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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
62/105

62話 彷徨

だんだん書くのが難しくなってきました。


そう語るマーリーの視線は懐かしさと深い悲しみをはらんでいるように見えた。


「あたしがこの世界に来て、女神から受けた使命は亜人と魔族を滅ぼすことだったって言ったわよね? 同じ使命を受けてこの世界にやってきた勇者の一人が彼、神原龍人だったわ」

「神原龍人……」

「そう、彼こそが最初の魔王にして未だに君臨し続ける最強の魔王」

「どうして、そんなことに」

「大した話じゃないわ。さっき聞いたでしょ? あたしたちは王国にはめられた。龍人は絶望して魔王となった。ギフトを暴走させてね」

「ギフトを?」


 その言葉に頭のどこかで警鐘が鳴る。

 この話は聞くべきだ。


「なんでギフトを暴走させるとそんなことになるんだよ」

「普通は起きないから安心しなさい。後にも先にも、ギフトの暴走で魔王化したのは彼だけよ」

「……詳しく教えてくれ」


 小さな猫に食って掛かるようにして訊ねていたシュウは体を離してできるだけ冷静に聞こうと努めた。


「彼のギフトはちょっと特別だったのよ。ギフト名は『千変万化』自分の思い描いたものへ自分の体を変身させる能力だった」

「変身?」


 姿かたちを変えられるということだろうか。


「当然、それだけじゃないわ。能力も、変えたものと同じにできた。魔物に変身すれば魔物の力を、剣神に変身すればその経験と技術もすべてを使うことができた」

「それは、かなり破格の力だな」

「ええ、けれどデメリットもあった。誰にも教えなかったようだけど、記憶も感情もある程度コピーされてしまうようだったの」


 その言葉を聞いてはっとする。

 以前蜈蚣公を使ったとき、シュウ自身も剣の呪いによって破壊衝動に襲われたことがあった。

 あれ以来あれほどの魔剣を使ってはいないが、自分にも起こることかもしれない。


「魔族と亜人との戦いで能力を酷使しすぎた彼は、最後の戦いに赴くころには最初に出会ったころとは別人のようだったわ。好きな食べ物も、考え方もすべて変わってしまった」

「それじゃ、もう完全に別人じゃないか」


 外見が同じでも、中身が違いすぎる。


「それでも彼はあのお姫様を好きだという気持ちだけは変わらなかった。だから戦い続けたのよ。最後には、どれが自分の記憶と感情なのかすら怪しかったでしょうに……」


 自分自信を失ってなお戦い続けたという彼を想像して、背筋をぞくりとした感覚が走り抜けた。


「ねぇ」

「な、なんだ?」


 気が付けば、マーリーが真剣な目でシュウを見つめていた。


「あんたは変わらないわよね?」

「……どういう意味だ?」

「あんたのギフトを見ていると龍人のことを思い出すのよ。あんたの刀剣召喚は剣を喚ぶだけじゃない。使用していた人間の技術も一緒に召喚してる。違う?」


 マーリーの言うとおりだ。

 召喚と同時にシュウには使用者の記憶も流れ込んできていた。もちろん、剣に関して素人のシュウがどの武器を呼び出しても使いこなせるのはこのためだ。


「確かに、若干だけど元の使い手の記憶は流れ込んでくるよ。でも、それによって考え方が変わったりとかは、今のところない、と思う」

「……そう、ならいいわ」


 それだけ言うと視線を落として体を丸める。

 どうやら話は終わりのようだった。

 もう話すつもりのなさそうなマーリーを見下ろして、わずかばかり、彼女に対して憐憫の様な情を感じてしまう。

 仲間たちを裏切りで失い、さらには敵に回してしまった。それだけではない、1000年の間にいくつものパーティを失ったのだろう。

 そして今また、元仲間を殺すために旅をしようとしているのだ。


「なぁ、マーリーは今の魔王を前にしても殺せるのか」


 話していたマーリーの口調を思い出すと、1000年前の勇者神原龍人に対して特別な感情を抱いていた気がした。それはおそらく―――


「心配いらないわ。魔王になってしまった以上、彼はもう殺してあげるしかないもの。それに、今ここにいるあたしはマーリーのコピーでしかない。本物はもう死んでいるのよ。あたしが彼に情けをかける理由は……ないわ」

