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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
75/105

75話 屍者


 落下が収まるまでの間に、複数の階を通過した。


「リット!」


 リットの手を強く引き、抱き寄せる。

 着地の衝撃を殺し、すぐに立ち上がるが土埃がもうもうと立ち込め周囲が全く見えない。


「仕方ない―――アヴラウラ=テンプスターズ!」


 手の中にレイピアを呼び出す。

 風を操る魔剣だ。

 レイピアから噴き出した風が、周囲の土埃を振り払っていく。

 それにより明らかになる敵の姿。

 一人はがっしりとした、大柄の男。上半身に衣服は着けておらず、むき出しの筋肉がまるで鎧の様にはっきりと見えた。手には巨大な槌を握っている。

 もう一人は細身の女だ。濃い紫のローブを身に纏い、裾から出た手の先にさっきと同じ青白い炎の塊を浮遊させている。

 そして、どちらも肌の色は黒くがさついている。人間の肌色ではなかった。

 二人の様子を見て、脳裏にひらめくものがある。


「こいつら……勇者パーティの残りか!?」


 マーリーの家で戦った炎狼の守護者ミナト。

 それに続く勇者パーティなのだと一目見て分かった。


「あの方たちは、終焉の魔女エマ様と爆砕者ヒロト様ですっ! どうしてこんなところに!? それにあの姿は……」


 困惑するリット。

 だがこれが現実だ。

 勇者パーティは敗北し、セージ以外は皆死体を弄ばれている。


「下がってろ、すぐに逝かせてやる」


 もはや倒してやるのがせめてもの供養だろう。

 手に握るアヴラウラ=テンプスターズから一気に風を放出させる。


「?」


 操作した風で、上の層の様子を確認したシュウは謁見の間でセージとゼストが戦い始めたことに気が付いた。

 だがそれだけではない。

 そこに誰かがいる。

 落ちて来る直前、見えたのはエマとヒロトだけだった。

 もしかしたらエマを見えなくしていた敵がもう一人いた―――?


「マーリー、上に誰かがいるみたいだ―――マーリー?」


 気が付くと黒猫の姿がなかった。

 風を広げてみるも、近くに存在を感じ取ることもできない。

 一瞬、瓦礫の下に埋まっている可能性を考えたが、あの黒猫がそんなへまをするはずもないと思いなおす。

 マーリー、どこへ行った?


