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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
64/105

64話 氷結


 振り下ろされた水の刀身が、伸びた。

 一直線、まっすぐに。

 しなる刀身が、延長線上にいる火竜たちを何体も切り裂いていく。

 運よく免れた火竜たちが驚きに瞠目し、あるいは回避しようとするよりも先に刀身が鞭のようにうねり、あたり一帯を蹂躙した。


「GURURUGAA……」


 体をいくつかのパーツに分断されてしまった火竜の一体が力なく声を上げる。

 不運にも生き残ってしまった火竜に近寄ると、ウィンディネの刀身を元の長剣サイズまで戻して、今度は氷つかせる。

 白く透き通った刃を火竜の頭に突き立てた。

 切っ先は恐ろしいほど滑らかに侵入し、差し込んだ部分から巨体を凍り付かせていった。


「……半分、ってところか」


 吐く息を白く凍り付かせながらあたりを見渡して呟く。

 最初の攻撃で盆地を二分し、半分を片付けたことで残りはおよそ10だ。

 もし氷壁の向こう側の火竜たちが無能でなければおそらくそろそろ―――と思って見上げれば。


「GYOOOOAAAAAAAAAA!」


 何体かの火竜たちが氷壁を飛び越えてこちらへと向かって来ようとしている。

 あるいは足音からして氷壁を回り込もうとしている者もいるだろうか。


「今その手間を省いてやるよ」


 一度、刀身を水に戻す。ばしゃばしゃと音を立てて足もとに水が落ちる。


「ウィンディネ」


 名前を呼んだ瞬間、目の前が真っ白になる。

 霧だ。

 足もとの池や周囲にあった氷を一気に小さな水の粒、霧へと変化させたのだ。


「GYOGYA!?」


 一気に視界を奪われた火竜たちが騒いでいるのがわかる。

 それも当然だ。

 今この盆地はすべてが霧に包まれている。

 一寸先すらも見ることが出来ないミルクの海のような空間。

 困惑するなと言うほうが無理な話だ。

 だがシュウだけは違う。

 この剣―――ウィンディネは水を操る魔剣だ。

 装備者が水だと認識できる物なら何でも操り気体・個体・液体どの状態でも操ることが出来る。とは言え支配下に置ける距離はせいぜい数キロ圏内のみ。このような盆地でもなければ―――あるいは水の豊富な場所でもなければ使い勝手の悪い武器だ。


