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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
72/105

72話 痛撃


「ポーレクス・カストラ」


 銘を呼ぶと、一対の短剣が手に現れる。

 刀身は青く透きとおり、水晶の様ですらあった。


「さっき使った剣とは違うんですね」

「あれを止めるにはウィンディネじゃ、無理だからな」


 魔龍山脈で使った短剣を思い出したのだろうリットに首を振る。

 見た目こそ液状だが、あのスライムは体内に水分があるように見えなかった。

 全身が軟体で、筋肉だとしたらもっと強い武器が必要だった。

 青白い刀身を見下ろす。

 見るものを魅了する美しさを孕んだ姿だが、その実この剣は出来れば使いたくなかった。

 一度きつく目をつむってからグランデに視線を戻す。


「ほう、自信があるようであるな。これは期待できそうなのである」


 グランデがどこか高揚したような声で言う。

 まるで攻撃を受けることを望んでいるかのようだった。

 いや、本当に痛みを受けることを期待しているのだろう。


「本当に真性だな」


 グランデの被虐趣味は、自分の理想の裏返しなのだろうか。

 目の前のおぞましい水たまりになり果ててしまった狂人のことを思って、心に一抹の憐れみを感じてしまうシュウだった。


「……その目、気に入らないのであるな。上から目線の、人を見下す目である」

「その姿でよく自分を人間だと言えるよ、あんた」

「人を見下す目線ですらも興奮するような生き物は人間だけなのであるな。故に某は自分が未だに人間のままであると主張するのである」

「……そんな姿の奴にそこまでまともなことを言われるとは思わなかったよ」


 一面では真理だと感じさせられる言葉に驚きを隠せない。

 だがそう言う意味では中身の変わってしまった龍人―――魔王や元勇者のセージなんかはもうすでに人間とは本当に言えないのだろう。

 そして同時に、


「だとしてもお前はやっぱりもう人間じゃないよ。その姿じゃなくても、そこまで理性を失った奴を同じ人間だとは思いたくないね」

「で、あるか」


 初めから受け入れられると思っていたわけではあるまい。

 だがその言葉には若干の諦念を感じずにはいられなかった。

 真逆の加虐趣味を持っていたスティーダはもしかしたらグランデの最大の理解者であったのかもしれない。


「悪いがお前の趣味に付き合うつもりはない」

「かかって来るがよいのである。どんな痛みであろうとも受け入れてやるのである」


 両手の短剣を構えると、グランデが一気に触手を伸ばしてくる。

 一直線に伸びてくる無数の触手に向かってシュウは駆けた。

 触手の攻撃は直線的だ。

 早く、力強いが軌道を予測するのはさほど難しくない。

 まっすぐ正面から向かってくる触手はわずかに体をずらして避ける。

 頭上からまっすぐに振り下ろされた触手は一度左に避けてからステップを踏む様に軽やかに飛び乗る。

 一瞬前までいた大理石を斜め上から襲って来た触手が貫く。

 触手の上を駆ければ左右から鞭のようにしなる攻撃がやって来た。

 さらに加速して前に避けようとしたシュウだったが、足もとの触手から垂直に触手の枝が新しく生えた。目の前に触手の壁が出来上がる。


「圧死するがよいのである」


 さらに追加で複数の触手が向かってくる。

 視界が一気に触手で埋まる。

 だがシュウは逆手に持った短剣を強く握っただけだ。


「無駄なのである。この体は氷ることも固まることもないのであるな」


 両手に握ったポーレスク・カストラは静かに青い光を放っている。

 召喚した時に比べると光は強くなっていた。


「喰らい尽くせ」


 瞬間、シュウの体が加速する。

 無数に迫る触手へ逆手に持った短剣をほとんど同時に突き立てられるほどに。

 それでもなお続けて迫る次の触手の群れへ、シュウは触手の上でワルツを踊るように流麗な動きで短剣を振り続けた。


「効かぬよ。その程度な攻撃は!」

「どうかな」


