた。
黒い光がまっすぐに空に昇る。
雲を消し飛ばし、ずっと高い空まで届いたそれは遠く彼方で何かを破壊し爆破したようだった。
地表まで届いた光でそれを知ったシュウだが、今はそんなことに構っている余裕はない。
貴重なチャンスだ。
畳みかけるなら、今。
そう思ってさらに速度を上げる。
だがその眼前で、なぜか急に足もとの蛇身が割れて血が噴き出す。
驚きに目を見張っていると、割れた部分からぬらりと現れる者がいた。
「ドラゴンレイス……」
「KYUOOOOOONNNNN!」
エルミナの街で出会った幼竜級の魔物。
大人よりも大柄な体格を持ち、手には粗末な曲剣を握っている。
それが魔龍王の体を裂いていくつも現れていた。
魔龍王の蛇身は高速道路の真ん中を一人で走っているような気にさせられるほどに広い。
戦うには問題ない広さだ。
だが、今こんな小物と戦っている余裕はない。
「どけぇっ!」
一斉に襲い掛かって来るドラゴンレイスに真正面から突っ込む。
曲剣を振りかぶる蜥蜴人間を、両手の剣でスライスして突き進んだ。
魔物が魔龍王から生み出されていたというのはどうやら本当だったらしい。
遠くから大きな音を立てて突進してくるトライホーンの群れを見ながら得心する。
背後を振り返れば、斬り捨てたドラゴンレイスのさらに向こうから同じドラゴンレイス達が無数に追いかけてきていることもわかる。
ここに至るまでに切り裂いてきた魔龍王の蛇身から生まれたのだろう。
斬れば斬るほどに増える敵。
だが斬らねば倒すことは出来ない。
「なら、一直線に頭を目指す……!」
シュウに出来ることは何も変わらない。
ただひたすらに頭を目指し、潰す。
長く伸ばしたホワイト・ルチアの刀身を振り上げる。
「ハッ!」
高く掲げたそれを十字に振り下ろした。
真正面、高速道路のような広さの蛇身一杯を広がって突撃してきていた魔物たちを一掃する。足もとの蛇身ごと斬りつけながら吹き飛ばす。
光の奔流は魔物たちを消し飛ばしたが、そのすぐあとにも新たな魔物の足音が聞こえてくる。
「クソッ切りがないな!」
蛇身の端から下を覗けば、斬りつけた足もとから垂れた魔龍王の体液がダラダラと魔龍山脈の岩肌に垂れ、そこからがしゃがしゃと音を立てて髑髏の軍勢が湧き出してきている。
空からは翼が空気を打つ音が聞こえて、見上げれば赤い肌を持つ火竜が群れを成していた。
「……いいぜ。とことんやろう」
疲れで崩れそうになる足にぐっと力を籠め前を見据える。
前からはトライホーンが。
背後からはドラゴンレイスが。
空からは火竜が降下し。
地上からはドラゴスケルトンたちがガシャガシャと音を鳴らしている。
「全部殺して突き進む!」
そう決意を固め蛇身を蹴って駆け出そうとしたが、
「それじゃ、少し手伝うとするかねぇ」
空から降って来た声と共に、目の前に迫った魔物の群れに炎の大蛇が絡む。
はっとして足を止めると、背後には黄色い半透明の壁が出来上がってドラゴンレイス達を足止めしていた。ドラゴンレイス達はめいめいに持った武器を黄色い壁に叩きつけているが壊すことは出来ないようだ。
見上げると、空を埋め尽くす火竜よりもさらに上空に飛ぶ巨大な鳥の姿が目に入った。
火竜よりも遠くにいるにもかかわらず、翼を広げた姿は火竜たちを覆うほどに大きく遠近感がどこかおかしく感じる。茶色の羽毛に白い頭、黄色の瞳を持つ猛禽の鳥は鷲の姿そのものだったがサイズはとてもその比ではない。
そしてその背中に3人の人間が乗っていた。
「あんたら生きてたのか……」
呆然と呟く。
杖を持った小柄な老婆。
両手にガントレットをはめた修道服の女性。
騎士服を身に纏い、鷲を操縦している少女。
全員に見覚えがある。
エルミナの街で出会った。
セージの攻撃で死んだとばかり思っていた。
◇
「ははは、腕は鈍ってないみたいだな。爆炎の魔女」
「うるさいねぇ。こんなものまだ序の口さね」
大鷲の背で軽口を叩き合うのは修道服の女性―――リゼット。
そして炎の大蛇を放った老婆―――ジルバ。
眼下に広がる光景とはかけ離れた会話だった。
「お二人とも、こんな場所で喧嘩はやめて下さいよ」
騎士服の少女―――セルジュ・ガーシュインが呆れたようにたしなめる。
「そんなことよりもスピネル様はっ!? スピネル様はどこです!?」
きりっとした表情を一変させて、血走った眼を地上へ向ける。
「あたしゃ知らないよ。そっちのシスターが言い出したんだろ? 第三王女に危機が迫ってるってねぇ」
「シスター・リゼット、どうなのだ!」
セルジュが血走った眼をリゼットにぐりんと向けた。
「んー、あたしの勘だと近くまで来てると思うんだけどね。とりあえずその辺の雑魚を掃除してくるよ」
そう言うなりリゼットは大鷲の背から飛び降りた。
修道服をはためかせながら。
「全く、困ったやつだねぇ。まぁとはいえ……」
眼下に広がる光景を見て深いため息をつく。
「あいつの野生の勘に従ってきたのは間違いじゃなかったようだねぇ」
セージによって破壊された街の復興を放置してここへ来たのは、シスター・リゼットが復興の拠点にしていた場所へ突然現れたからだ。
彼女はその時すでに大鷲の背に乗っており「スピネルが危険らしい。手を貸せ」と言い出したのだ。
誰もこの忙しい時に、と相手をしないかと思われたがなんとセルジュがそれに反応してしまった。
スピネルの事が気になってしょうがない彼女は行くと言ってきかず、同じ場所にいたジルバがセルジュの家臣たちに懇願されて同行したというのがここまでの流れだった。
魔龍山脈を大鷲に乗って飛び越えてこようとしたまさしくその時に魔龍王の復活に出会ってしまったというわけなのだった。
「どれ……あたしも行くとしようかねぇ」
そう言って自分に魔法をかけ、ジルバがふわりと浮かび上がる。
「お前さんは空から援護しておくれ。さすがのあたしでもあの群れの相手は堪えるからねぇ」
「いいでしょう。スピネル様が見つかるまでの時間つぶしです」
そう言うなり大きな咢で噛みつこうとしてきた火竜の鼻面の前に障壁を展開する。
突然現れた壁にぶつかった火竜は体勢を整えられず地面へ向けて落ちていった。
「おお、怖い怖い。それじゃあたしも少し本気を出すとしようかねぇ」