59話 刺剣
頭の部分が抜け落ちてました。
すみません。
「シュウさん……シュウさん! どこですか!?」
暗闇の中にリットの声が響く。
声は反響して変な聞こえ方だ。
ひんやりとした空気に身震いする。
「ここだ、無事か?」
「は、はい。こっちは大丈夫です。マーリーちゃんも」
「にゃーん」
暗闇の中、帰ってきた声に返事をすると、マーリーもリットの腕の中でひと鳴きした。まるで言葉がわかっているようで、リットはこんな状況だというのに口元が少し緩んでしまう。
「ちょっと待ってろ、今……」
シュウはそう言うと共に、荷物の中から取り出した小型ランタンの明かりを点ける。
真っ暗な闇の中を暖かな明かりが照らす。
まばゆい光に目を細めると、マーリーを抱えて心細そうに立つリットの姿が目に入った。
「大丈夫そうだな」
無事な姿に安堵して、あたりを見回す。
リットの背後は粗く削られた岩肌がどこまでも続く洞窟だった。
小型のランタンが照らせる範囲は狭く、奥へと続く道はうすら寒さを感じさせる。
そして背後を振り返れば、無数の土砂が天井まで積み上がり、道を塞いでいた。
「これは……ちょっとやそっとじゃ出られそうにないな……」
「そうですね……幸い奥へと続く道はありそうですが……」
二人で崩落した洞窟の入り口へと続く道を眺めて嘆息する。
刀剣召喚で使えるものを探せば何とかしようもあるかもしれないが、さらなる崩落を引き起こす可能性もあるため使うのは出来れば控えたかった。
「この道、どこに続いているんでしょう」
「見たところ人の手で作られた洞窟には見えないが……」
均一に掘り進められたようには少なくとも見えなかった。
「いずれにせよ、進むしかありませんね」
リットの言葉に頷いて、シュウたちは闇の中に歩を進めるのだった。
◇
事の起こりは空に無数の影が現れたところから始まる。
「GOAAAAAAAAAA!」
凶悪な爆裂音と共に、空気さえも焦がすような灼熱がすぐそばの地面に着地する。
一瞬で地面を火が嘗め尽くし、緑地が赤熱するむき出しの大地へと変貌した。
「くそっ! 何だってんだよ!」
「喋らないでください! 舌を噛みますよっ!」
シュウの悪態にリットが鋭く大声を返す。
馬車をけん引する馬につながれた手綱を握る手は、冷や汗でじっとりとしていた。
御者席から見上げた空には無数の大型竜の姿がある。
おそらく一匹当たり10メートルくらいだろうか。
大きな翼を持ち、体は真っ赤な鱗に覆われている。
一目見てこれが正当な竜だとわかる姿。
火竜。
古竜級に属する竜だと、リットに教えられた。
それが空を埋め尽くさんばかりに飛んでいる。
口から吐き出される火炎のブレスは、緑に覆われた大地をあっという間に燃え盛る火山地帯の様に変貌させていた。
「あの距離じゃそう簡単に攻撃は当たらないぞ……」
ましてや古竜級である。
森で戦った地竜と同等の力があるというならばなおの事手ごわいと言える。
結果として馬車で逃げる以外の選択肢を取れないでいるのだった。
「シュウさん!」
「どうした!?」
「分かってるとは思いますけどこのままだと次の街には行けません!」
マルクドーブの街を出て数日たっていた。
途中いくつかの町を経由して、野宿も繰り返しながらの旅程はここまで比較的順調だったといえよう。
「山間の町、サンドガルだったか。街道も火竜に追い立てられてだいぶ外れたしな……」
しょうがないという風に首を振る。
「まぁこのまま火竜を連れていくわけにもいきませんしね。それで、どこに逃げますか!?」
「どこにったって……このまま魔龍山脈に行くしかない、よな」
そう言いながら正面を見れば、首を後ろに倒さなければ見上げられないほどの峻厳な山がそそり立っている。
すでに魔龍山脈は目と鼻の先なのだった。
魔龍山脈は頂上付近こそ木々がないようだが、すそ野の方は木々が生い茂り身を隠すことは出来そうだった。
「ダメです! 火竜のブレスで山火事にされるのがオチですよ!」
「確かにあの火力ならそうなるか」
森に火が付いたらそれこそ大惨事だ。それは想像したくない事態だった。
「ほかに魔龍山脈の内側に入る方法はないのか?
