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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
80/105

80話 無謀


 ぶわり、と周囲を取り囲んでいた風の膜が周囲へと拡散し、折り重なっていた瓦礫の山を吹き飛ばした。

 一気に視界が明るくなる。


「リット、おい! しっかりしろ!」


 風の防御膜を張っていたアヴラウラ=テンプスターズを送り還して抱きしめていたリットに呼びかける。

 だがきつく閉じられた瞼が開くことはなかった。

 落下の衝撃で、気を失ったらしい。


「くそっ、ここは……?」


 仕方なく周囲の状況を確認しようとしたシュウだったが、そこに広がっているのは先ほどまでが序章だったと思えるかのような状況だった。

 城は、既になくなっていた。

 いくつかの太い柱のみが残っていたが、ほとんどが地震の影響で崩れ去りただ瓦礫の山が続くだけの場所になっている。

 少し前までここに大きな城があったなど、誰も信じないだろう。

 もっとも、あちこちでがれきの下から這い出してきた生き残り達にはそんな余裕はなかった。

 空に浮かぶ存在が放つ圧倒的なプレッシャーがそれを許さない。


「なんだよ、あれ……」


 空に浮かぶのは、シュウの元いた世界では東洋の神話上にある龍そのものだった。

 漆黒の鱗に長い蛇身。

 そして金色の瞳。

 何より王都の上空全てを覆い尽くすかのような大きさが圧迫感を強めている。

 しかし金色の瞳はただ地面を睥睨するばかりで、長い蛇身も空をうねって飛ぶばかりだ。


「何をしているんだ……?」

「さぁな、魔王の考えることなんざ、オレ達人間には分からんよ」


 突然背後から掛けられた声に振り向けば、そこに立っていたのはゼストだった。

 細かい傷を負っている物の、命に別状はなさそうだ。

 リットが必死で治療していたのだから当然ではあったが。


「ゼスト……」

「国王陛下と呼べよ」

「おっさん」

「チッ、もういい。好きに呼べ」


 頑なにおちょくるシュウに対して諦めたのか、ゼストは腕を組んで空を見上げた。


「あれと戦いたい、なんて言うなよ?」


 ゼストの戦闘狂とも言える部分を思い出して、本気で心配する。


「はっ、さすがに勇敢と無謀の違いくらいは分かっとるわ。そもそもオレではあそこまで行くことができねぇ」


 そう言いながら空を睨む視線には抑えきれない戦いへの欲求が見て取れた。


「……10年前。オレはあれを倒すために旅に出た。勇者共と一緒にな」


 その言葉にはっとさせられる。


「10年前の戦いに国王自ら参戦してたのか」

「当たり前だ。だがオレには守るべき国があった。オレは途中でパーティを脱退せざるを得なかった。……そのあとすぐだったよ。魔龍山脈に向かったセージ達が消息を絶ち、魔龍王の気配が消えたのは」

「それで魔王討伐が成し遂げられたことが分かったのか」

「ああ。懐かしい気配だよ。反吐が出やがるぜ」


 そう言って空に浮かぶ魔龍王を睨みながら舌打ちする。


「元々ずっと人前に姿を現すことはなかったが、誰もがその存在を常に感じ取ってた。それが消えたのが10年前。魔物も凶暴さが減って、数も増えず減る一方。オレ達は魔龍王の死体どころか戦ったはずの勇者パーティの痕跡すら見つけられないまま魔龍王討伐を宣言しなきゃならなかった」


 その時のことを思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔をするゼスト。よほど不本意だったらしい。


「結局、魔龍王はああして生きてたわけだ」

「……思ったよりもすんなり受け入れるんだな。リットが魔龍王の復活の託宣を受けた時、誰も話を聞かなかったって言ってたが」


 腕に抱いたままのリットを見下ろす。

 あれはエルミナの街で初めて会った夜の事だ。

 壁越しに話した。


「もし、魔龍王が生きているなら女神から託宣があるだろうことは分かってた。だが討伐を宣言しちまった以上、もし託宣があっても吹聴されるわけにはいかねぇ。この10年、いつ託宣があってもいいようにこいつの周りは常に事情を知ってる連中で固めてた」

「用意周到だな」

「オレは魔龍王が死んだとは信じてなかったからな」


 結局国王が一番疑っていたということのようだ。


「まぁ、さすがに一人で城を飛び出すとは思っていなかったがな」


 そう言うなりリットの傍に膝をつく。

 意識を失ったままのリットの頬を撫でる姿はただの父親にしか見えない。


「こいつはお前に本名を名乗らなかったのか?」

「初めて会った時は、リットと名乗ってた」

「……そうか。エルミナのババアの娘か。てっきり北に向かっているとばかり思っていたのだがな」

「リゼットの事、知ってるのか」


 エルミナで出会ったシスターの事を一国の国王が知っていたことに内心驚く。


「昔ちょっとな。こいつは北のスレイヤー家を頼ると思ってそちらばかり探させていた」

「そっちも行って来たけどな」

「……そうか、この短期間にな」


 より一層優しさを含ませた手つきでリットを撫でるゼスト。

 だがすぐに目つきを戻して立ち上がる。


「小僧悪いがスピネルを頼むぞ。オレはオレの民たちを助けに行かねばらん」

「いいのか? どこの馬の骨ともわからん奴に娘を任せて」

「スピネルが選んだ当代の勇者だろう? まさか守り切れないだなどとは言うまい?」

「……なんだよ、分かってんのか」


 シュウの若干苛立ちを含めた言葉はひらりと振られた手だけを返して、ゼストは歩み去って行った。

 すぐに瓦礫の向こうから鋭い声で指示を飛ばし始めたのが耳に届く。

 死んだと思われていた魔龍王が復活した以上、街は大混乱だろう。

 空に浮かぶあの大蛇が次の行動を起こすまでにどれだけのことが出来るのだろうか。

 空から見下ろしたこの王都は広大だった。

 避難することは可能なのだろうか。


「う、んっ……」

「リット! 大丈夫か?」


 腕の中のリットがゆっくりと目を開く。

 頭を押さえながら起き上がる。


「ここは、どこですか?」

「王城……だった場所だな。全部崩れたけど」

「そんな……」


 驚きに目を見張りあたりを見回して、空に浮かぶ魔龍王が目に入ったのだろう視線が硬直する。


「あれは、夢じゃなかったんですね」


 意識を失う直前、リットも空を見たのだろう。

 その目に魔龍王を映して、体を小さく振るわせる。


「大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶ、ですっ」


 一度大きく顔を振ると瞳に強い光を宿してこちらを見てくる。


「それよりも、アレ、倒せますか?」


 指さしたのは空に浮かぶ蛇身。

 改めてその真っ黒な蛇の姿を眺めて考える。


「……いくつか攻撃が効きそうな武器はあるけど。殺し切れるかはやってみないとわからないな」

「それじゃ、やってみますか?」


 全く断られると思っていない顔でそう言ってくるリット。

 普通に考えれば正気の沙汰ではない。

 誰もが首を横に振って逃げ去るだろう。

 だが、シュウたちはそのためにここまで来たのだ。

 思っていたよりも、早い戦いにはなったが。


「ああ、行こうか」


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