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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
61/105

61話 歴史


「このデュナーク王国はおよそ1000年前に今の形に落ち着いたと聞いています」

「1000年か。長い歴史だな」

「無駄に長いだけですよ。実際は何度も魔王に滅ぼされかかって、その度に勇者様に助けられてきたんですから」

「勇者ね」

「ともかく、その1000年前の話です。当時の資料はほとんどありませんが、この頃は魔王は存在しなかったようですね。本当かどうかは疑わしいですが」


 それは事実だ。

 隣で丸くなっている黒猫に目をやる。


「その当時は人間と亜人と魔族の三つ巴で争っていたようです。亜人族は今もまだ少数ながら存在しますが、魔族と言うのが本当に存在していたのかは不明です」


 黒猫はその話を聞きながら大きくあくびをしている。


「その1000年前、文献上最初の魔王が降臨した時にこの魔龍山脈は出来上がったと伝えられています」

「最初の魔王、か」


 マーリーの話が本当ならその時期から魔王がいくつも発生し、勇者が無数に送られてくるようになる。


「1000年前この地に現れた勇者様はその魔王が生まれる前に来たそうで、亜人や魔族を相手に戦っていたそうですよ。本当だとしたら馬鹿な話ですよね。人同士で何を争っていたのか」

「……まぁ、魔王に脅かされた世代からすればそう感じるよな」


 ひっそりと立ち上がり、リットの方へ行こうとしたマーリーを押しとどめる。


「その今から1000年前の話で伝わっている物があります。元々この地にあった国の第三王女は、亜人と魔族から世界を救うためにやって来た勇者様に恋をしたんだそうです」


 話が変わったからか、マーリーがようやく落ち着いて地面の上で丸くなった。

 シュウは爪が当たっていた手をなでながら尋ねる。


「勇者にお姫様が? それはまたずいぶんと身分違いだな」


 シュウにとって勇者とお姫様と言えば、本ではありがちな話だが実際にはこの世界へやって来た異世界人なのだとしたら異世界のその国での立ち位置は平民よりも危ういだろう。

 シュウ自身はこの世界にやってきたとき無一文どころか全裸だったのだから。

 そのことを思い出したのだろうリットは「さすがにシュウさんのケースは珍しいと思いますけど……」と前置きをして、


「そうですね。ですから第三王女は自分からそのことを滅多に言うことはなかったそうです。実際この話を自分の子どもたちに話したのも晩年の事だったようですよ」

「秘めた恋ってやつか」

「そうですね。けれど、勇者様もまた第三王女に恋をしていました。彼はこの世界を救うことになったとき、当時の国王から『褒美に何が欲しい』と尋ねられこう答えました」

『第三王女を私の妃に下さいませんか』

「それはまた、足もとを見たな」

「もう! 少し黙って聞いていてくれませんか? このお話は王族にだけ伝わっている秘密の昔話なんですから」


 少しぷりぷり怒りながらリットが言う。


「秘密の昔話? かつての勇者の話ならもっと大勢が知っていそうなものだけど」

「それは、勇者様が第三王女に求婚するところだけを切り取った話はもちろん有名です。けれどそれが広まったのは最近の話で、しかも結末が全然違います」

「どういうことだ?」


 そう尋ねると、リットは神官服をぎゅっと握り縮こまる。


「……王様は、その勇者の願いを聞き『世界を救済した暁には』と約束しました。けれど王は亡くなった妻に生き写しの第三王女を溺愛していたのです。だから本当は嫁に出すつもりなどなかったそうです」

「嘘をついたのか」

「と言うか本当にできるはずなかったんだそうです。なんせ当時は亜人と魔族が手を取り合って人間の国を幾つも併呑していた時期だったらしいですから」


 亜人族と魔族、という部分に聞き覚えがある気がした。

 けれど思い出すよりも先にリットが話し始める。


「結局、勇者はすべての魔族との戦いを制し、亜人をも倒し切りかけました。ですがその直前、勇者は死んでしまいます。殺されたのです。味方だと思っていたこの国の兵士の手によって」

「……王様の差し金か」


 よくある話だ。そう思った。


「今際の際にその事実を知って、勇者様はこの国を嘆き呪ったそうです。そこからはぼんやりとしか伝わっていませんが、王は死に王位継承権の高かった者たちも次々に死んだようです。結果として若い第三王女がこの国の女王となって治めなくてはならないほどに」

