68話 融合
「死ぃぃぃぃぃイヤアァァァァァ!」
シュウが一瞬呆然としていると、容赦ない攻撃を放ってくる。
セイジョで受け止めると、ガツンと音を立ててぶつかり合う。
「お前、何だよそれは!?」
「イヒヒヒヒ、俺はあいつの力のおかげで変ァわったのさァ!」
ニタリ、と笑いながら旋回させる槍の攻撃を見誤る。
「うごふっ!?」
腹に襲い掛かった衝撃に、口から空気が漏れる。
床を跳ねながら転がって、壁にぶつかって止まる。
「うおらァッ」
「くっ!?」
立ち上がれずにいるところへ槍が突き出される。
かろうじていなすと首の皮ギリギリのところを擦って後ろの壁に穂先が突き刺さった。
明らかにさっきまでよりも速度が増している。
あの目が原因か。
腹に浮かんでいる金色の目を睨み付ける。
「イヒッ、イヒヒヒヒヒヒ! 力がみなぎって来るぜェ!?」
「何なんだこの力は!?」
そう叫ばずにはいられない変貌ぶりだった。
エルミナの城で戦った時と比べても尋常ではない勢いで強くなっている。
「知りたいかァ? 知りたいよなァ!? イヒヒヒヒヒヒ!」
槍を引き抜くのに合わせてセイジョを二閃するもひらりと躱されてしまう。
「あいつはすごいぜェ、こんな力を人に与えられるんだからよォ」
「あいつ?」
どうにか立ち上がりながら、気になる単語が耳に飛び込んでくる。
「くくくく、元勇者様に決まってんだろォ? あいつは魔王の力を使ってくれたのよ! まぁさすがの俺もこいつを受け入れるにゃ、アニキがいなきゃビビってたかもしれねェがな!」
ピクリ、と肩の上のマーリーが反応する。
セージが、魔王の力を使っている?
一体どういう意味なのか。
そう考えて、思い起こされたのはマルクドーブで戦った死竜だ。
「お前、それは魔物なのか……?」
ぎょろりと蠢く金の目を指さして呆然と呟く。
死竜はセージによって人化したと言っていた。
それによって魔物の本能を抑え込むことが出来たと。
目の前の男の体に宿る金の目は魔物そのものだ。
肉体を、魔物に近づけたことで力や回復力を底上げしているというのか。
「そうよ! まーだ体に馴染んじゃいないがすぐにこの体を魔物に作り替えて、お前を殺してやるぜェ!」
気が狂ったように放たれる槍を躱しながら、動くシュウ。
徐々に動きがよくなってきている。
どこに突破口があるのか。
一つの隙も見逃すまいと考える。
「お前、魔物に近くなってるなら神官を見て何とも思わないのか?」
死竜も最後は魔物の本能によって塗りつぶされた。
目の前の男も徐々にではあるが魔物化しているならその本能からは逃れられないはず。
「あァ、さっきから腹ん中でぐるぐる言ってやがるぜェ? 神官を殺せ、女神の手先を殺せってよォ。でもなァ、そんな衝動、俺たちに取っちゃいつもの事なんだぜ!」
キレがどんどん上がっていく槍の攻撃を繰り出しながらスティーダが叫ぶ。
「むしろ! 心地イイィィ! 感じ! だぜ!」
腰を低く落とし、床を蹴る。
高笑いを続けるスティーダに肉薄し、セイジョを振り抜く。
ニタリと笑ったスティーダは槍を持っていない左の腕そのままで刃を受け止めた。
肉を切り裂くも、想定外の受け方に動揺したためか刃は骨を断つに至らない。
吹き出す血を避けながら下がると、その間に傷口へ魔物の黒い塊が肩を伝って伸びていく。
傷はかなり深かったはずだが、スティーダは左手を握ったり開いたりしながら感触を確かめている。その顔には愉悦こそあるものの、痛みを感じているようには見えない。
「シィィヤァッ!」
「!?」
治ったばかりの左手を繰り出してくる。
辛うじて躱せば、背後の壁にぶち当たり人が通れるほどの大穴を開けてしまう。
どんどん威力が増しているようだ。
「クソッ」
「オラオラどうしたァ!?」
無数に浴びせられる攻撃を避けながら、シュウは焦っていた。
早くリットの元へ向かわなければならないと言う思い、だけではない。
どのようにして戦うべきなのか、なぜだか考えられなかったのだ。
自分が死ぬ姿は容易に想像ができる。
先に相手を殺さなければならないというのにその方法が考えられない。
「しゃがみなさい、シュウ」
突然、耳元でマーリーが囁いた。
スティーダは槍を大きく突き出すところだったが構わず指示に従う。
「チッ、まーたかよォ!?」
半球状のシールドが展開され、槍の一撃を防ぐ。
続けてスティーダが腹立ちまぎれに繰り出す攻撃も防いでくれた。
「助かったよ、マーリー」
「シュウ、あんた人を殺すのが怖いの?」
「ッ!?」
一言で、言葉に出来なかったものを引き出された思いだった。
この期に及んで、シュウは早くリットを助けに行きたいという思いと、人を殺したくないという相反する思いに板挟みになっていたのだ。
自分では認識できていなかったが。
「あんた、人を殺したことは?」
「エルミナの城で、騎士を何人か……」
「それ、あたしと会う前ね。女神の洗脳のせいで罪悪感を覚えなかったでしょう」
「その時は、確かに……」
エルミナの城で聖騎士たちと戦った時は、罪悪感も嫌悪感もなかった。
ただ肉の塊を作ったような、そんな事実だけを感じていた。
だと言うのに今は目の前の相手を殺すことに躊躇っている。
いや、戦うこと自体を躊躇っていた。
「……シュウ、それは人間として当然の感覚よ。忘れてはいけないわ。でも、今は戦わなくちゃいけない。わかってるんでしょ」
「……ああ」
「どうやって戦えばいいのかも?」
「もう決まっている」
選択したくなかっただけだ。
感情とは別に、マーリーによって強化されたためか最も確実に敵を倒す方法は理解していた。
人に使うにはあまりにむごすぎるから。
「なら、やりなさい。やりにくいなら、あたしが命令するわ」
「いや、必要ない」
セイジョを還す。
シュウが無手になったことに気が付いたスティーダが反応して飛び下がった。
「俺は、俺の目的のためにこいつを殺す。魔王も、女神も、だ」
喚び出す武器は決まっている。
名前を呼ぶだけでいい。
「はァん! よーおやく出てきたかよォ! んじゃァ死んどけェッ!」
「ティー・ファイエン」
槍を構えて駆け出すスティーダを前に、シュウはゆっくりと喚び出した日本刀の鞘を握り、腰だめに構える。
床をすべるようにして間合いを詰めてくるスティーダ。
距離を半分詰められる間に、細く深く息を吐く。
吐ききったところで鯉口を切る。
チン、と音を立てて抜いたティー・ファイエンを納刀する。
「な、は?」
背後でスティーダが驚愕の声を床の上から上げる。
振り返れば、そこには腹から下だけが立ったまま固まり、床の上で転がって目を大きく見張る上半身だけのスティーダの姿があった。