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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
51/105

51話 蹂躙


 開けた視界一杯を、ドラゴスケルトンの大軍が埋め尽くしている。

 しかもそれはバラバラにこちらに向かっているのではなく、きれいに整列し統率のとれた動きを見せている。例えていうならば目の細かい絨毯が幾つも平原を動いている、と言った様子だろうか。


「シュウさん……」


 リットが微かに震えた声で名前を呼ぶ。

 錫杖を握り締め、口をきゅっと引き結んだ姿からは緊張が見て取れた。

 仕方ないだろう。

 相手は大軍だ。

 地面を揺らす足音はすぐそばまで迫っている。

 これで本能的に恐怖を感じないのは頭のどこかが壊れている。

 だからシュウは、自分が壊れ始めているのだと理解していた。


「心配いらない。予定通りにやってくれ」

「……分かりました。もう一度言いますが、あまり離れると回復魔法が届かなくなりますから、気を付けてくださいね」

「分かってる」

「それでは、行きますよ」


 錫杖の先を、シュウに向けて傾け目を閉じる。

 集中に入ったのだろう。

 錫杖の先端に微かな光が灯る。


「ブレス」


 短く、唱える。

 けれど効果ははっきりとわかる。

 ここで使える魔法は何かないかと尋ねた時、リットはいくつかの魔法を教えてくれた。その中の一つがこの『ブレス』だ。

 女神に祈りを捧げることで人間に女神の加護を与えることが出来るのだ。魔法を掛けられると肉体が強化され、魔法の強さによっては超人的な力を発揮できる。

 そしてそれはもともと女神の加護を受けているシュウも例外ではない。

 カタカタカタカタカタカタカタ

 平原を埋め尽くすドラゴスケルトンたちが一斉に口の骨を鳴らし始め、隊伍を組んで行進していた動きが一斉に変わる。

 何もない眼窩が恐ろしい感情を持って、手に手に凶器を持ち走り出している。

 リットが、神官がそこにいると分かったからだ。

 それはおそらくほかの門へと向かっていた部隊も同様だろう。

 それこそが狙いだ。

 街を囲む敵を個別に相手にしている時間はない。

 まとめて始末するにはこうするほかなかった。

 本当はリットを危険な場所に出したくはなかったのだが……。


「さて、お掃除を始めるとしますかね」


 手の中にヘレリアを呼び出す。

 木の長槍が手の中に現れる。

 ぐっと腰を落とし敵集団に向けて構え、


「行ってくる」

「ご武運を」


 その言葉を聞くとともに、シュウの姿が掻き消える。

 次の瞬間には一番正面の集団が中に吹き飛ばされていた。


「おおおおおおおおお!」


 密集したドラゴスケルトンの海を割り裂くようにして陣形を突き崩す。

 一瞬出来た空白に、敵の存在を認識してかドラゴスケルトンたちが群がり始める。しかしそれには構わず再び突進。穂先に当たるドラゴスケルトンを片っ端から蹴散らしていく。

 シュウが通った後は直線で空白地帯が何度も形成され、消しゴムを掛けた後の様にドラゴスケルトンの粉々になった骨だけが残っていた。

 足を止めるのは一瞬だ。

 直線に駆け抜け、一瞬呼吸を吸う間に頭の中に思い描く。

 もしも止まってしまえば無数のドラゴスケルトンに一気に囲まれてしまうだろう、相手は死を恐れない死者の群れ。その上数も向こうが上と来ている。

 数の暴力に対抗する方法としてはそれが一つの解法だった。


「シュウさん!」

 遠く、背後でリットが叫ぶ。

 とびかかって来た一体を穂先で突き刺しながら視線を投じる。

 彼女はさらに背後、マルクドーブの街の城壁を回り込むようにしてこちらへ向かってくる白い群れを指していた。

 ドラゴスケルトンだ。

 他の門へと向かっていた群れがこちらへ集まってきたのだろう。

 だが、予定通りだ。

 シュウは一斉にとびかかって来たドラゴスケルトンたちを、再び瞬間移動の如きスピードで突進し回避すると口元を笑みの形にゆがめる。

 そうだ、もっと集まって来い。

 他の門から集まって来た群れは既に津波の様に見える。

 集まって来る様を横目に見ながら何度このけしごむかけをしたのだろう。リットの架けてくれたブレスがなければ体力も持たなかったかもしれない。

 そんなことを考えていると、ドラゴスケルトンの動きが変わった。


「来るわよ」


 耳元でマーリーが囁く。

 そう言えば肩に乗せたままだった。今までよく落ちなかったものだ。

 目の前でドラゴスケルトンたちが一か所に集まっていく。骨と骨が大きな音を立てて押し合いへし合いして一つの形を作っていく。

 それは巨大なドラゴスケルトンだった。

 未だ上半身しかないが、サイズは既に10メートルを超えている。

 その手には巨大な剣が握られており、大きく振りかぶっている。


「気を付けて! あのサイズでもかなり素早いわよ!」

「好都合だ。一撃で倒せる!」


 剣を持ち上げたせいでがら空きになった胸の骨の隙間からは巨大なコアが見え隠れしている。

 どす黒く禍々しい。

 ぞわっと肌を粟立たせながらも巨大ドラゴスケルトンの攻撃に備える。

 暴風。

 剣が振り下ろされた瞬間、あたりに吹き荒れた剣圧はまさしく暴れ狂う風だった。

 周囲にいた合体しなかったドラゴスケルトンもろとも吹き飛ばしていく。

 シュウは振り下ろされた剣をヘレリアで受ける。

 目前に迫った剣身は、その体と同じくドラゴスケルトンでできていた。

 一瞬、その中の一体と目が合った気がした。

 けれどもそれは瞬き一つ分ほどの時間。

 ヘレリアから伝わった衝撃を足もとの大地へと受け流すと、足の周囲が大きく陥没する。

 その陥没を、さらに深めるくらいに両足へと力をこめ、反動で腕にのしかかった巨大な剣を押し返す。

 巨大ドラゴスケルトンもまさか押し返されるとは思っていなかったのだろう。

 弾かれた剣を宙に押し返されながら背後に倒れ込みそうになっている。


「掴まってろよ!」


 肩の上のマーリーに注意すると、そのまま宙へ向けて一直線。

 浮き上がっている剣の切先へと向かって跳んだ。

 剣の切先を踏みしめると、足の裏で頭骨が軽い音を立てて砕けた。

 目の前ではいまだ体勢を立て直せないでいる巨大ドラゴスケルトン。その胸のコアは肋骨で守られているものの、両腕は体勢を整えようと開かれたままだ。

 じゃり、と再び音を立てて足もとの剣をしっかりと踏みしめる。

 ヘレリアの穂先をコアめがけて狙いを定めた。

 両手で構えるその姿勢はビリヤードに似ていたかもしれない。


「じゃあな」


 一直線に跳躍する。

 定規で引かれたかのようにまっすぐに引かれた軌跡は狙い違わずコアを打ち抜く。

 地上へ向けて落下するシュウの背後で、巨大ドラゴスケルトンの体がボロボロと崩壊していく。コアが壊れたことで体が維持できなくなったのだろう。

 低くなっていく視界の中、リットの方を見ればかなり近くまでマルクドーブを迂回して来た敵軍が迫ってきている。


「頃合いだな」


 シュウの落ちようとしている先にも新手のドラゴスケルトンの群れが集まりつつある。

 それらを蹴散らすべく再び槍を構えるのだった。


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