「……」


 最後、わずかにためらわれた間に答えはある気がしたが、それに対してシュウは何も言わなかった。


「そういうあんたこそ、あたしのギフトの影響だってあるんだから変わらないで頂戴よ」


 マーリーのギフト「リライト」の効果でシュウの脳構造はかなり強化された。

 単純に強度が上がって刀剣召喚を使用しても気絶することがなくなったことが一番の効果だが、最近は若干自分が以前よりも効率的にロジカルに動こうとしている気がしていた。

 影響は、確実に出ている。

 おそらく刀剣召喚も同様だろう。


「ああ、心配するな。必ず魔王は倒すよ」


 だから、マーリーの心配に答えるつもりはなかった。

 言ってもしょうがないことなのだから。


   ◇


 洞窟は深く、長かった。

 日が差さない洞窟の中では時間の感覚も不確実で、それだけでも精神が追い込まれていく。

 二人と一匹はそれでも文句も言わずに歩み続けた。

 それは二人の間に予感があったからだ。

 王都で何かが起きている―――。

 歩きながら話した。


「火竜の群れ、どこへ向かっていたと思います?」

「方角から見て―――まぁ王都だろうな」


 無数の火竜たちが目指していたのは王都の方角だった。

 魔龍山脈ですら超えて飛んでいくのならば、そこ以外に考えられない。


「あれだけの数です、きっと何かが、起こっているんだと思います」

「……まだ、止められるならいいけどな」


 マルクドーブの街を思い出す。

 到着した時、街は既に蹂躙された後だった。

 あと少し到着が早ければ助けられた命もあったかもしれない。

 今でもそう思わずにいられないのだった。

 だから、二人の足は自然と速くなった。

 肩の上に乗ったままのマーリーはそんな二人を見て嘆息したが、そのことにいちいち突っ込む気もない。そもそもリットがいるところで話すことも出来なかったのだが。


「王都の戦力はどのくらいだ?」

「何とも言えませんね。騎士団の常備兵力で2000くらいでしょうか。実際に即動けるのはその半分以下でしょうが」


 騎士団として動ける人員も、全部が全部常時動けるわけではないらしい。

 休みを取らせていたり、領地内の問題解決に派遣したりなど色々あるらしかった。


「魔法師団は300と言ったところですね。いずれにせよ、この10年で王都もかなり軍備縮小が進んでいます。同様に魔王の被害で衰退した周辺諸国に対抗するにはこの程度でもまだ多いと批判されるレベルです」

