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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
81/105

81話 国王


 とはいってもそのままアタックするわけにはいかない。

 もし攻撃をして暴れ出しでもしたら王都一帯が一瞬で火の海になりかねないからだ。


「国王陛下はどこへ行きましたか?」

「……生きてる前提なのな」


 周囲に散らばる無残な瓦礫の山を前にして、中にいた人間が生きていると真顔で断言できるのはなかなかないのではないだろうか。


「私が治療して直した以上、あの人が死ぬはずないでしょう」

「確かに……。ゼストだったらあっちの方に行ったぞ。救助とか避難の指示とか色々出してるみたいだ」

「ではまずはそちらへ」


 立ち上がるリットに手を貸して二人で歩き出す。

 瓦礫の山を乗り越え避けながら進むと、城の前庭だろうか開けた場所に出る。

 そこでは怪我の少ない兵士たちが忙しない足取りで行ったり来たりしている。

 ゼストはその中心、広げられた王都の地図を前にして、文官と思われる人物たち数人と話していた。

 誰もが真剣で、必死な表情をしている。

 自分に出来ることを、なすべきことを成そうと必死なのだ。

 ここにいるのがこの国の中枢なのだとはっきり認識できる雰囲気がそこにはあった。

 で、これからその真ん中で「あの魔王倒して来ようと思ってるんだけど」と言わなきゃいけないのだが。

 若干の気おくれを感じて立ち止まっていると、隣に立っていたリットが先に歩き出した。

 こんなあわただしい空気の中一人ぽつねんと立っているわけにもいかず、シュウも続く。


「国王陛下」

「おお、スピネル。意識が戻ったのか、よかった」


 リットが声を掛けると大臣なのだろうか、周囲の文官よりも偉そうな人物との会話を切りあげてリットに振り向く。


「すまないが今は余裕がない、西の庭園にこのあたり一帯の怪我人を集めている。治療に出られそうならそちらへ向かってほしい」


 そう答えながらも、報告に来た別の文官からの書類を受け取り目を通し、確認事項を大臣に伝えて再び別の報告に目を通している。


「国王陛下、重要な話があります」

「何だ? 今話せることならそのまま話していいぞ」

「ではお言葉に甘えて」


 国王の視線は報告書から一切離れず、リットが大きく息を吸う。


「これからあの魔王を討伐しますので、可能な限り早く避難をお願いします」


 その言葉に喧騒が一気に引いた。

 大勢の人間が言葉を交わし、あわただしく地面を蹴立てて歩いている音まで全ての音がなくなった。

 周囲にいた人間は一人残らず動きを止めていたからだ。

 さっきまでとは別種のピンと張り詰めた空気にシュウも硬直してしまう。

 誰もがまず自分の耳を疑っているのがわかる。

 あの空にいる魔王を倒す?

