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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
52/105

52話 光翼


「リット!」

「シュウさん、無事でしたか」


 ヘレリアを手に駆け戻ってくると、リットが不安そうな顔から一転安堵したような溜息をつく。


「こっちは問題ない。多少かすり傷は負ったけど」

「分かりました。治療するのでそのままで」


 かすり傷だからいい、という言葉は駆け寄ってきてすぐ集中に入ったリットに無言で却下される。


「ヒール」


 わずかに負った傷があっという間に治癒されていく。

 そもそもヘレリアのスピードについてこれるようなものが存在しないので、ほとんどはまぐれ当たりに等しい。致命傷など受けようはずもない。

 とは言えそれもここまでだ。

 周囲は既にドラゴスケルトンによって包囲され始めていた。

 白骨の群れがいないのはシュウたちの周囲円形に数メートルだけになる。

 少し離れたところでは先ほどと同じようにドラゴスケルトンたちが集まって巨大化し始めている。数体の巨大ドラゴスケルトンたちが立ち上がり踏みつけた小型を自分の体に取り込みながら近づいてくる。

 いかにヘレリアのスピードに追い付けるものがいなくとも、囲まれてしまった上リットと言う守るべきものまでいては勝ち目はないだろう。

 普通ならば。


「それじゃ、始めようか」


 手の中のヘレリアを還す。

 代わりに手の中に現れたのは巨大な漆黒の十字架だ。

 シュウと同じくらいの大きさのあるそれは、両手を広げたシュウをそのまま磔に出来るくらいのサイズがある。長辺側には一部細い部分がありそこがグリップとなっていた。

 掴んだ十字架を、どっかと音を立てて地面に降ろすと、同時にシュウを囲むドラゴスケルトンたちが一斉に動き出した。

 我先にとリットへ凶器を突き立てようと走る。


「悪いが、そうさせるわけにはいかないんだ」


 そう言うと、呼び出した十字架の力を発動させる。


「浄化しろ。『カース=トリック』」


 言葉と共に、十字架の左右に伸びた辺が上下に分かれる。中からは輝かしい光が溢れ出し、周囲を真昼の様に照らし出した。

 それを見て、白骨共の足が怯えたように止まる。

 巨大ドラゴスケルトンですら剣を振り上げた状態のままで固まっていた。

 無数の目のない視線が集まる中で光は収束し、一つの形に変わっていく。

 翼だ。

 光で作られた巨大な翼が天上へ向かって伸びていく。

 あるいは羽を広げていくと言ってもいいかもしれない。

 その高さは巨大ドラゴスケルトンの高さを優に超え、雲を割り裂いてまだ伸びる。

 十字架を起点にして伸びるその翼の根元ではシュウが強化された筋力で必死になって十字架を支えていた。

 あたりには発せられるエネルギーによって暴風が吹き荒れ、立っているのだってやっとではあった。だが今手を離せば集められたエネルギーが解放され起死回生の一撃は無に帰してしまう。

