65話 残影
火竜に襲われ続けている王都を見ながら、思案する。
王都はかなり広大な都市だ。
遠い山の上から見ているから全景が見えるが、都市の中に入ればとても見渡せるものではないだろう。
その上空を無数の火竜が上昇下降を繰り返しながら攻撃をしている。
しかもその下では未だ避難を続けている一般人たちがいるのだ。
攻撃は、上空の火竜のみに当たり下の人々に当たらないものにする必要があった。
「そんな都合のいい武器が―――あるな」
「シュウさん?」
「なぁ、リット。この山、少し崩しても問題ないか?」
「はい?」
シュウの問いに、リットは意味を理解できず首を傾げる。
その様子に確かに分かりにくかったかと内心反省する。
「これから使う武器はかなり強力な反面、膨大な魔力が必要になる。数100人から吸い上げられればいいけど、今はそんなことできないから……代わりにこの山から吸い上げる」
「吸い上げるって、どのくらいですか?」
「そうだな、ざっと100年はこの辺は草一本生えないくらいにはエネルギーを吸い上げる必要がある。あと、吸い上げた反動で山が崩れる」
「それで崩す、ですか」
あまりのスケールの大きさに瞠目するリット。
だがすぐに真剣なものに変えて、
「分かりました、やってください」
そう言った。
「分かった―――ハー・アーローン」
手の中に現れたのはほとんど杖と言って差し支えない形状の武器だった。
ほとんどと言ったのは先端のみが剣状で、そのすぐ上からは四角い立体的な刃のない刀身が続き、その中心は果実の様に膨らんでいる。柄の部分は開いた花弁の様に四方に鍔が分かれていた。柄頭にはこぶし大の黒い宝珠が不気味な光を放っている。
「なん、何ですか……これは」
「かつて竜に対抗するにはどうするか考えた時、同じ竜の力があれば勝てるのではないかと考えた連中がいた」
そう言いながら手の中の武器を地面に突き立てる。
「そいつらは殺した竜の死骸を媒介に、その竜の力を再現すること考案した」
突き立てられた地面を中心に、血管のようなものが地面を這って行った。
「竜の力の再現……? ですがたった一体の竜で他の無数の竜に対抗するなんて……」
「だから連中は並の竜に対抗できるクラス―――神竜を狩ったんだよ」
「神竜級をですか!? 勇者様以外でそんな記録、見たことありませんけど……」
「当然だ。倒す代償に国そのものが滅んでしまったんだ。そしてその一部をこの棺に封じ込めた」
「棺?」
「そう、この刀身にはその神竜の心臓が埋め込まれている」
「そんなことが……」
「代わりに国は滅んだらしいから、本末転倒だけどな」
そんなことを話している間に大地を這う血管はどんどん広がり、大地から魔力を吸い上げていった。
魔力が吸い上げられた大地は黒く変色し、ボロボロと崩れていった。
だがそれと同時にシュウたちの足もとの地面が隆起し始めた。
「そろそろだな」
その言葉と共にハー・アーローンを突き立てた地面を中心にして大地が割れる。
驚いたリットだったが、足場が変わらずにあることに気がついて落ち着きを取り戻したようだ。
足もとにあるのは地面ではない、漆黒の鱗に覆われた巨大な存在だ。
「GYYYYYAAAA!」
産声を上げたのは一匹の竜。
かなり巨大で死竜と同じくらいはある。
大きく広げられた翼で羽ばたきながら徐々に上昇を続けていく長い首の先にある顔には、金色の単眼と乱杭歯が覗く咢がある。
金色の瞳が、王都上空を飛び回る火竜たちを見据えてホバリングする。
背中に立つ二人の足元からは微かな振動を感じるだけで、見た目よりも揺れは少なかった。
シュウは柄頭の宝珠に手を重ねて指示を出す。
「焼き払え」
金色の瞳の前に魔力が収束し、強烈な光を一直線に放つ。
視界が白い光に包まれる。
視線の動きに合わせ左から右へと薙ぎ払われた光線は、王都上空にいた火竜を一気に打ち抜いた。
数え切れないほどの火竜が一度に消炭に、あるいは戦闘不能になって地面へと落下していく。
その様には指示を下したシュウですらも背筋を冷たくさせた。
