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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
58/105

58話 復興


「行くのだな」


 朝日を受けながら、エレインが言う。

 その姿はリットの治療によって完治していたが、どこか疲労を感じさせた。

 死竜討伐から一晩経って、すぐに出発すると聞いたエレインは無理やり見送りに来てくれたのだ。


「ああ、急がないといけないからな」

「また、いずれ来ますよエレ姉」


 エレインが差し出してきた手を握り返しながらシュウが答えると、リットが笑顔で再会を約束した。別れがたい思いなのは本当なのだろう。


「本当は、父上も挨拶に来たがったのだが……」

「いや、辺境伯様直々に来られたんじゃこっちが恐縮してしまうからいいさ」


 すまなそうに言うエレインに勘弁してくれと思う。

 だがそんなシュウにエレインはきょとんとした顔で、


「貴様こそ何を言っているのだ。それだけのことを成したのだぞ」


 そう言って開かれた城門の向こう側、荒れ果てた草原を遠くに見る。

 どこまでも続く青々とした平原は今や見る影もない。

 どこを見ても死竜との死闘の後が見て取れる。

 草花は枯れ落ち。

 大地には粉々になった白骨が無数に散らばっている。

 衝撃でめくれ上がっただけならまだマシ、無数のクレーターが出来上がり大雨が降れば池になるだろうとすら思われる大地が遠くまで続いている。

 だが、城門の付近を行きかう人々の顔は明るい。

 誰もかれもが活力に満ちた顔で、街の復旧作業にいそしんでいる。


「貴様がやったのだ。残念ながら私は意識がなかったので見ることは出来なかったが、この街の住人に笑顔を取り戻させたのは間違いなく貴様だ」

「……俺が」


 エレインの言葉をかみしめていると、リットがひょっこりとしたから覗いてくる。


「そうですよ。シュウさんはすごいことをしたんです。あれだけ絶望していた街の人達を、シュウさんの姿が立ち上がらせたんですから」

「スピネル様のおっしゃる通りだ。その件に関しては私も反省している。また一から兵共を鍛え上げねばな」


 そう言って視線を復興作業に当たっている兵士達へ向ければ「うへぇ」「まじかよ」「やめてくだせぇ」などと声が上がる。だが、どの声もにこやかな笑みを含んだものだ。


「この世界では、女神から呼び出されて世界を救う力を得たものを勇者と呼ぶが……貴様の様に人々の心に希望を与える者、絶望に打ち勝つ者こそが―――真に勇者と呼ばれるのだろうな」

「……」


 しみじみと語るエレインだが、シュウは内心冷や汗を垂らしていた。

 異世界から召喚された勇者―――俺です!

 けれど今さらそう名乗ることなど出来ようもない。

 一度は魔王討伐を他人任せにしようと考えた身だ。

 リットにも、はっきりと否定している。

 何より今、魔王の先には女神がいる。

 魔王を倒した後、この世界の神である女神を倒すというのならば、シュウは自分がこの世界すべての人間の敵に回る可能性すらあると思っていた。


「にゃーん」

「あら、マーリーちゃんが鳴いていますね。退屈になっちゃいましたか」


 鳴き声をあげたマーリーは馬車の荷台に乗っていた。

 幌付きの奴で、すでに中には旅に必要な道具や食料などが積んである。


「しかし、よかったのか? もし貴様が望むのなら御者も護衛も用意してやるが」

「いや、二人で行くさ。今はこの街の復興が最優先だろ」

「……そうだな、すまない」


 シュウの言葉にあたりを見回して、苦笑いするエレイン。


「みゃー」

「シュウさん、マーリーちゃんも入れて二人と一匹ですよ」

「そうだったな。そろそろ行くか」


 そう言って御者台に乗る。

 当然ながらシュウは馬の操縦は出来ないので手綱はリットが握っている。道々教えてもらうつもりだ。


「ふふふ、一国の王女に馬車の操縦をさせるとはな」

「目的地に着くまでには覚えるから!」


 からかうような笑みを向けてくるエレインに喰って返す。


「では、いつかまた会おう!」

「ああ、復興頑張ってくれ」

「必ずまた来ます!」


 手を振って見送ってくれるエレインを横目に見ながら馬に指示を出す。

 馬車は開け放たれた城門へと進んでいく。

 城門には門番の兵士が詰めていたが、こちらの姿を確認すると一礼をしてくれた。礼を返すとそのまま門を通り抜ける。

 まぶしい光に目を細めた。

 快晴だった。

 平原の遠く向こう、魔龍山脈まで続く広い青空を見上げてなんとなく開放感を覚える。

 ここからは街道を行く。

 目的地は王都だ。

 まずは魔龍山脈の間にある町を目指す。


「……なぁ、リット。神竜って転生するのか?」


 とどめを刺す直前、死竜の放った言葉が気になっていた。


『いずれ魔龍王閣下から生まれ直した暁には再び良き闘争をしようぞ』


 あの言葉は、転生を示唆していたように聞こえた。


「神竜級は魔物の中では唯一意思の疎通ができるんです。彼らの語ったことを真に受けるならば、記憶を引き継いだ状態で生まれ直すことが出来るようですよ」

「そう、なのか」

「人間の姿だったから、気になりますか?」


 人の姿をしていたから、殺したのを気にしているのか。

 そうリットが聞いてくる。


「死竜は、魔物だ。他のこれまで殺してきた魔物と区別するのはおかしいってわかってる。でも……」

「言葉を交わしたら、そうは思えませんか」

「少し、な。でも、倒さなければこっちが殺されてた」

「そうですよ。だから、シュウさんは何も気にする必要なんてありません―――ああ、見て下さい」


 何かに気が付いたのか、馬車の脇から後ろを振り返ったリットが見るように言ってくる。

 今しがた通って来たばかりの城門。

 その上で何人もの兵士や市民たちがこちらへと手を振っていた。

 どうやら見送ってくれているらしい。


「……」

「あなたが戦わなければ、彼らはほとんど死んでいたでしょう。彼らを救ったのは間違いなくシュウさん。あなたですよ」


 そう言って元気づけるかのように笑顔を見せてくる。

 シュウはなぜだがその言葉に安堵した。

 自分で思っていた以上に、死竜を倒したことが正しかったのか不安を覚えていたらしい。

 言葉が交わせる魔物なら対話で解決できたのではないか。

 死竜はこの地に多くの災厄をもたらしたが、戦闘好きでどこか人間臭かった。

 そのことがシュウの心に迷いを生ませていた。

 でも、城門で手を振ってくれている人々を見て、間違いじゃなかったと確信できた。

 シュウは徐々に小さくなっていく街に向かって手を振り返したのだった。


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