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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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66話 予感


 ブレスによって、上空の火竜は一掃された。

 数匹は未だに王都低空を飛び回っていたが、数は多くない。


「時間切れだな」


 ハー・アーローンが構成した体が崩れて土塊に還り始めていた。


「王城に近づくぞ」


 リットに確認すると、頷いて城から飛び出たところに作られたバルコニーを指した。

 元神竜を大きく旋回させ、バルコニーへと近寄る。

 一番近く寄ったところで、シュウはリットの腰を抱えて飛び降りた。

 近く、とは言っても数メートルはある。腕の中のリットが悲鳴を上げるの仕方のないことだった。

 衝撃を殺し、無事にバルコニーに降りたところで振り返る。

 ハー・アーローンが使用範囲外に出たことで強制的に還され、形成されていた元神竜の姿も消える。

 細かな土塊だけを残して消え去っていく姿からは、あれだけの攻撃をした存在とはとても思えないほどあっけない。

 胸にわだかまる感傷を振り払って立ち上がる・

 まずは国王に会わなくては。

 そう思っていたシュウにリットが緊張した顔を向けてきた。


「シュウさん、変です。人の気配が、しません」

「……確かに」


 バルコニーの向こう側は洒落た部屋になっていて、窓ガラスを開けて入るも誰かがやってくる気配は全くない。

 あれだけ派手にやってきたのだ。兵士たちの手厚い出迎えくらいは覚悟していたシュウにとっては若干拍子抜けだった。


「普段からこの城はこんなに人気がないのか?」

「いえ、そんなはずは……」


 そう言ってリットが高そうな家具を避けながら部屋の入口へと駆け寄りドアを開ける。

 途端、鼻を突く臭いがあった。


「待て、リット」

「どうしましたか?」


 ドアを半開きにした状態で首を傾げるリットをドアから離して、シュウはゆっくりと廊下をのぞき込んだ。

 そこに広がっていたのは予想通りの光景だった。

 長い廊下の上に点々と兵士たちの死体が転がっている。

 さっき感じたのは血の臭いだった。


「そんな……!」


 危険はなさそうだったので廊下に出て死体を確認していると、リットも廊下を見て息を呑む。

 すぐに近くにいた兵士の一人に駆け寄ってみるも、すでに事切れていたのだろう。うなだれている。

 そしてそれはシュウが確認した兵士も同様だった。

 若い兵士だった。

 両目をカッと見開き、表情は恐怖に染まっている。

 どうやら正面から胸を一突きされたのが死因の様だ。


「一体何があったんでしょう……」

「さぁな。少なくとも魔物の襲撃にしては被害が兵士だけに偏ってる」


 周囲を観察していると、廊下に置かれた高価な壺や絵画などはほとんど壊れていない。もし魔物ならもっと見境なく暴れるように思う。


「ではこれは」

「おそらく、人間だ」


 魔物の襲撃に便乗して、何者かが城を襲っているのだろう。

 その事実にリットの顔が青ざめる。


「主力の兵士は避難民の救助や城壁の防衛に出ているはずです。もし今城が……陛下が襲われていたら」

「急いだほうがよさそうだな」


 シュウは床に転がる兵士の目を閉じさせてやると立ち上がる。


「国王はどこにいるか分かるか?」

「おそらく玉座の間か、執務室のどちらかかと思います」


 こっちへ、と言ってリットが早足で歩き出す。

 着いていきながら、シュウは頭の後ろの方になにか嫌な予感めいたものがこびりついて離れないのを感じていた。

 魔物の襲撃に便乗しての城への奇襲。

 エルミナの街でのことを思い出させられる。


「もしかしたら……」

「彼が、来ているかもしれないわね」


 小さな声で、肩に乗ったマーリーが囁く。

 黒髪に白い軍服を纏った少年。

 そして魔物と同じ金の瞳。

 セージ。

 彼が来ているのだとしたら、戦うことになるだろう。

 前を歩くリットと距離があることを確認してマーリーに小さく話しかける。


「あんたは、戦えるのか?」

「……どうして?」

「セージは、10年前のあんたの仲間だろ。魔龍王とは違って、まだ助けられたりするんじゃないのか?」


 その問いには答えまでわずかばかり間があった。


「……無理ね。彼ももう助けることは出来ない。あたしのギフトを使っても、よ」


 そう断言した。

 きっとこの10年セージについて調べながら考えてはいたのだろう。

 その上で、マーリーは結論を出した。

 助けられない、と。


「……」

「あんたがそんな顔をする必要はないわ。いいから、前だけを向いてちょうだい。ここでセージと戦うならその先にまだ魔龍王と女神が残っているんだから」


 助けられないことへの無念さを孕んだ顔をしてしまったのだろう。そんなシュウの頬をぺチリと猫の手で叩いてマーリーは先の話をする。

 今は無理やりにでも前を向くべきだと。

 だが、同時に思うのだ。

 1000年前の仲間である神原龍人。

 10年前の仲間であるセージ。

 どちらもマーリーにとって大切な仲間だったはずだ。

 それを両方とも失って、マーリーの心は大丈夫なのか。

 マーリーはその先に何を望んでいるのか。


「なぁ、マーリーはこの戦いが終わったら何がしたい?」

「突然何を言ってるのよ」


 マーリーの声が珍しく驚きを含んでいる。

 よほど意外だったのだろう。


「俺は、魔龍王と女神を倒して、リットが無事に生きていける世界を作ってやりたい。この世界の狂ったシステムを壊してやりたい。でも、そのあとあんたはどうするんだ?」


 短い旅の間、リットが眠っている間や離れている間に色々な話をしてきたが、マーリーの旅の目的だけは終ぞとして聞いていなかった。


「あたしは……そうね墓を作ってやりたいわね」

「墓?」

「ええ。みんなの、ね」


 これまでにかかわって来た者たちの墓、と言う意味だろう。

 1000年と言う膨大な時間を生きる彼女にとって、仲間とは自分を置いていく存在なのかもしれなかった。


「この戦いで、そんな墓も最後にしてやる」

「……あら、カッコイイじゃない。期待してるわよ」


 耳元で黒猫がにゃあとひと鳴きした。


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