「兵隊は金食い虫だからな」


 普段は全く動かないくせに金を食う兵士は予算を食い荒らす虫そのものだろう。

 かといって縮小しすぎればいざというときに使い物にならない。あるいは力が不足する。エルミナやマルクドーブがいい例だ。


「対抗できると思うか?」

「王都には対魔物用の兵器も残っています。それもまだ使用可能なものが、です」

「なら、何とかなるか」

「適切に使用できれば、ですが」

「含みのある言い方だな」

「10年ぶりの魔物の襲来ですからね。正気でいられる人々がどのくらいいるか……」


 空を覆い尽くすほどの火竜の群れに襲われて、平常心を保てるような兵士と言うことだ。


「まぁ、ほぼ無理でしょうね。武器の性能でかろうじて落城はしないでしょうが」

「……ずいぶんと落ち着いているんだな」


 リットの落ち着いたような諦めきったような物言いに、微かに疑問を覚える。

 マルクドーブの街で、地に倒れ伏した住民や兵士達を見た時のリットは一人ひとりを確認して、すでに救えないことに悔しさを覚えるような人だったはずだ。

 シュウの言葉を聞いたリットの足が止まる。

 袖を掴まれていたシュウも足が自然と止まった。

 暗い洞窟の中、明るい光の移動が止まる。


「これからたくさんの人が……言っちゃなんだがリットの知り合いも大勢死ぬかもしれない。もう間に合わないかもしれないんだぞ?」


 振り返って見れば、灯りに照らされたリットの顔はうつむいていて確認できない。


「それとも何か、方法が―――」

「方法はあります」


 言いかけたシュウの言葉を遮って、リットが両手でぐっと服を掴んで引き寄せた。

 それによりカンテラが地面に落ち、鼻先に迫ったリットの顔を下から照らし出す。

 リットの目は、涙で濡れていた。


「方法はあります、ここに。―――シュウさんが、シュウさんがいればなんとかなるんです!」


 おいおいいきなり何を言っているんだ、という言葉は真剣なリットの目線に封じられた。


「正直あの火竜の群れに攻め込まれれば王都は長く持たないことは分かり切っています。けれど、私にできることはそれを何とかできるあなたを王都まで確実に送り届けることだけなんです!」


 シュウは自分の勘違いに気づかされて、頭を殴られたような気分だった。

 リットは落ち着いていたわけじゃない。

 できることを考えて、自分の力が及ばない悔しさを噛みしめながら歩いていたのだ。

 この小さな少女はこれまで神官としての自分の仕事をまっすぐに努めてきた。

 それはこのわずかな期間一緒にいたシュウにはよくわかった。

 ならば当然、王女としての彼女の責任も、きっと果たそうとすることだろう。


「私はっ!」


 唾を飛ばしながらリットは叫ぶ。


「本当は後ろでただ待っているなんてしたくなかった! できるならあなたとも一緒に隣で戦いたい! あなたが倒れて傷つくよりも先に手助けがしたい!」


 リットの仕事は後衛だ。

 とても重要なポジションだ。

 だがその仕事が回ってくるときにはすでに仲間は傷を負っている。

 最悪もうすでに手の施しようがない可能性だってある。

 この小さな体であれだけの護身術をマスターするようなリットの性格は、きっと前衛向きだ。

 ただリットは、自分に課せられた責務を理解して、全うするために我慢していただけなのだろう。

 ここまでシュウは戦うたびにケガをして、いつもリットに助けてもらっていた。

 だが隣で戦えないリットは忸怩たる思いだっただろう。


「私は、第三王女で、神官、ですけど、勇者様の隣で戦いたかった……!」

「リット、お前……」

「気づいてないとでも思いましたか?」


 涙にぬれた目で、微かに笑いながら「なんで私、神官なんでしょうね」とリットが言う。

 もうとっくにリットはシュウがこの世界に送り込まれた勇者だと気が付いていた。


「だから、少しでも早く、確実にあなたと王都まで―――そして魔王を、倒してください」


 再び、真剣なまなざし。

 ランタンの明かりを反射する瞳は暗闇の中でなおらんらんと輝いているように見えた。

 その目を見て、エルミナの街で最初にリットに出会った時のことを思い出す。

 リットの「勇者様が見つかるまでの代わりです」という言葉を聞いたときは、自分が勇者だと名乗ることもしなかった。そもそも勇者として戦うつもりすらなかったのだ。

 勝てるはずないと思った。

 今でもそう思う。

 でも、エルミナの街で立ち向かおうとする人を見た。

 マルクドーブの街で抗おうとする勇気を見た。

 世界を混沌に陥れようとしている人の絶望を見た。

 そして、目の前の少女が安心して生きていける世界を作ってやりたい。

 そのためなら魔王だろうが女神だろうが―――叩き潰す。


「―――ああ、分かった。必ず、魔王を倒す」


 女神も、と言う言葉は飲み込んではっきりと口にすると、ようやくリットの目元が緩む。かなり緊張していたようだ。

 ふんわりと、笑って言うのだ。


「はい、お願いします!」


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