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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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79話 魔龍


 視界が晴れた時、シュウの目の前には再び崩れた天井から覗く青空が見えた。


「うっ……」


 痛みの走る体をどうにか起こす。

 攻撃の反動で吹き飛ばされたらしく、気が付けば床にあおむけになっていた。

 謁見の間は完全な吹き抜けになっていた。

 元々床に大きな穴が開いていたが、すでにフロアの半分ぐらいの床がなくなっており、下の階が丸見え状態だ。その上至るとこにひびが入り脆くなっている。

 一国の王城の、それも政治的軍事的に重要な場である謁見の間とは思えない惨状だった。

 とんでもない状況を作ってしまったことに一瞬呆然としたが、すぐに思いなおしてリットの姿を探す。


「リット……!」


 床に倒れ伏す少女の姿はすぐに見つかった。足にうまく力が入らず、這うようにして駆け寄る。

 抱え起こすと、額を切ったのか血が顔に垂れていた。

 袖口でできるだけ優しく拭ってやると、傷が痛んだのか「うっ……ん……」と呻きを漏らす。


「リット、大丈夫か?」

「シュウ、さん?」


 うっすらと目を開いたリットに声を掛けると、真紅の瞳が焦点を合わせる。

 どうやら大きな怪我はないようだった。


「無茶しすぎだ……」

「そう言うシュウさんだって、同じでしょう?」

「さっきの光の柱、あれは大丈夫なのか? かなり無理をしているように見えたけど」


 その言葉に一瞬視線をさまよわせたリットだったが、すぐにシュウの顔に焦点が戻った。


「お察しの通りあれは術者の命を代償にして女神セレナに直接祈りを捧げ、神罰の代行を行う魔法です。少しだけ、命を削りました」

「……馬鹿なことを」


 あんな女神に命をわずかなりとも持っていかれたことに腹が立つ。

 女神への苛立ちを、リットは後悔と取ったのか空気を換えるように努めて明るい顔を作る。


「そういうシュウさんこそ、大丈夫なんですか? あの攻撃、タダで放てるような威力ではなかったですよ?」

「生命力そのものを持っていかれた感じだな。まぁ少しだけだ」


 嘘である。

 おそらく大幅に寿命が縮んだだろう。

 そしてそのことはリットも理解したはずだ。

 けれどリットはただいたずらを成功させたような笑顔でただ言うのだ。


「じゃあ、お互い様ですね」

「……そうだな」


 今は、そうすることにした。


「それで、彼は……?」


 そう言われて今更はっとする。

 慌てて周囲を確認すると、白い塵が空に向かって飛んでいくのが見える。

 上半身が消失し、すでに膝をついた腰から下しかない状態だったが間違いなくセージの体だ。

 塵へと還っていく一方で、修復される様子がないことに胸をなでおろすシュウ。

 もはやただ消えていくだけのセージの姿は、これまでに戦って来た他の勇者パーティのメンバーを思い出せられる。

 セージだけが生き残っていたのかと思っていたが、本質的には他の勇者たちと同じで既に死んでいて、魔龍王の力で生き残っていただけだったのだろう。

 セージの言葉の端々からは魔龍王の力を利用しているという雰囲気があったが、実際の主従は逆だったとみて間違いない。

 もしかしたら勇者として戦った最後の時。

 相打ちになりかけたところで魔龍王から話を持ち掛けられたのかもしれない。

 世界の真実と言う、悪魔のささやきを。

 それからの10年を彼はどう生きてきたのだろうか。

 もうほとんどが塵になってしまった姿を目に映しながら、シュウの胸に去来するのは悲しみだった。

 一歩間違えれば自分も同じように女神セレナに利用されていたのかもしれない。

 そう考えると、この結末は他人事とはとても思えなかった。


「終わったみたいだ」


 そんな思いを隠して視線をリットへと向けるシュウだったが、背中を抱え起こした状態のリットはなぜか緊張した面持ちで空を見上げていた。

 その視線を追ったシュウの目が、セージの消失していく空を辿った。


「おい、なんだよ、あれ」


 空に浮かぶのは黒い球体だった。

 セージの体の消失に合わせるかのようにその大きさを増しており、真昼の太陽を食らうかのような大きさだ。

 それが何なのかを考え、シュウはエルミナの城でセージの体からあふれ出た黒い靄を思い出した。

 その時には黒い不定形の靄だったが、今見るそれは明らかな球体を形作りつつある。

 そしてその中に一本の線が入ったかと思うと、上下に分かれ中から巨大な眼球が現れた。


「っっっ~~~~!?」


 それを見た瞬間全身におぞましい感覚が走る。

 今まで感じたことのない恐怖、悪寒。

 心臓を氷の手でわしづかみにされたかのような、全身の神経を逆なでされたかのような不快感。

 すぐに理解した。

 あれが、魔龍王の力などではなく、意志の塊―――魔龍王の意志体そのものなのだと。

 そしてすぐにシュウは立ち上がれないほどの揺れを足元から感じた。


「な、なんだ!?」


 揺れは収まるどころか激しさを増していく。

 そして轟く地鳴り。

 晴天にもかかわらず、すぐそばに雷が落ちたと錯覚するような大きな音だ。

 咄嗟に腕の中のリットを掻き抱く。

 それと同時、足元にあったはずの床の感触が消失する。

 一瞬の浮遊感。

 そして重力に惹かれる感覚。

 腕の中のリットと共に落ちていく。

 垣間見えた空には、漆黒の球体を中心に浮かび上がる太く長いシルエットが目に入った。


   ◇


 その日は王都に住まう王国民にとっては厄日だった。

 突然の魔物の襲撃。

 慌てふためき混乱のるつぼに突き落とされた王国民達。

 ほうほうの体で避難所に駆け込めばそこへ立っていられないほどの地震だ。

 この世の終わりが来たのだと王国民達は本気で確信した。

 だが、本当の絶望はその先にあった。

 地震によって至る所で家屋が倒壊し、人々が救いの声を上げる中。

 辛うじて九死に一生を得た王国民達が揺れ続ける地面に手足を着きながら見上げた空に浮かぶのは漆黒の不気味な球体。

 そして城壁の向こう。

 遠くに生まれる前からそびえ立っていた険峻な魔龍山脈が崩れ雷鳴の如き音が響き渡る。

 逃げることも、瞬きすることすら忘れた王国民達は目にした。

 魔龍山脈を内側から殻を破るようにして空に浮かび上がる神話上の蛇神にも似たその姿。

 王国民の誰もが脳裏に思い出した。

 この国の成り立ちの話だ。

 かつてデュナーク王国は平地に存在していた。

 だがある時魔龍王の怒りに触れ、王都の周囲に山脈を作られてしまう。

 それ以降長い戦いの中姿を消した魔龍王は山脈のどこかに隠れていると人々の間でささやかれていた。

 黒い鱗に覆われた太く長い蛇身。

 山脈を割り砕いて現れたあまりにも巨大すぎるその体を空中でうねらせ、ゆっくりと王都の真上でとぐろを巻くようにして浮遊する。

 太陽の光が遮られ、広大な土地を持つはずの王都が影に沈んだ。

 そして最初に空中へと表れた漆黒の球体がその頭部へと吸い込まれる。

 4つの角を持つ、蛇の眼が開かれると金色の瞳が現れた。

 魔龍王の神体の登場であった。


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