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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
73/105

73話 蒸発


「ぬおおおおおおお! 来るなあああああぁぁぁ!」


 グランデが絶叫しながら触手を伸ばしてくる。

 伸ばしてきた部分を既に大剣サイズにまで肥大化した短剣で斬りつけると、その部分も動かなくなる。血が一切流れることはなく、切り落とされることもなくただ動かなくなる。グランデにとっては急に体の一部が動かなくなるのだ恐怖もするだろう。


「ぬううううう! ならば、こうである!」


 動かなくなった部分をまた切り捨て、別の触手を今度は傘の様に広げてくる。

 シュウの攻撃を、その傘部分で受け止め始めた。

 当然その部分はグランデの命令を受け付けなくなり、動かなくなるが広がった傘自体の向きを変えて盾として使う。

 ポーレスク・カストラの刀身は既に実体を持たず、盾もすり抜けるがシュウ自身の体はそうはいかない。

 盾に阻まれ近づくことが出来なかった。


「それ、ならっ!」


 さらに青い刀身を伸ばす。

 すでに刀身は2メートルを超えている。

 その短剣で盾にしている触手の根元までを一気に斬る。盾にしていた触手の根元半ばからがグランデの指示を受け付けなくなり、くたりと床に転がる。


「返せッ! 返すのである!?」


 再び触手の感覚がなくなったことに危機感を覚えたのか、狂ったように触手を伸ばしてくる。

 その触手を斬りながら、あるいは避けながらシュウは駆ける。

 グランデの体は人間の形を失っており、どこに心臓部があるのかは全く分からない。

 もし、グランデが普通の感性の持ち主なら少なくともこちらへ向けて伸ばしてくる触手部分にはないだろう。

 一番奥から動かない部分に急所は隠すはず。

 だが目の前の相手はグランデ・ゴーント。

 真性のマゾヒストだ。

 そもそもこの特殊なスライムに急所があるのかすら怪しい。

 逡巡を経て、出した答えに舌打ちをしたくなる。

 それでも両手の短剣を振り上げ、覚悟を決める。


「ハアッ!」


 ポーレスク・カストラが光量を増し、太い光の帯となってグランデに叩きつけられた。


「ぬぅっ!?」


 それをグランデは触手で進攻を妨害し近づけまいとする。

 近づけずにいるうちに本体は間合いを取ろうというのだろう。


「そうはっ、行かないっ!」


 大理石の床を強く踏みしめ、どっしりと構える。

 短剣の刀身をさらに倍に伸ばす。


「はああああああああ!」


 両手の短剣を交互に高速で、連続して打ち出す。

 間合いを詰められないなら、間合いを伸ばすだけだ。

 グランデの体は必死に逃げようと床を這いずっているが、無数に打ち出される短剣の攻撃になすすべもなく削られていく。


「ぬうおおおぉぉぉぉぉぉ! き、貴様、やめるのである!」


 ポーレスク・カストラで停止させられる範囲は刀身が当たる範囲に限定される。

 間合いを伸ばし、一気に力を放出させることで太さを増しても限界がある。

 だが、足場を固定し乱打に持ち込んだ今手数でそれはカバーできる。

 グランデも停止させられた部分を切り離して対応していたものの、徐々に冒涜的な水たまりが小さくなっていくのは明らかだった。

 危機感が募っているだろう。


「某から痛みを奪うなぁっ!」

「お前達もそう言って来た相手を殺してきたんだろ?」


 グランデの恐怖に塗りつぶされた声に冷たく返してやる。

 思い出されるのは城内で無残にも殺されていた人々の姿だ。

 あるいはスティーダの手にかかった者たちもいるだろう。

 それでも目の前のグランデを許すことは出来ない。

 この攻撃は、シュウ自身からも奪われる物があるのだから。


「ぬあああああああ!」


 グランデがシュウに向かってではなく、反対に触手を伸ばそうとする。


「ま、そうするよな」


 逃げようとするグランデを前に、けれど焦りはない。

 左手に握る短剣の柄を、右手に握る短剣の柄に合わせる。

 かちりと音を立ててはまった左手の短剣は刀身を失い、代わりに右手に握っていた短剣の刀身がさらに伸び、天井近くまで伸びあがる。

 太さと光も増し、もはやそれは光の柱だった。

 どうにかして逃げようとするグランデの体は既にコップ一杯分程度のサイズしかない。


「やめ、ろ……やめ……で、ある……」


 必死に逃げようとするグランデの声がか細く小さくなる。その姿を見下ろしながら振り下ろされた光の奔流が一瞬でグランデの残された体を蒸発させる。

 後には滴一つ残らなかった。


   ◇