 手を放すわけにはいかない。

 その一念がシュウを支えていた。


「手伝います」


 どうにか立っているシュウの背中をリットが優しく抑えてくれる。


「助かるっ」


 短く礼を言って、十字架にしがみつくようにして支えていると、一度は止まったドラゴスケルトンたちの進軍が再開した。

 あの翼が下りてきたとき、自分たちが負けることを理解したのかもしれない。

 だが、もう遅い。

 頂点に達した翼が無造作に振り下ろされる。

 まっすぐに振り下ろされたのは右の翼だった。

 オレンジの優しい光があたり一帯を包み込む。

 翼を振り下ろされたところにいたドラゴスケルトンたちは光の奔流に飲み込まれ、一瞬で消し飛んでいく。

 続いて左の翼。

 今度は縦ではなく横に薙ぎ払っていく。

 結果として翼が通り抜けた後には扇状の空白地帯が広がるようになる。

 翼が触れた後には一体のドラゴスケルトンも残っていたなかった。

 文字通り骨の欠片まで浄化してしまったのだ。

 カース=トリック。

 十字架を模したこの武器は、神の使徒が封印されているのだという。その力はアンデッドに対してのみ有効で、人には全く効果がない。

 まさしく今回のような相手にはうってつけの武器だった。

 だが。

 カタカタカタカタカタカタカタ

 白骨たちの進軍は止まらない。

 いかにまとめて叩きつぶそうとも。

 剣を振りかぶって襲ってくる巨大白骨を輪切りにしても。

 すでに死んでいる彼らはただひたすらに襲い来る。

 まさしく雲霞の如く。

 数が一向に減る気配はない。

 冷たい汗が頬を流れ落ちた。

 カース=トリックの浄化の力はかなり強力であるが、使用者から徐々に魔力を奪っていく。いつまでもこうしていることは出来なかった。

 だからこそ、街を出るときに一芝居売って出てきたわけなのだが。


「期待外れだったか……?」


 光翼が薙ぎ払った瞬間、白骨軍勢の隙間から垣間見た街の景色にこれまでと違う点はなかった。

 今は、まだ。


   ◇


「嘘だろ……」


 誰かが呟いた言葉があたりに響いた。

 大きな声では決してなかった。

 数十人が呆然と立ち尽くす城壁上に響いたのは誰もが言葉を失っていたからだ。誰も彼もが口を開けてその光景に目を奪われていた。

 あの2人が出て行ったのは数十分前。

 初めはブチ切れていた兵士達だが、飛び降りた2人の行先を見て顔を青くした。

 彼らは一直線に敵の軍勢へと向かっていたからだ。

 それは実際に掴みかかった青年兵士も同様だった。

 あの男は聖女様を置いて、たった一人で戦っていた。

 槍の一閃で殲滅されていくドラゴスケルトンの群れを見て、とんでもない強さだと思った。自分では遠く及ばない実力を持った人物なのだと。

 あるいは彼ならば倒しつくすかもしれない。

 そんな幻想を抱くほどに彼は強かった。


「おい、大変だ! 他の門に向かってた敵軍があっちに移動しているぞ!」

「なんだって!?」


 叫んだ兵士が指さす方を見て、青年兵士もぎょっと目をむく。

 そこは今まさにあの男が戦っている場所で。

 昨日仲間たちを助けてくれた聖女様のいる場所だった。


「く、クソっ! おい、部隊を集めろ! せめて聖女様だけは助けねぇと!」

「ばかっ、今さら出て行ったところで何ができる!?」

「でもよっ!」


 怒鳴り合っている兵士の中には青年兵士の上官も交じっている。

 仲間を救ってくれた恩人の命が風前の灯になっていることに、上官たちも滅多に見せない焦りが出ていた。

 諦めきっている上官もいれば、例え自分が死んでも助けに行くという無謀な上官もいた。

 誰一人として冷静な者がいない。

 城壁上は恐怖にうずくまる兵士も含めて混乱の坩堝と化した。

 それをすべて止めたのは大きな地鳴りだった。

 原因を察して、あれだけ喚き合っていた兵士たちが口を閉じる。


「来たぞぉぉぉぉぉぉ!」


 見張り台にいた兵士がこの状況下でも自分の仕事を全うして知らせてくれる。

 土埃が城壁の周りを濛々と囲んでいるのがわかる。

 その下を白骨の群れが移動していることも。


「他の門に向かっていた連中だ……」


 誰かが絶望したように呟いた。

 城壁上にいた兵士たちは誰も彼もが口を噤み、まるで見つかることを恐れるように息をひそめた。

 白骨の進軍は続く。

 もはや誰一人として助けに行こうとする者はいなかった。

 あと数分もすれば2人の無残な死体が出来上がる光景がみんなの目にありありと見えていたからだ。

 それは最初あの男が戦い始めた時も思ったことだった。

 すぐに負ける。

 誰もがそう思った。

 そして今度こそ、と。

 だが、奇跡は再び起こる。


「おい、何だよ、あれ……」


 ドラゴスケルトン軍の真ん中から突如として閃光が走ったと思った。

 続いて天まで届く巨大な光の翼が伸び始めた時は新たな敵が来たのだと勘違いをした。

 けれどその光の翼が白骨の群れを薙ぎ払い、叩き潰していくのを見て辺りの空気は一変した。


「うぉぉぉぉ!」

「いいぞ! もっとだ、もっとやれぇ!」


 敵を蹴散らしていく光の翼に気が付けば皆が声援を送っていた。

 あの翼が何なのか、もはや誰も気にしていなかった。

 このままなら今度こそ倒せるかもしれない。

 一気に削り取られていくドラゴスケルトンたちを見て、そう思わない者はいなかった。

 だが、そのさなか青年兵士は見てしまった。

 翼の根元。

 巨大な十字架を支える2人の姿を。


「何で、そこまでするんだよ……!」


 ぎりっ、と歯を噛みしめる。

 彼らはまだ戦っている。

 自分たちが無事なのは彼らのおかげなのだ。

 そんな自分たちがのうのうと見ているだけでいいのか。

 あの方ならば、何と言うだろうか。


「上官殿!」


 そう思った時には上官に駆け寄っていた。


「今が好機です! 一気に攻めるべきです!」


 振り向いた上官の顔が一瞬こわばり、すぐにいつもの部下を前にする顔を作ってから、彼は口を開いた。


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