「とんでもない呪いだな」


 何らかのチート能力だろうか。

 女神に見せられたカタログを思い出すが、該当するものは思い出せなかった。


「女王となった第三王女にその事実は長いこと知らされませんでした。女王として子どもを産み、その子どもが大人になって王座を継ぐくらいまでは」

「ずいぶん長いこと隠し通したんだな」

「女王が勇者様に恋心を抱いていたことは口には出さなかったものの周囲には知られていたのかもしれませんね。単純に国の闇の部分ですから必死で隠したのかもしれませんが」


 自嘲気味に笑うリット。

 自分の先祖の過ちを話しているのだからそれは陰鬱な気分にもなるだろう。

 シュウは話題を早く進めることにした。


「それがどうして幽霊の話につながるんだ?」

「はい。結局勇者暗殺の事実は晩年女王の知るところとなりました。彼女は嘆き苦しみ―――最終的には死を選びました。これがこのデュナーク王国建国期の話です」

「……それはまた」


 救いようのない話だ。


「それからというものの、王族の中で第三王女に当たる娘には死んだ女王が見えるという怪事が起こるんです」

「それが幽霊か」

「はい。そして女王は必ずこう言います『神官となり勇者を救ってくれ』と。とてもつらそうな顔で、夜になるといつもです。神官として正式な洗礼を受けるまでずっとです」

「生まれた時から見えるのか」

「個人差はあるようですが、私の場合は生まれた時からはっきり見えていました。ですので3歳の時にはもう神官として洗礼を受けることにしました」

「そんなに早くか……」

「おかげで暗いところや夜が苦手になってしまったというわけです。これで分かりましたか?」

「ああ、よくわかったよ。けど、今もまだ見えるのか?」


 そう尋ねると、リットは首を横に振った。


「洗礼式を終えると見えなくなりました。普通は10歳前後でするんですが、私の場合ははっきりと見えすぎていたので怖がり方が、その……尋常ではなかったので」

「結局、リットが怖がりなのは生まれつきだったってことか」

「な!? ち、違いますよ!」


 顔を真っ赤にして憤慨する。


「何が違うんだよ」

「その、暗いところにいると連想してしまうんですよ。あの幽霊女王のこと、彼女のつらい悲しそうな顔を。それを思い出すと私は……」


 真っ赤な顔から一転、沈んだような表情になるリットを見て少しからかい過ぎたかと反省する。

 カンテラの明かりをじっと見つめる目線は、深い思考に入ってしまったようで固まったままだ。赤い瞳が、人間っぽさを失って宝石のような美しさを宿す。

 それが何だか見ていられなくて、シュウはリットに毛布を被せた。


「うわっぷ、何ですか!?」

「明日も早いからもう寝ろ」

「見張りはどうしますか?」


 ここまでの道中では何度か野営を行っている。その時はリットと交互に見張りに着いたのだが……。


「お前、一人だけ起きてて正気でいられる自信あるのか?」


 そう言うとリットは首を激しく左右に振った。

 絶対に無理!

 と言うのはよく伝わった。


「安心しろ、これで周囲を警戒しながら俺も短時間だけウトウトすれば数日は持つ」


 そう言って取り出したのはお役立ちのアヴラウラ=テンプスターズだ。

 風を展開させて周囲の状況を把握しておけば、何かあったときには起きることが出来るだろう。


「分かりました。ここでは役に立たないのは確かですから、そうさせてもらいます」

「そうしてくれ……で?」

「何でしょうか?」

「いや、いつまで引っ付いているんだ?」


 毛布を受け取ったリットはずいずいとシュウに近寄り、ついには胡坐をかくシュウの膝の上に頭をのせて横になってしまった。


「こ、これは何かあったときにそのまま頭を地面に落としてもらえれば起こす必要もないので! 合理的だと思います!」

「分かった分かった。もういいから寝ろ」


 膝の上に乗った頭から力が抜けるのは、それからすぐの事だった。

 ここまでの移動でかなり体力を消耗していたのだろう。

 暗闇が苦手なのがさらに疲労に拍車をかけたことは言うまでもない。

 だから今、リットはよほどのことがなければ起きないだろう。

 確認するなら今だろう。


「なぁ、マーリー」

「あら、その子にいたずらしなくていいの?」

「するか。それよりも聞きたいことがある」


 茶化すような声を掛けてくるマーリーは無視して話を続ける。


「1000年前、複数の魔王、それらを倒した勇者……前にマーリーから聞いた話と似ているが、その勇者っていうのはお前の仲間なのか?」


 じっと、シュウの顔を見つめていたマーリーだったが、やがて観念したようにため息をつく。


「そうよ。1000年前、亜人と魔族両方を相手取って戦い倒し切る直前まで押し込んだのは私と私の最初の仲間達よ」


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