 そんな戯言、この緊急時に何を言っているのか。

 疑念が呆れに代わり、冷笑にとって代わるのはすぐだった。

 周囲の兵士や文官、大臣たちが一斉に反駁の声を上げようと息を吸いこんだところで、


「そうか、いつから始める」

「国王!?」


 ゼストのすぐそばに立っていた大臣が声の矛先を国王に替えて叫ぶ。


「何だ大臣」

「何だではありません、この非常時にそんな戯言相手にしている場合ではありません!」

「うるさいぞ、大臣」


 最後は絶叫の様になってしまった大臣の言葉に、耳を塞いで迷惑そうに言うゼスト。

 実際鼓膜を破りそうな勢いだった。


「いいですか、国王! 今は―――」

「今は怪我人の救出と民の避難が最優先。そうであろう大臣」

「わ、分かっておられるなら―――」

「だがあれがいつ暴れ出すか分かったものではない」

「っ!?」


 ゼストの冷たい声に大臣が息を呑む。

 書類に目を通し、方々へと指示を回しながらもゼストは魔龍王への周囲を一切そらしてはいなかった。

 もし少しでも不審な動きがあれば、文字通りこの男は飛び出していっただろう。


「もしわずかでも対抗する方法―――あれを倒せる可能性があると言うのならばすぐにでも検討すべきだ」

「しかし……あれを倒す方法などあるのでしょうか」

「どうなのだ?」


 そう言って水を向けてくるゼストの目には期待も絶望もない。

 ただ事実だけを求めている。

 だからこちらもはっきりと答える。


「分からない。ただダメージを与えられそうな武器はいくつかある」

「殺し切れるかどうかはやってみないとわからない、と言うことですか……勝算が低すぎます」


 シュウの言葉を聞いた大臣が渋い顔をして難色を示す。

 当然だろう。

 彼らの肩にはこの国の国民すべての命がかかっている。

 失敗は許されないのだから。

 だが、


「あれに攻撃が届くと言うなら十分であろう」

「しかしですね陛下―――」


 確率的な面もそうだが、いきなり現れた人物の素性にも不審の目を向ける大臣が言い募ろうとした時だった。


「お、おい! あれはなんだ!?」


 周囲にいた人々が、口々に声を上げながら空を指さしたのだった。

 つられて見上げると、空に浮かぶ魔龍王の傍に無数の黒い球体が浮かんでいた。


「あれ、とんでもない魔力量ですよ……」


 隣に立つリットが愕然とした声で呟く。

 それについてはシュウも同意だった。

 セージとの戦いで放った光の剣と同じだけの力が、無数に浮かぶ球体の一つ一つから感じられる。


「もはや一国の猶予もなくなったな。大臣、可能な限りの怪我人を救助しつつ、王都から離脱しろ。これは王命だ」

「……承知いたしました」


 わずかに間をあけて、大臣は跪いて王命を承諾した。

 すぐに大臣が周囲にいる者達へ矢継ぎ早に命令を下していく。

 よどみない指示からは、大臣もまたこの状況を想定して考えていたことは明らかだ。

 それまで忙しそうに歩き回っていた兵士たちの姿がなくなり、次いで指示を出していた大臣以下の文官や士官たちがいなくなり、最後には大臣たちもいなくなった。


「あんたは避難しないのか?」


 最後に残ったのはシュウとリット、そして国王のゼストだけだった。

 周囲にはゼストの護衛すら一人も残っていない。


「オレか? オレは避難せんぞ。あれと戦うからな」

「は?」


 一国の国王とは思えない言葉に開いた口がふさがらない。

 けれどリットはそれを予想していたらしくため息をついてやれやれと言う風に肩を竦めている。


「お前、仮にも一国の国王だろ?」

「そうだ。そしてこの国最強の戦士でもある」

「正気か?」

「無論正気だとも」


 その目に宿る闘志は本物だ。

 リットを振り返り、視線で問いかける。


「こういう人です。大臣たちも何も言わなかったでしょう?」


 そう言えば大臣たちは何も言わずにいなくなった。

 護衛だと思われた兵士達ですら、大臣の指示で最初にいなくなっていた。


「腕力があって動ける奴は貴重だからな。大臣が救助の人手に当てたのさ」


 国王の命よりも国民の命を優先させたというのか。

 大臣の思い切りの良さにも、国王への信頼も驚かされる。


「陛下は10年前、勇者様と肩を並べて戦えるほどの実力者でしたし、今でもその実力は衰えていませんよ」

「それでも勇者には負けたわけだ」


 さっきまで虫の息だった様子を思い出してつつくと少しだけばつが悪そうな顔になる。


「さすがに勇者が相手じゃ分が悪かったがな」

「そんな奴が魔龍王と戦えるのか?」

「ま、無理だな」


 予想外なことにゼストはあっけなく認めた。


「だが注意を逸らす囮か壁役くらいにはなれるだろうさ」

「……分かった、好きにしろ。死ぬなよ?」


 ゼストが倒れている時に見せたリットの姿を思い出して釘を刺す。


「分かってるさ。それよりあれを攻撃できるような武器ってのはなんだ? オレの城にあった『神剣』は全部先代の勇者パーティで使い切ったからもうないぞ」

「神剣?」


 聞きなれない単語に首を傾げる。


「なんだ、知らんのか? 女神から神官が―――」

「お、お父様、その話は後ですっ! 見て下さい!」


 リットが慌てた様子でまくしたて、空を指さす。


「ああ、くそっ。始まっちまったかよ」


 つられて見上げた二人が目にしたのは、魔龍王の周囲に漂う黒い球体がバチバチと音を立てている様だった。

 そして、そこからまっすぐに光が地上へ向けて放たれた。


魔龍王に対抗できる武器が見つかっていないので次回更新は遅れます。

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