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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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76話 解錠


 さらさらと音を立てて二人の元勇者が塵に還っていく。

 その様をシュウは荒い呼吸を繰り返しながら見ていた。


「シュウさん、大丈夫ですか?」


 リットが心配して駆け寄って来る。


「大、丈夫だっ……」


 細かな傷を癒すために回復魔法をかけてくれるリットに答えるが、こんなに息が荒くてはあまり意味はないだろう。

 元勇者二人を倒すためにだいぶ無茶をしたシュウだったが、こうして生きている以上は問題ない。


「それよりも、上が心配だ。急いで戻るぞ」


 戦闘が始まってから上の様子は分からなくなっていた。

 上を見る余裕など一切なかった。


「急いで、とは言っても……ここは一階のエントランスホールで、謁見の間は5階ですよ?」


 どうやらシュウが戦っていたのはエントランスだったらしい。

 どうりで広くて戦いやすいはずだった。


「心配するな、一気に登る」


 そう言ってリットを手招きすると、一瞬嫌そうな顔をしながらも近づいてきてくれる。

 そのリットを横抱きに抱きかかえると膝を軽く曲げ、力を溜める。


「やっぱりこうなるんですね……」

「お姫様抱っこは嫌だったか?」

「子ども扱いされてるような気がするんです!」

「これでも精いっぱい女の子扱いしてるつもりなんだが」

「んなっ!?」


 リットの顔が一気に赤く染まるが、それを気にせずに溜めた力を解放する。

 腕の中でリットが身を固くするのがわかった。

 急に1階層分も跳び上がればそうなるだろう。

 だがシュウはそれにはお構いなしに更に次の階へと吹き抜けになった天井を跳び抜ける。

 5階層分の距離を抜けるのはあっという間だった。

 だから戻ったとき謁見の間の変わりようには身動きが出来なくなるほどに驚いた。

 荘厳な造りだった謁見の間は、ゴーント兄弟との戦いで既にかなり痛んではいたがそれでも今ほどではなかった。

 幾つも等間隔に並んでいた白亜の石柱は大半が砕け、大理石の床はいくつも放射状にひびが入り今にも崩れ落ちそうだ。そして天井に描かれていたこの国の歴史を模した絵画は天井ごと吹き飛ばされて青空が覗いている。