強すぎる。
このまま火竜を倒しても、かつての勇者の様に自分も強すぎる力に怯えられたり疎まれたりするのではないだろうか。
そんな恐れが脳裏に浮かぶ。
きゅっ、と。
背中に力を感じて振り返ると、リットが服の裾を掴んでこちらを見ていた。
「……」
お互いに何も言わなかったが、シュウの心は落ち着いた。
きっとリットなら恐れずについてきてくれる。
そんな確信があった。
「シュウさん、来ます!」
リットが正面を指さして叫ぶ。
見れば王都の上空をバラバラに飛行していた火竜の残りが一斉にこちらへ向かって跳んで来ようとしていた。
「行くか」
「はい!」
足もとの神竜がひときわ強く羽ばたく。
ごうっ、という強風が一気に吹き付けてくる。
片手で柄の宝珠を握りながら、もう片方の手でリットの手を掴んだ。
正面の火竜たちは、先の一撃で半分以上が撃墜できたようだが未だに数は多い。バラバラだったものが一本の奔流となって向かってくる。
足もとの竜はまっすぐにそこへ向かっていた。
徐々に近づく火竜の群れ。
最初は豆粒の様だったサイズが、すでに巨鳥の如き大きさになって迫っている。
交錯の直前。
眼前が白光に満たされる。
再び光線を放ったのだ。
一撃放つごとに宝珠の中に蓄えられた魔力が大きく減少するのを感じる。
この光線攻撃はこの元神竜の通常攻撃だが、一撃での消費が激しい。
もし蓄えられた魔力が枯渇すれば、作り出した体の維持が出来ず、消え去ってしまう。
だが、今使わないわけにはいかなかった。
光線に沿って火竜の奔流に穴が開く。
まっすぐに飛び込んだ先は、火竜がすぐそばをかすめながら飛んでいく光景。
まるで魚群の中を泳いでいるような気分だった。
とはいえ、魚群はブレスを吐かないだろう。
「GOAAAAAAAAAAAA」
近づいて来ることに気が付いた火竜たちが、射線上にいる仲間たちを気遣うこともなく炎のブレスを放ってく。
次第に増えていくブレスの攻撃を避けながら、元神竜の首に無数の目が開く。
ギョロつく瞳が周囲を飛ぶ火竜を見据え、白い光の線を放つ。
長い首に一列に並んだ無数の目が放つ光線はブレスを吐こうとしていた火竜を射抜き、さらに隣の火竜の首を焼き切り殺す。
そうして無数の火竜を屠り、群れを突っ切る。
青い空のもとに出ると溜めていた息を一気に吐く。
火竜の殺気にさらされている間、無意識に息を止めていたのだ。
「大丈夫か、リット?」
「はい、大丈夫です」
リットの力強い肯定に安堵しながら振り返れば、火竜の群れは交錯する前と比べて3分の1以下だろうか。かなり数が減っている。
だが、未だ士気は落ちていないようだ。
手の中の宝珠の感覚を確かめる。
こちらの魔力もかなり減少していた。
「リット、次で終わらせる。そのあとは王都に行こうと思うが、どこに降りればいい?」
「でしたら王城に行きましょう。この混乱を治めるためには父に―――国王陛下に直接話すしかありません」
声には若干の苦々しさを含ませながらも瞳は心配の色が揺らいでいる。
「分かった。それじゃ、行くぞ」
元神竜を旋回させる。
再び向かい合う火竜。
今度は既にブレスの用意をしているようで、無数の紅蓮の炎が揺らめいている。
だが、準備ならこちらも終わっている。
「やれ」
短く、終わりの命令を下す。
元神竜の口が大きく開かれ、魔力を大きく吸い込み始める。
吸い込んでいるのは魔力で、物理的に空気を吸い込んでいるわけではないはずだが、背中に乗っている二人も吸い寄せられているように感じた。
そして火竜たちはより明確な反応があった。
口元にたまっていたブレスの光が消え始めたのだ。
竜たちのブレスは体内で魔力から生成されている物だ。故にその魔力を奪い取ってしまえばブレスを使うことは出来ない。
同時にこちらは準備が整う。
漆黒の炎。
神竜からブレスが放たれ火竜の群れ、それも今度は奔流の真ん中だけなどではなく群れ全体を覆いつくすブレスによって包まれる。
触れた火竜たちから蒸発していくのが黒光越しに見えた。
今度は死んでから墜落する火竜すらいなかった。