   ◇


 ゼストが最初にその生意気なクソガキに出会ったのは10年前のことだ。

 当時このデュナーク王国は魔王との戦争に疲弊し、滅亡の一歩手前まで来ていた。

 ゼスト自身も前線で戦い、英雄王とまで呼ばれるほどに戦果を挙げたが、魔王ひいては配下の神竜級達にまではかなわなかった。

 そんな中女神からの託宣が下りた。

 勇者を差し向わせると。

 託宣を受けたのは当時まだ正式に巫女ではなかったスピネルだった。

 ゼストとしてはスピネルが巫女の役目を背負う前に魔王を討伐したかったのだが、それもかなわぬ夢となった。

 そんなイラついた状態で出会ったのが青志達だった。

 神殿に召喚された4人の勇者。

 青志、湊、浩人、恵麻。

 皆、突然のことに困惑するばかりだった。

 特に青志はこんな誘拐じみたことに怒りを感じていたらしい。

 城で顔を合わせれば喧嘩ばかりだった。

 勇者とは言っても平和な国で戦い方も知らずに育った者達で、最初はゼストが片手で相手をできるほどだった。

 それが逆転したのは城に魔物の手先の襲撃があってから。

 ゼストの妻が青志の身代わりになって大怪我を負ったのだ。

 幸い命は助かったが長く病床に伏せることになる。

 そしてそれは青志たちに大きな心境の変化をもたらした。

 もし、自分たちが戦えるようになっていたら。

 その罪悪感が青志の心を苛んでいるいるのは分かっていた。

 だからつけ込んだ。

 国王として、この国を守れる可能性は一つたりとも見逃すわけにはいかなかったから。

 そのことを後悔はしていない。

 ただ、恨まれても仕方ないとは思っている。


「くはははっ、とは言え強くなり過ぎだろう」


 ゼストは目の前に立つセージを見上げて口元をわななかせながら笑いに歪める。

 胸の中で暴れる闘争心と、背筋が凍り付くような危機感がせめぎ合いいかにして目の前の敵を叩きのめして生き延びるか、ということに集中する。


「老いましたね、ゼスト」

「うるせぇ、てめぇが変わらなさすぎるんだよ―――いや、変わり過ぎたのか」


 ゼストは腕を折られ、片足は半分ちぎれかかっていた。

 だが怪我を負ったのは目の前に立つセージも同じ。

 右腕はなくなり、胸に穴が開き、頭は半分なくなっている。

 それでも立っているのはセージの方だった。

 セージの傷口からは血の一滴も出ていない。

 怪我の断面からは、黒い靄のような闇が溢れ出すばかりだ。

 シュウがいたならばエルミナの城でのことを思い出しただろう。


「もうとっくに人間やめてたのかよ」

「そうですね。あの戦いで、僕は多くの物を失いました。同時に手に入れたのがこの体と力です」

「てめぇに戦い方を教えたのは間違いだったな」

「いいえ。そのおかげで世界は救済されるのです。この狂ったシステムの環から外れて、正常な世界へと戻るんですよ」

「……狂ってやがる」

「この世界ほどではありませんよ」


 左腕で高く掲げた大鎌が無慈悲に振り下ろされる。

 ゼストはこれをどうにか避けようとするも足が地面に縫い止められたように動かなかった。

 ここまでか、そう諦めかけた時だった。


「あんたが諦めるなんて珍しいじゃない」


 大きな音を立てて、大鎌が弾かれる。

 うつむけていた顔を上げれば、周囲を覆うのは防御魔法。

 そして目の前にいたのは一匹の黒猫だった。


「……まさかとは思っていましたが、やはりあなたでしたか。マーリー」

「久しぶりねセージ」


 元勇者と黒猫の視線が絡まり合う。


「今更のこのこ出てきて、何の用ですか? ずっと引きこもって傍観者に徹していた癖に」

「あんただって知ってるでしょ? あたしはあたしのコピーに過ぎない。あたしに出来ることは限られてる」

「そうですね」


 セージの左腕が一瞬掻き消えるほどの速度で振るわれた。

 大きな破砕音を立てて防御魔法が掻き消える。


「本体と比べれば、魔法の腕も格段に落ちるようですね。それに、ギフトの方も」

「……今のあんた、何でもお見通しって雰囲気がイラつくわね」


 セージの言う通りだったマーリーはそう言い返すことくらいしか出来なかった。

 防御魔法にギフトのリライトを重ね崖して強度を上げていたのだが、それも今のセージを前にしては意味などなかった。


「とは言え、懐かしいですね。ここには一緒に旅をした仲間がそろってる」


 セージ、エマ、ヒロト。

 そしてもういないミナトを含めた4人に加え、ゼストもまた一時期一緒に魔物討伐の旅に加わっていた時期がある。

 国民を救うためだ、と言って着いてきたのだが、実際はただの武者修行だった。

 マーリーが出会ったのは彼らが旅を初めてしばらく経った頃だった。


「ここは同窓会の場じゃないわ。悪いけど先が詰まってるからさっさと始めましょう」

「つれないですね。まぁいいでしょう。あぁ、そうだ君に会わせたい人がいるんですよ。おいで」


 セージが虚空に向かって声を掛けると、唐突に景色が歪み髪の長い少女が現れた。

 その現れ方は先ほどエマが現れた時と同様のものだ。

 髪の長い少女が顔を上げ、隠れていた顔をさらす。

 その瞬間、マーリーは息を呑んだ。


「う、あー」


 干からびたミイラのような顔。

 だが、分かる。

 そもそも最初にエマたちが現れた時点で気が付いてはいた。


「……まさか自分の死体を見ることになるとは思わなかったわ」

「死体なんておぞましい言い方をしないで下さいよ。肉体の維持は、確かに十全とは言えないでしょうが、これでも必死に頑張ったんですよ?」


 マーリーの本体。

 その姿だった。


「彼女たちの体を維持するために中にスピリチュアルラグーンを入れているんです。入れ物が壊れれば溶けて消えてしまう存在ですが、それまでは肉体が生前に持っていた力をある程度振るえるんですよ、面白いでしょう?」

「虫唾が走るわね」

「ひどい言い様ですね」


 喉の奥で嗤うセージ。

 その姿を見てマーリーは本当にセージは変わってしまったのだと理解した。


「ゼスト、まだ戦えるでしょ?」

「無論よ」


 そう言って立ち上がるゼストの姿に疲労感はない。

 見栄を張っているのかそれともただ戦うのが楽しみなのか。

 少し考えてマーリーは前者だろうなと結論付ける。

 脳筋な男だが国を背負うものとして見せられない姿と言うものがこの男にはある。

 これだけ満身創痍でもなお戦おうというのはそのプライドによるものだ。

 そしてマーリー自身も。

 目の前に立つ自分の本体を見るだけで足が震える。

 自分の本来の姿が今ではあんな醜悪なものだと言うことに対する拒絶反応だ。

 だが、戦わなければ。

 こんなものをあの二人に見せたくはなかったから。

 だから抜け出してきたのだ。


「これが今生の別れ、と言うわけですね。残念ですよ二人とも」

「言ってろ」

「今すぐ死なせてあげるわ」


 全員が一斉に床を蹴る。

 終わったときには必ずかつての仲間たちの一人を手にかけている。

 そんな戦いが始まった。


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