 触れた刃は触手に通らない。

 だが、動きが目に見えて遅くなった。

 グランデもそれが分かったのだろう。


「貴様、何をしているのであるか!?」


 叫ぶグランデには答えず、迫り続ける触手に攻撃を続ける。

 その時には短剣がまばゆいばかりに青い光を放っていた。


「ならばこれで終わりである!」


 触手の群れが一度潮が引くように一気に戻って一本にまとまる。

 触手は薄く横に広がって、大津波の様相を見せる。点ではなく面で圧殺しようというのだ。

 寄せる大津波を前にして、シュウは手の中の短剣を低く腰を落とし構える。

 逆手に握った短剣の刀身が破裂した。

 ぼう、と音を立てて青い鬼火が大きく広がる。

 シュウの周り一体を青白く照らし出す不気味な鬼火に一瞬グランデの動きがぎこちなく固まった。だが、すでに勢いを止められる段階にはない。大津波が一気にシュウを飲み込む。


「ハアアアァアァァアァ!」


 青い鬼火の刀身が翼の如く広げられる。

 それはシュウを包み込むように襲い掛かったグランデの体を恐るべきスピードで何度も斬りつけた。

 瞬間的にグランデの視界が青一色になるほどの太刀数だった。青い鬼火の奔流は、先ほどの炎の嵐にも引けを取らない勢いだ。

 だがグランデはその攻撃を受けてなお、何の痛みも感じない。

 自分の体の強度に自信のあったグランデは既に存在しない顔を笑みに歪める。

 同時に、これほどの強者との戦いが終わってしまうことに一抹の寂しさを感じた。

 しかし、止まるわけにはいかない。

 戦いは殺すか殺されるか。

 グランデの戦いは、いつだって殺す側であったが。

 あとは飲み込むだけ。

 シュウの攻撃でわずかに押し返された大波が再び飲み込もうとして、けれどそこでグランデは自分の体の異常に気が付く。


「これは、どういうことであるか?」


 シュウの攻撃には痛みが全くなかった。

 青い炎の刃は確かに体を通り抜けた。

 だが触手は未だ健在だ。

 むしろ体に纏ってしまった炎の熱さを感じなくなっている。

 痛みが、ない。


「何をしたあああああああぁぁああぁぁ!」


 グランデが絶叫を放つ。

 そして気が付いた。

 痛みがないだけではない。

 体が動かない。

 それも斬られた場所だけが。


「お前の時間を止めた」

「時間を、だと?」


 大波の形のまま動かなくなったグランデの前で構えを解くシュウにグランデが信じられないと言った声を出す。


「この剣で斬られた部分は停止する。今は、お前の体の一部を生物的に停止させた。斬られた部分は進化も老化も腐敗もしない。ずっとそのままだ」

「そのまま!? そのままであると? 何も感じぬ! 感じられぬのである!?」


 狂気を孕んだ絶叫しながらもグランデはシュウの言葉を聞いて、すぐに頭を切り替えたのだろう。

 動かなくなった部分を切り捨てそれ以外の動く部分を分裂させ、シュウから離れた部分でバラバラになった体を集めようとする。


「無駄だ―――っ!?」


 追い打ちをかけようとしたシュウだったがぞくり、と背中に強い悪寒を感じて足が止まる。

 それは一瞬の事だったがグランデが見逃すはずはなかった。

 寄り集まった漆黒の液体が再び無数の槍となって撃ち出される。

 眼前に迫った触手を交差させた短剣で受け止めた。

 体を掠める触手は無視する。

 頬が切れ、肩の肉が抉られ灼熱の痛みが発生するが今は気にしていられない。

 わずかな間に短剣とぶつかり合った触手が動きを止め、背中を這いずる嫌な感覚が収まる。

 シュウの足もとに削り取った触手が水たまりとなって落ちた。


「貴様、返すのである! 某の痛み! 体を!」


 再び寄り集まった冒涜的な水たまりは明らかに質量を減じていた。

 いずれは完全に削り取れるだろう。


「……」


 だが同時に、シュウの中にも削れて行くものがある。

 グランデにはまだ気づかれてはいない。

 気づかれるよりも先に、倒す必要がある。

 シュウは大きな音を立てて床を蹴った。


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