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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
82/105

82話 発射


 空から降り注ぐ無数の黒い光の線が王都を舐めていく。

 幸いにも光線はシュウたちのところへは降り注がなかったが、視線の先で光線が通った後は見るも無残な光景だった。

 あらゆるものが破壊しつくされ、えぐり取られたかのように消失している。

 それが魔龍王を中心に王都中へ、直線が引かれたのだ。


「これが魔龍王のブレスかよ……」


 ゼストの絶望を含んだ声が空しく響く。


「ブレス!? これがブレスだって言うのか!?」


 これまで戦ってきた魔物の中にはブレスを使ってくる者たちはいた。

 死竜や火竜らの攻撃は苛烈で、思い出すだけで恐ろしい。

 だが、それでもここまでの威力と数はなかった。


「さすがは魔王と言うべきか……お前らは一度ここから離れろ」

「な、なぜですっ!?」


 ゼストの言葉にリットが食って掛かる。

 一緒に戦うつもりだったからだ。


「あいつの攻撃がまだ続くならこのままじゃオレの王都が消し炭だ。奴の攻撃をこの王城跡に集中させるんだよ」


 そう言われて辺りを見回せば、確かに周囲に人気はなく王都に光線の雨を降らせるよりも幾分はましに思えた。

 ゼストの言葉はつまり自分を囮にしろというものだった。


「……分かった、死ぬなよ?」

「シュウさん!? 本気ですか?」

「今はゼストを頼るしかない! 俺の方は準備に時間が必要なんだ」

「……攻撃の手段、見つかったんですね?」

「ああ。とりあえずはな」


 シュウの目をじっと見つめていたリットはやがてはぁ、と大きなため息をつくと不承不承と言った顔で頭を縦に振った。


「わかりました。……お父様、どうかご武運を」

「おうよ。お前に助けてもらった命だ、簡単にはやられんよ」


 にやりと笑顔を見せるゼスト。

 だがすぐにその顔を引き締める。


「行け! すぐに次が来るぞ!」


 見上げると、再び魔竜王の周囲に黒い球体が浮かび上がっている。


「任せたぞ!」


 シュウはそう一声だけ掛けると走り出した。

 すぐ後ろをリットもついてくる。

 瓦礫の隙間を縫うようにして駆ける。

 一度大きく距離を取って、リットがある程度攻撃にさらされないような場所に移動してから戦うつもりだった。


「ぬううううおおおおおおおおおおお!」


 その背中に獣のような咆哮が届く。

 ちらりと視線だけ振り返るとゴウ、と音を立てて巨大な何かが魔龍王に向けて吹っ飛んで行った。

 それは光線を発射しようとしていた魔龍王のちょうど頭の部分にぶつかって粉々になった。

 驚いたことにそれはどうやら壊れた王城の一部だったらしい。

 かなり巨大なそれをゼストはぶん投げたのだ。


「なんつーパワーだよ……」


 とんでもない膂力にあきれ返るばかりだ。

 だが効果もあった。

 攻撃直前だった魔龍王が集中を切らしたのか周囲に浮かんでいた黒球が消える。

 代わりに苛立たしげな金眼をゼストへ向ける。

 そこへ再びゼストが投げたのだろう瓦礫が飛んでくる。

 魔龍王は先ほどまでのものよりもずっと小さい黒球を作り出すとそこから細い光線を放って応戦した。

 瓦礫の大半は撃ち抜かれるが、いくつかはまっすぐに魔龍王へと当たって砕けた。

 だがダメージがあるようにも見受けられない。

 魔龍王はただ苛立たしげに頭を振るだけだ。


「ここでいいか」


 背中のすぐ後ろで火がちりちりと焼けているかのような焦燥感に押されて、シュウは足を止めた。

 魔龍王とゼストが戦っている場所とは反対の場所。

 とはいえ、魔龍王がこちらへ振り向こうと思えば一瞬だろう。

 そういった意味ではもともとこの王都に安全な場所などどこにもない。


「シュウさん、これからどうするんですか?」

「ちょっと、上に行ってくる」

「上?」


 上空を指さすシュウに対してリットがきょとんとした顔を返す。

 やって見せなければとても理解できないだろう。


「少し待っててくれ」


 手の中に再びアヴラウラ=テンプスターズを喚び出してリットに言い聞かせる。

 少しでも目を話すとこの少女は一人で無茶をする気がしたからだ。


「……分かりました」


 頷くのを確認して、剣の力を解放する。

 剣から噴射される爆風に乗って、シュウは自分の体を打ち上げる。

 速度は最大。

 魔龍王の体をかすめながら、楕円軌道を上空へ向けて描きながら飛翔する。

 魔龍王の巨体すら、視界から消え去るのは一瞬だった。

 景色は雲と、そして青から黒に代わってゆく空だけだった。

 だがそれすらもすぐになくなり、世界が一気に広がる。

 足もとには青く輝く星が。

 地表を覆うような白い光が宇宙の闇と交わり、無窮に広がる世界が漠然とした寂しさを伴って胸を締め付ける。

 成層圏まで昇ったのだ。

 恐ろしい寒さが体を襲うが無視する。

 女神の加護の力によるものなのが業腹だがここまでの無茶をできるのは助かる。

 右手をまっすぐ脇にぴんと伸ばす。できるだけ体から離すように。


「インドゥア」


 短く喚んだだけで肺腑が凍り付きそうになった。

 だが凍り付くよりも先に、名を喚ばれたものが現れる。

 もし地上から、宇宙から見ていた者がいれば空中に巨大な塔が現れたように見えたことだろう。赤味がかった石造りの塔だ。

 大きさは電車の様な太さで、隣に立つシュウがとても小さく見えるほどに差がある。

 これがインドゥアだ。

 塔のように見えるが実際は矢である。

 先端には鈍い輝きを放つ巨大な矢じりがあり、まっすぐに伸びた矢柄とも相まって一層屋根を付けた塔に見える。

 シュウは石でできたその矢にたった一つの命令を与える。

 視界にとらえた、地表の巨大蛇。

 そこへ向けて一直線に手を振り下ろす。

 すると隣に浮かんだ状態だったインドゥアの石でできた矢柄部分が螺旋状に傘の様に開くと爆音を響かせながら炎を噴出した。

 加速を得たインドゥアが、螺旋状に回転しながら地表へ向けて一気に落下を始める。

 豪速で地表へ突き進むインドゥアが、耳元で轟音を奏でた。


「落ちろ……!」


 空気を切り裂く先端が赤熱する。

 インドゥアはかつてこの世界に存在した神が作り出した兵器だ。

 地上の驕れる古代民族を滅ぼすために、天上から地表に向けて打ち下ろされた神の怒り。

 地表から高い位置から落とすほどに威力が高まる魔法がかかっている。

 単純な質量兵器としてですら優秀なインドゥアは、地表に到達した段階で周囲一帯を火の海にするだろう。

 だから、シュウもその姿を追って地表へ向けて落下した。

 宇宙と地表の狭間に存在する幻想的な空間に別れを告げる。


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