 敵のいなくなった謁見の間で一息つく間もなく、シュウは胸元から溢れるような寒さを感じた。

 一瞬で体温が下がり立っていられなくなる。


「シュウさん!?」


 背後から駆け寄って来る足音が聞こえる。

 うずくまって動けなくなったシュウは、その姿を確認することは出来なかったがどうやらどこか怪我をしたと思ったようで、シュウの体を診ているようだった。

 だがそれは意味がない行為だ。


「シュウさんさっきの武器、普通の武器じゃありませんね?」


 その言葉に分かりやすく肩を跳ねさせてしまう。

 ゆっくりとリットの方を見れば眉がつり上がっている。


「やっぱり。何を代償にしたんですか?」

「……言っても仕方ないだろ」

「いいから、教えてください」


 リットが真剣な眼で見つめて詰め寄る。

 どうしても引くつもりはない、という無言の圧力にシュウは屈した。


「記憶だ。あの剣は攻撃した対象を停止させる代わりに装備者から記憶を奪っていくんだ」

「……どれくらい、持っていかれたんですか?」

「向こうの世界での記憶、子どもの頃の思い出とか住んでた町の名前とか……思い出せなくなってるかも。ところどころ虫食いみたいになってるのがわかる」


 とは言え忘れていることを思い出すなど矛盾もいいところだ。

 実際に忘れていることはもっとありそうだ。

 幸いにも家族の名前や顔は思い出せるから大きな問題はないだろう。


「もし次、そんなものを使わなければならなくなったら、教えてください。私にも、出来ることはありますから」


 リットがまっすぐにシュウを見つめて言う。


「とは言ってもな、神官のお前じゃ魔物相手には何が起こるか分かったものじゃないし……」

「だとしても、嫌です。私を守る為に、シュウさんが自分の大切なものを差し出さなくちゃいけないなんて。ただ見ているだけは、嫌なんです」


 目の端にうっすらと涙を浮かべる姿に何かが脳裏をかすめる。

 記憶の尻尾を掴もうとして、けれどそれはすり抜けた。


「シュウさんが命を懸けるなら、私も命を懸けます。私は女神セレナに声を届けることのできる神官なんです。今までは使えませんでしたが、これからなら話は別です。代償を差し出せば女神セレナはきっと答えてくれ―――」

「だ、ダメだ!」


 記憶の海を漂っていたシュウだったが、リットの口にした名前を聞いてはっと我に返る。

 目の前の少女を助けてやりたいと思ってここへ来たのだ。

 だと言うのに女神に代償を支払うだと?

 冗談じゃない。


「それはダメだ。戦うのは俺の役目だ」

「いいえ。ここに先代の勇者様がいるというのなら、魔王との決戦は近いでしょう。そんな時に躊躇などしてはいられません。私の目的は、勇者様を見つけ、魔王を倒すことなのですから」

「リット……」


 その目は本気だ。

 きっと必要があればリットはその力を使うことを躊躇わないだろう。

 ならばもう、そうなる前に自分で決着をつける他ない。


「分かった。でも、もし使うときは俺に教えてくれ。こっちで使う武器も、組み合わせがいいものにした方がいいだろ」

「はい、そうさせてもらいますね」


 にこりと笑う姿には、自分の身を生贄に捧げると言ったばかりだと言うのに悲壮感はかけらもない。

 頼られることに喜んでいる幼い少女だった。

 向けられる笑顔になんとなく照れくさくなって顔をそむける。


「……さて、結局国王はどこにいるんだろうな」

「グランデの言葉通りなら、今先代勇者様が探しているらしいのですが―――」

「しっ!」


 書斎に回ってみますか、というリットの問いをシュウはふさいだ。

 遠くから何かが破壊される音が聞こえた気がしたのだ。


「シュウさん?」


 その音は再び聞こえた。

 しかもより近くなっている。


「下がれ、リット!」


 叫ぶのと同時に、奥の壁が轟音と共に破壊された。

 濛々と立ち込める土煙。

 何かが広間に転がり込んでくる気配があった。

 シュウは手の中にセイジョを喚び出して気配を探るとこちらへ向かってくる存在がある。

 ゆらり、と土煙をかき分けて現れたのは上裸の偉丈夫だった。

 年は初老に差し掛かろうというのに肉体は鍛え上げられており、相当な手練れだと言うことが一目で分かった。アッシュグレイの長髪を背中で無造作に紐で結い、鋭い眼光で何かを探すようにあたりを見回していた。

 ただ者ではない。シュウは警戒を強めたが、背後に立つリットが息を呑んだ。


「お父様!?」


 その人物を見て、リットが叫んだ。


「む? スピネルか?」


 どうやらこの筋肉ダルマが国王らしい。


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