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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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57話 斬光


 絶叫に振り返れば、そこにいたのは死竜だ。

 だが、その姿がおかしい。

 これまでは均整の取れた人形のような美しさの幼女であったのに、今は体の半分が肥大化し、赤黒い鱗を持つ竜の姿になりつつある。目も左側だけが金色の瞳になっていた。

 だがそれは元の竜の姿ではない。

 赤黒い鱗を持つ翼は7本無軌道に生え、短い手は3本、足は1本しかない。体はこね途中のハンバーグの如きグロテスクな肉ダルマ状態だ。まるで暴走状態のように見える。


「ぐうううううう……、神官の娘、か」


 その瞳が倒れたリットの姿を見て唸る。

 竜化し始めた左側を右手で抑えているが、体は徐々に肥大化している。未だに人の姿を保ったままの右側と繋がっていることで強烈なまでの違和感を覚えた。


「お前、その体は……」


 思わず、死竜の体を見て呟く。

 それに対して死竜は自嘲するように笑みを浮かべた。


「ふっ、余の中の魔龍王閣下の因子が暴走しておるのよ。神官を殺せ、女神の手先を殺せとな。もし今意識を手放せば、余はただの獣に成り下がってしまうであろうよ。それほどまでに魔龍王閣下の女神への恨みは強いのだ」


 そう言っている間にも体は肥大化していく。

 もうもはや止めるすべはない様だ。

 そんな自分の体を一瞥して、けれどさほど未練はなさそうな死竜。


「仕方ないのう。人の子よ、次の一撃で決めようぞ」

「どういう意味だ……?」


 ため息とともに語られた言葉に思わず尋ね返す。


「この体はこのままならばあと少しで正気を失い暴れ出すであろう。そうなれば勝つことも生き残ることも関係なく余の体は暴れ続ける。倒すのは骨が折れるであろうよ」


 にやり、と言う笑みには絶対の自信を含んでいる。


「しかしそれではつまらぬ。故にこれから余は最大の力でブレスを放つ。それを受けきることが出来れば貴様の勝利。その時にはもはや余は魔龍王閣下の因子に飲まれて意識はないであろうからの。徐々に竜化してゆくこの身に止めを刺せばよい」

「……断る、と言ったら?」

「余は既に動けぬ。故にこのまま一直線にブレスを放つのみよ」


 そう言われてシュウははっと振り返る。

 後ろにいるリットを。

 その向こうにあるマルクドーブの街を。


「お前! 街ごと人質に取るってのか!?」

「くくく、選択肢などないであろう?」


 それだけ言うと未だに紫紺の色が残る右の目の前に円形の魔法陣が浮かび上がる。

 複雑な文様に彩られた魔法陣だった。

 細かく精緻に刻まれた文様は、けれど見るものを不安にさせる不思議な気配を持っている。


「気を着けなさい、シュウ。あれは本当に死竜の全力だわ。自分の体すらも魔力に変換してブレスとして放出しようとしてるわ」

「……分かった」


 肩の上からの助言に頷くと十字架を構える。

 すでに魔法陣の前には紫紺色の光が収束し始めていた。

 集まっている光と魔力の量から見てこれまで二回放たれたブレスとは比べ物にならない威力の様だ。

 それを見て、シュウも気を引き締める。


「カース=トリック」


 両手で構えた十字架の先に光刃を伸ばす。長さはシュウの身長ほど。そこへ十字架の両サイドから光翼を伸ばし、まとわりつかせた。

 カース=トリックの全エネルギーを十字架の先に展開した刀身へと集中させる。


「準備はよいかの」

「ああ、いつでも来いよ」


 死竜の前にはすでに巨大な紫紺色の光球が出来上がり、すでに臨界まで達しているように見えた。

 互いに視線を交わして構え合う。

 集中に入ったシュウには、あらゆる音が消え失せた気がした。

 その耳が痛いような静寂を、死竜のブレスが切り裂く。

 光球から、紫紺の光線が放たれた。

 一直線に飛んでくる極太の光線は、直線状のあらゆる生命を死滅させ直進する。

 光線は濃い瘴気も纏っているようで、触れていない地面に咲く草花も枯らしていた。

 あっという間に近づいてくるそれを前にして、けれどシュウの心には焦りも緊張もない。

 手の中に握るカース=トリックがはっきりと伝えてくるのだ。

 生命の理を歪めるあの存在を断ち切るのだと。

 だからシュウはただ一直線に向かってくるブレスへ向かって、光刃をゆっくりと振り下ろすのだった。

 切っ先が触れた瞬間から、浄化の力と不浄の死の力がぶつかり合う。

 相反する力が反作用を生み、少しでも気を抜けば十字架がどこかへ飛んでいきそうだった。

 地面を踏みしめる両足に力を籠める。

 腕の中で暴れ出そうとする十字架を無理矢理ねじ伏せ抑える。


「くっ……!?」


 ブレスを受け止め始めてどれだけ時間がたった?

 数秒か、数分か。

 ただ手の中の十字架を抑えるだけで精いっぱいだ。


「手を貸しましょう」

「リット……!?」


 十字架が手を離れようとしたその時、背後から覆いかぶさって一緒に抑えてくれる存在があった。

 優しい手が覆いかぶさるようにして伸びてきた。

 不思議と、体のどこからか力が湧いてくる気がする。

 だがリットの横顔は苦しそうだ。

 今もまだ死竜の瘴気がその身を蝕んでいるのだろう。

 ならば可能な限り早く決着をつけるのみ。


「……行くぞ?」

「はいっ」


 リットの頷きに応じて、カース=トリックに込める力を強める。

 これまで受け止めるだけで精いっぱいだったブレスへ徐々に斬りこんでいく。

 切っ先が、死竜の方へと傾いていく。

 そして一気に光刃を振り下ろした。


「うおおおおおおおお!」


 斬。

 紫紺色の光線を左右に両断する。

 一気に視界が晴れ、視線の先には変わり果てた死竜の姿があった。

 もはやすでに体の中で元の姿を保っているのは右目の周りだけ。

 目の間に展開されていた魔法陣はさらさらと砂の様に崩れて行っていた。

 どさり、と言う音が背後から聞こえる。


「リット!」

「……行って、下さい。止めを……」

「……分かった」


 地面に倒れ伏して苦しそうに喋るリットの言葉に頷きを返して、十字架を手に立ち上がる。

 死竜は動く様子がない。

 ゆっくりと歩み寄ると、その肥大化した肉体に圧倒されそうになる。

 頭部は既に竜の物になっていた。

 紫紺の右目だけが静かにシュウを見下ろしている。


『よもや余が人の子に敗れようととはの』


 脳の中に直接響く声。

 死竜の口元は一切動いていない。

 必要がないというより動かすことが出来ないようだ。


「悪いな」

『構わぬ。この我に打ち勝ったのだ、誇るがよい』


 カース=トリックを高く掲げる。

 光刃を振りかぶったところで再び頭の中に声が響く。


『最後に訊こう。貴様の名は』

「……シュウだ」

『シュウか、くくく、良き戦いであったぞ。いずれ魔龍王閣下から生まれ直した暁には再び良き闘争をしようぞ』

「……絶対に断る」

『くはははははは』


 頭の中に高らかな笑い声を響かせる死竜へ光刃を振り下ろした。


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