「えーと、魔龍山脈のどこかには坑道が残ってるっていう話は聞いたことありますけど、それがどこかまでは……」
「まぁ、そうだよな」
王都を囲むほどに長い山脈なのだ。
どこにトンネルがあるかなど知っているはずもないだろう。
ちなみに肩に乗るマーリーに視線で尋ねてみるも、今回ばかりは知らなそうだった。
「仕方ない、とりあえずやるだけやってみるか」
「どうするんですか!?」
また降って来たブレスを避けるように手綱を操りながらリットが叫び返す。
「ちょっと行って、とりあえず何匹か落としてくる!」
「はぁ!? うわ、ちょっと!」
戸惑うリットの言葉に取り合わず、マーリーをリットの膝の上に降ろした。
上空の火竜たちに目を向けると、いつまでたってもちょろちょろと逃げ回れているのが気に障ったのか、高度が落ちてきている。
近くからブレスを放って焼き殺すつもりなのだろう。
だが、むしろ好都合だ。
「アヴラウラ=テンプスターズ!」
刀剣召喚を発動し、一本の剣を呼び出す。
細い刺突剣―――レイピアだ。
細くて軽い刀身と、蔦が絡み合うようなデザインの護拳が美しい。
「そんな細い剣で火竜の首を落とせるのですか?」
ちらりとこちらを見たリットがぼそりと疑問を口にする。
「これはそうやって使うんじゃないんだよ」
と、ちょうどそこへ一匹の火竜が急降下してくる。
地面すれすれを並行して飛行する。
鋭い黄金色の眼光が真横からこちらを射抜いて来る。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
そう言うとシュウは御者台から火竜の背中へと飛び移った。
立ち幅跳びの要領で飛び出したが、並行して飛んでいるとはいえ距離が数メートルはある。常人では届くはずのない距離。
だからこそ火竜も自分の背に人が飛び乗ってきたことには驚いたのだろう。
「GYAU!?」
慌てて振り落とそうと高度を取りつつ旋回を繰り返した。
振り落とされそうになるのを凹凸の激しい火竜の背中にしがみついて耐える。
何度も上下が入れ替わり、胃の中の物が口までせり上がってきそうだった。
しかしそれも数度で止まる。
火竜とは言え何度も上下を入れ替えていて目も回るのだろう。
飛行が落ち着いたところで火竜の背に立ち上がった。
仲間たちとは距離を取っているようだったが、それでも空高く飛んでいることに変わりはない。地上とは比べ物にならないほどに距離は縮まっていた。
「これなら……!」
シュウはアヴラウラ=テンプスターズを構える。
片手で体の正面に剣を持つフェンシングのようなスタイルだ。
その剣先に、風が収束する。
「はぁっ!」
直線に一突き。
すると集まっていた風が一直線に伸び、すぐそばを飛んでいた火竜に直撃する。
攻撃を受けた部分が鋭く切り裂かれ、血を流しながらその火竜は落ちることしかできなかった。
「さぁ、次行こうか!」
仲間がやられたことに気が付いたのだろう。
火竜たちが一斉に距離を取る。
だが、それよりも刺突の方が早い。
振り抜かれた剣尖は10。
そのどれもが逃げ去ろうとした火竜たちを切り裂いていく。
致命傷に至ったのはそのうちの6匹程度に留まったようで、残りは傷が浅かったのか未だに飛行を続けている。
「GYAOOOOOOOO!」
「おっと!?」
攻撃が通った一瞬の緩みを狙われた。
複雑に動くことで、火竜が背に乗せていたシュウを振り落とそうとしたのだ。
それに対してシュウは今度は一切の抵抗をせずに落ちる。
上空100メートルくらいの高さだろうか。
胃が浮くような感覚を不快に思いながらも、自分を振り落とした火竜に向かって刺突剣を振るう。
意趣返しとばかりに振るわれた剣は狙いたがわず火竜を風の刃で滅多刺しにした。
穴だらけになった火竜がシュウに続いて地面へ向かって落ちていく。
みるみる近づく地面を前にして、けれどシュウは焦らない。
落ちていくシュウの体を優しい風が包んだからだ。
アヴラウラ=テンプスターズは風の魔剣だ。
飛翔能力はさすがにないが、風の力で落下を制御するくらいはできる。
地面に落ちる直前で止まった体が、再び重力によって大地に降り立つ。
その背後に、大きな音を立てて穴だらけになった火竜が落ちたのはすぐ後だった。
「シュウさん!」
振り向けば馬車が猛スピードでこちらに向かって走ってきている。
すぐ後ろには火竜の群れだ。
上空にも未だ数え切れないほどの火竜がいる。
「潮時だな」
馬車とすれ違いざまに跳んで御者台へ乗る。
無事に戻って来たシュウに安堵と驚きの視線を一瞬向けたリットだったが、すぐに視線を正面に戻した。
今馬車の操作を誤れば一瞬で大事故だ。
「このまままっすぐ進んでくれ」
「このままですか? 山脈にぶつかりますよ!?」
「いいんだ。抜け道を見つけた」
空から落ちてくるとき、たまたま見つけたのだ。
岩肌に空いた大きな穴を。
「……分かりました、信じますよ!」
そう言って、さらに馬車の速度を上げる。
背後を追う火竜の数はさらに増えた。
荷台の後ろに下がって、刺突剣を振るうが数が減ることはない。
ようやく山脈の直前にたどり着いたとき、火竜たちも最後のチャンスだと感じたのだろうか、それは起こった。
「まずい! 飛び降りるぞ、リット!」
「え、へ!?」
シュウは荷台に積んであった荷物でつかめる者だけ掴むと御者台へ駆け戻り、リットも同様に掴みあげて飛び降りた。
瞬きするような間の時間で、リットは見ただろう。
馬車めがけてわが身を顧みず吶喊してくる無数の火竜を。
その口元に溜められた、ブレスの火炎を。
それらは一瞬であたりを埋め尽くしていった。
「うわああああああああ!」
口から絶叫をこぼしながら、シュウは走った。
洞窟は目の前だった。
そこへ転がり込むようにして逃げ込む。
振り返れば、あたり一面焼け野原だ。
その向こうから火竜たちがこちらへと向かってくるのが見える。
「アヴラウラ=テンプスターズ!」
さすがに中へ入って来ることが出来る広さではなかったが、入口からブレスを放たれれば逃げ場はない。
そう思って剣尖を入口の天井へと向けた。
放たれた刃は天上を崩し、入口を塞いだ。
あたりが漆黒の闇に塗りつぶされ、もうもうと舞い上がった砂埃が収まるまで二人は口を開くことが出来なかった。