「まぁ、お前らにとっては最悪のシチュエーションだったわけだ」


 おかげでこの霧の中にいる火竜たちの位置はシュウからすれば手に取るようにわかる。

 それこそ、吸い込まれた水分までだ。


「せめて一気に死なせてやるよ」


 火竜たちの体内へ、口と鼻から一気に霧を押し込み―――それはもはや水流を無理矢理飲み込ませているのと同じだった。


「凍れ」


 心臓の近くで一気に凍らせ体の内側から氷の刃で破壊する。

 分厚い皮膚と鱗を内側から破られ、氷のオブジェと化す火竜たち。

 残った霧を斬り払う様にウィンディネを振り払うと一気に残っていた霧が晴れる。

 霧が払われたことであらわになった無残な死に方に少しばかり眉を顰めた。

 体から突き出した氷によって墓標の様に地面に縫い付けられた火竜たちを眺めまわして、生き残りがいないことを確認すると安堵する。


「シュウさん……」


 振り返ると、そこにはリットがいた。

 どうやら戦いが終わったことに気が付いて洞窟から出てきたらしい。


「悪い、待たせたな。行こう、あっちの端まで行けば魔龍山脈の内側に出られるはずだ」


 ウィンディネを使ったことで山がどちら側に湾曲しているのか知ることが出来た。おそらく魔龍山脈の内側、王都は今出てきた洞窟の反対側の様だった。


「はい、ですが」


 それには頷きつつ、リットはあたりに並ぶ火竜の群れを見て戸惑う様に視線を泳がせる。


「どうした? 心配しなくても全部死んでるぞ?」

「いえ、何でもありません」


 そう言うとリットは歩き出してしまう。

 わき目もふらず、まっすぐに前だけを向いている。

 いや、周りにある物を見たくないようだった。


「ちょっと、あんた」

「いたのかマーリー」


 リットが離れた隙を狙ってか、マーリーが珍しく話しかけてきた。

 氷を使い始めた段階から、マーリーは肩の上から降りて離れたところでこちらを見守っているのは分かっていた。


「あんた本当に大丈夫なんでしょうね」

「どういう意味だ?」


 本当にわからないと言った風に首を傾げれば、マーリーがその目を深くのぞき込んでくる。まるで心の内側を覗こうとするかのように。


「はぁ、あんた少し引っ張られ過ぎよ。その魔剣、ちょっと危険な奴でしょ?」

「まぁな。でも大丈夫だ」

「そう、ならいいけど」


 結局忠告する程度に決めたようなマーリーだったが、シュウははっきりと洞窟の中でマーリーと話した内容を思い出していた。

 能力の過剰使用によって変貌した転移者龍人のこと。

 そしてマーリーのリライト。

 マーリーは自分のせいでまた変わってしまう人間が出てしまうことを気にしているのだろう。

 あるいはシュウ自身の能力でおかしくなってしまうことを。


「そんな心配いらないっての……」


 心配性だな、とため息をつきながらシュウは歩き去ってしまったマーリーの後を追う。

 すり抜けて言う火竜たちの墓標を見ながら思うのだ。

 今回は一番うまくやれた、と。


   ◇


 盆地の淵までの道は思っていたよりもずっと楽なものだった。

 本来は雨水やら湧き水やらで池になっていたのをすべて蒸気にして、さらに氷へと変化させたので当然と言える。

 乾いた土を踏みしめながら坂を登った。

 そして坂の頂上にたどり着いたところで一気に視界が開ける。


「これは……!」

「シュウさんっ!」


 肩の定位置に上ったマーリーまでもが息を呑んだのが分かった。

 魔龍山脈に囲まれた大地。

 広々と広がる青空の下、本来であれば古風な石造りの大きな街であっただろう王都は真っ赤に燃え上がっていた。

 空高く黒々とした煙が立ち上り、その空を埋め尽くさんばかりの火竜が飛び回っていた。

 やはり予想通り魔龍山脈を越えた火竜たちはそのまま王都を急襲したらしかった。

 王都は巨大な円形の城壁に守られている。

 遠目に見える城壁の上では、今もなお魔法道具を使った反抗が行われているようで、時たま炎や氷の光が飛び交っていた。

 だが、いずれも火竜たちに対して効果的な攻撃にはなっていない。

 都市の中までは遠すぎてよく見えなかったが、小さく見える人々が逃げまどっている姿や、火の手の上がる家を必死で消火しようとしている姿も見える。

 そして都市の中心。

 これまで見てきたエルミナやマルクドーブよりもずっと大きな城の姿がある。

 本来であれば雪の様に白い石で造られていたであろう城は、火竜のブレスを集中的に浴びたのだろう、どこも煤けて本来の美しさは微塵もない。

 だが、何らかの魔法の力なのだろうか。不思議なことに火の手は上がっていないようだ。火が見えるのも城から離れた街の方が多く見える。


「早く、助けないと……」


 ふらりと足を踏み出したリットだったが、腕をシュウが掴んで止める。

 ついに我慢の限界が来たのだろう、振り返ったリットの目の端には大粒の涙が浮かんでいる。


「シュウさん……」


 まっすぐにぶつかり合ったリットの目には不安や期待がないまぜになった複雑な気配が浮かんでいる。


「落ち着け。こんな時のために俺をここまで連れてきたんだろ。少しは信頼しろよ」


 そう言って笑ってやる。

 少しでも、リットの不安な顔を払しょくできるように。

 二度とこんな顔をさせないために、戦わなくてはいけない。

 そう思いながら。


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