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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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49話 失望


「改めてご挨拶申し上げますスレイヤー辺境伯。デュナーク王国第三王女スピネル・メルキド・デュナークでございます」

「よい。今は戦時だ。余計な儀礼は省こう」

「分かりました」


 恭しく頭を下げたリットに対して、スレイヤー辺境伯は軽くそう言う。それに対してリットも特別何も言うことはなく、もともとそう言うつもりだったかのようだ。あるいは今ので礼儀を尽くしたことで両者が合意することを見越していたのか。

 相変わらず力が抜けたような様子のスレイヤー辺境伯だったが、どうにか地面から椅子に座り直し、顔色も多少はよくなったようだ。

 その力ない眼がリットからシュウへと移る。


「そなただな。スピネル様と共にやって来た強力なギルド員というのは」

「……そんなことになってるのか?」

「謙遜するな。この王国でも屈指の戦闘力を持つ娘と同格の戦いをしたというではないか。そなたは十分に強い」

「あんたも弱そうには見えないけどな」


 なんとなく褒められるのがむずがゆくて話の矛先を変えようと言う。

 ちなみにそれはお世辞でも何でもなかった。

 先ほどシュウにつかみかかって来た力はかなりの物であったし、何より服の下に隠された肉体がとてつもない鍛錬によって絞り込まれていることは簡単に分かった。

 今は彼を取り巻く空気が重く垂れこめ、肉体的な強さを覆い隠してはいたが。


「私は……もうだめだ。この十年でずいぶんと耄碌してしまった」

「何を言いますか。北部最強のスレイヤー家当主ともあろう方が」

「ははは、それも今は昔の話さ。かつて王国の剣とも呼ばれた我がスレイヤー家だが今や私は力衰え貴族たちを抑えることすらできん。かろうじて私の娘はスレイヤー家そのものだが……」


 そう言って優しい眼をエレインへ向ける。

 それはどこからどう見てもただの優しい父親だった。


「修羅とまで呼ばれたエルンスト・スレイヤーも娘の可愛さには勝てませんか」

「ああ、この十年ただひたすらに街の発展と娘の成長だけを見守れたのは本当に幸せなものだった。かつては毎日魔物どもと血なまぐさい日々を過ごしたものだが、今では娘が怪我をしたというだけでこの有様だ」


 そう言って震える自分の手を見つめる。


「そしてそれはこの街も同じだ」

「どういうことですか?」

「貴族の重鎮たちはこの街で籠城戦をすることを決めた」

「!?」


 リットの眼が驚愕に染まる。


「かつてのマルクドーブならば考えられないことだろう? 10年前なら玉砕覚悟で飛び出しただろうにな」

「そう、ですね」


 ずいぶん喧嘩っ早い人間ぞろいだったようだ。


「籠城するってことは……援軍のあては?」

「ない。連中は自分の財産をなげうって戦うことも、自分が市民の命に責任を持つことも拒んだのだ。そして私も、娘が死にかかっていることを知り、そんな決定が下されようとしている議会を放り出してここに来た」


 それは、領主自身が責任を放棄したと同義なのだろう。


「目が覚めたら娘は私を軽蔑するだろう。それがわかっていてなお、もはや私には立ち上がる力すらもないのだよ」

「スレイヤー辺境伯……」


 リットがどう声を掛けたらいいのか戸惑いながらその肩に手を掛ける。


「それでも、私たちは戦わねばなりません。わずかでも可能性があるのならば、生きるために最善を尽くさねば」

「……外を見てきたかね」

「外?」


 そう言われて入口の方を振り返る。


「娘が敗北したのは朝方の事だ。その時には周囲にほかの兵士もいて、その様を見てしまったのだ。腕を斬り飛ばされ、群がる敵によって何度も何度も剣を突き立て斧を振り下ろす様を。その結果が、あの様だ」


 スレイヤー辺境伯の眼にはテント入り口の布を透かして見えているのだろう。

 重く垂れこめる不安と絶望の空気が。


「この子は現スレイヤー領において最強の騎士だった。この子が倒された今、立ち上がる気力を持ったものはもういない」

「だからあんな空気だったのか……」

「負けてはならなかったのだ。この窮地にあって、この子は希望だった。あるいは倒れていなければ、まだ立ち上がる者たちもいただろうが……いや、ここまで戦ってくれたこの子にこれ以上の責任を負わせるべきではないな……」

「……」


 あの日、初めてエレインと出会った時のことを思い出す。

 敵の軍勢の中、ただひたすらに槍を振るい勇猛果敢に戦っていた姿。

 そしてそのひと声が、味方の士気をあっという間に高めた。

 騎士の名にふさわしい姿だった。

 あるいは英雄。

 もしくは。

 勇者。

 人をひきつけ敵を圧倒するのみならず、人々の希望そのものになるその力こそ勇者の資質なのではないだろうか。

 だからこそエレインは負けてはいけなかったのだろう。

 この姿を見て、人々は悟ってしまったのだ。

 自分たちの末路を。

 もうどうにもならないのだと。


「……そうかよ」

「シュウさん?」


 もはや立ち上がる気力もないスレイヤー辺境伯に背を向ける。


「あんたらは予定通り防備を固めておけ」

「……何をするつもりだ?」

「エレインの代わりに、俺が敵を倒す」


 単純に、目的だけを言う。

 それにスレイヤー辺境伯が疲れたような声を上げる。


「無茶だ。敵が何体いると思っているんだ? 万を超す大軍だぞ。対してこちらは城の兵士を総動員しても数100程度だ」

「必要ない、俺一人でやる」

「何を、言っているんだ……気でも狂ったか!?」


 ようやく本気だと悟ったのだろう。

 信じられないと言った視線を向けてくる。


「いいえ。スレイヤー辺境伯。彼ならばできます」


 凛とした声でそう言い切ったのはリットだ。

 シュウとの間に割って入ったその姿を見上げて、スレイヤー辺境伯は息を呑んだ。

 まっすぐに、信じている者の眼だった。


「私たちの事は気にせず、城の防備を固めてください。きっと敵は倒します」

「スピネル様……」


 呆然とするスレイヤー辺境伯を置いて、リットはシュウに並ぶ。


「行きましょう、シュウさん」

「ああ、行こう」


 二人は一緒にテントを出た。

 外へ出ると、相変わらず周囲には淀んだ絶望の空気が渦巻いていた。

 それらをもう気にすることはなく、二人は城壁へ向かって歩き出す。


「大見得を切ってしまいましたが、実際のところ勝算はあるんですか?」


 言葉の割に心配はかけらもない雰囲気でリットが尋ねてくる。


「勝算はある。ただし……」


 そう言って、シュウはリットへと気の進まなそうな視線を送る。


「何ですか? 作戦があるなら言ってください」


 まっすぐな視線を受けてシュウは大きく一つため息をつくと、


「奴らに効果的な武器はある。ただし今回は数が数だからな……状況によってはリットに手伝ってもらわなければいけなくなるかもしれない」

「どういうことですか?」


 きょとんとした顔で首を傾げるリット。

 戦闘能力が低い自分がどう協力できるのか、想像できないらしい。


「……要するに、釣りだよ」

「はい……?」


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