 光が降り注ぐようになった玉座の前で、四肢を失ったゼストが首を掴まれているのだった。


「お父様!?」


 リットが悲鳴じみた声を上げるのと、シュウがセイジョを喚んで駆け出すのはほとんど同時だった。


「はああああぁぁ!」

「来ましたか」


 低い前傾姿勢から勢いを一切殺さずにスピードを乗せた刀は、ゼストを軽々と放り投げた後に悠々と取り出した漆黒の刀で受け止められた。


「お前ぇっ! よくも!」

「ここまで上がってきたということは、ヒロトもエマも倒されたというわけですか。能力の再現と言う意味ではまだまだ程遠いですね」

「今は、そんな話、してねぇっ!」


 純白のセイジョが力強く振り下ろされ。

 漆黒のセージの刀はすべてを難なく受け止める。

 そのことにいら立ち隠し切れずセイジョを大きく振るってしまう。


「ああ、そんなんじゃだめですよ」

「!?」


 軽い音を立てて、弾かれる。

 だと言うのに衝撃は恐ろしく強い。

 床を何度も転がる羽目になる。


「くそっ」


 顔を上げるとぼろ雑巾のようになったゼストを抱え起こすリットの姿が目に入る。


「お父様、今っ、今すぐ治しますから……!」


 すぐにリットの足もとに魔法陣が浮かび上がり回復魔法が発動する。

 徐々になくなった両腕と両足は戻りつつあるようだったが、ゼストの目は開かない。

 明らかに瀕死の重傷だ。すぐには目を覚まさないだろう。

 リットもそれがわかっているのか、あるいはわかっていないのか目からは涙をあふれさせて全く止まらないようだ。

 リットを泣かせてしまった。

 そのことに何よりも深い憤りを覚えながらセージを睨み付ける。

 だがセージの視線はシュウを向いていなかった。


「さすがは神官ですね。あれほどの傷があっという間だ」


 口先ではほめながらも、その目に宿るのは明確な憤怒の感情だ。

 だが、エルミナの城で見せたような激情ほどではない。

 前回はまるで何かに乗り移られたかのような変わりようだったのだが。


「ああ、大したことではありませんよ」


 そんなシュウの視線に気が付いたのだろう、セージが壇上から見下ろしてくる。


「今は僕の意識の方が支配権を握っている、ただそれだけの事ですよ。もし、僕の中の魔王の因子が暴走すれば前と同じことになりますが、今日はやることがあるのでね」

「やること……?」

「旧友を葬るのは自分の手で、と決めているのですよ。……そちらにいる彼女も含めてね」

「―――マーリー!」


 謁見の間の奥。

 そこに黒猫の姿があった。

 向かい合っているのは髪の長い少女。

 だが一目見てその存在がミナト達元勇者パーティと同じだと感じる。

 つまり、マーリーが今対峙しているのは、とその正体に思い至った。

 そして同時に彼女らを取り巻く状況の異常さに気が付く。

 マーリーの黒猫の体は半分以上がまるで水晶か何かによって固められたかのようになっていた。かろうじて水晶から尻尾と頭だけが出ている状態である。

 そして向かい合うマーリーの本体は体の半分が塵となって消えたり戻ったりを繰り返している。

 そんな二人の体は床に広がった真っ白な光に包まれて半分のみ込まれたようになっていた。


「っ、マーリー!」


 セイジョを杖代わりにして立ち上がるとマーリーに向かって駆け出す。


「シュウ、来たのね。ゴメン、ちょっとドジ踏んじゃった」

「マーリー」


 すぐそばに駆け寄ったシュウに、マーリーは少し困ったような様子で言う。


「ダメよ、触らないで」

「っ」


 マーリーの結晶化した体を引き上げようとするとマーリーによって止められる。


「マーリー、これは一体何なんだ?」

「ちょっと位置座標を書き換えただけよ。行先がどこかは、行ってみてのお楽しみだけどね」

「何で、こんなことに……」


 徐々に光に飲み込まれていくマーリーを前にしてシュウは見ていることしかできなかった。


「だってあれが全く死んでくれないんだもの、仕方ないでしょ」

「あれ、やっぱり」

「そ、あたしの本体ね。思ってたよりも厄介だったわ。体を動けなくされるとは思わなかったから、一度仕切り直すために場所を変えることにしたの」

「……戻って来られるのか?」

「当たり前でしょ。あんたが魔王と戦うときまでには帰って来るから、それまで頑張りなさい。あと―――その剣、ちょっとこっちに近づけてちょうだい」


 そう言われて訝しみながらもセイジョを差し出す。

 マーリーの尻尾の先が刀身に触れ、一瞬刃全体に魔法陣のようなものが広がった。


「この剣はあたしが昔セージの剣をコピーしたものなのよ」

「リライトでか?」

「そう。正しくは元からあった剣を書き換えた感じかな。まぁ女神からもらった武器を完全にコピーすることは出来なかったわけだけど」


 自嘲するような声だが、その目は懐かしむ様に揺れている。


「この剣はあたしの能力でどこまで同じものが作れるのか、っていうミナトの馬鹿な発言から生まれたものだけど……まぁまぁの出来のやつね」

「まぁまぁなんてもんじゃない。名刀と言っていい品だよ」


 この世界に来て、最初に召喚したのがこの刀だ。

 手に馴染む感覚が好きで、ここまで何度も振るって来た。


「ま、それでもセージの持ってたオリジナルには程遠いんだけど。それでも十分でしょ」


 そう言うと首を回してセージの方に視線を向ける。

 セージはただ黙ってこちらを見下ろしていた。


「こっちは偽物だけど―――あっちも本物ってわけじゃないし」

「それは、どういう……」


 どうやらセージもセージの武器もかつてのまま、と言うわけではないらしい。

 だがマーリーはその問いに答えなかった。


「鍵は書き換えて、外しておいたわ。あとはあなた次第よ」


 すでに首までが消えかかっている。


「必ずすぐに戻って来るから、それまでに、お願い……!」


 最後の言葉は哀願するかのような声だった。


「セージの事、助けてあげて」


 頭の先までが飲み込まれて、ふっとマーリーの気配が完全に消え去った。

 後に残ったのは静寂のみ。

 いや、玉座が載った壇上から降りる靴音が響く。


「行きましたか。戻って来られるわけがないでしょうに」

「黙れ」


 上機嫌な声で話すセージに向かってセイジョを向ける。

 白銀の刀身が真っ白な騎士服を身に纏うセージに突きつけられる。


「お前は必ずここで殺す」

「やれるものならやってみて下さい」


 セージも黒い刀をシュウに向けてくる。


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