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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
47/105

47話 命名


 二人は準備を整えるとすぐに魔女の家を飛び出した。


「そこをまっすぐに」


 耳元でマーリーがそっと囁く。

 家を出てからマーリーはずっとシュウの肩の上にいた。そして最短で森を抜けられるよう小声で指示を出しているのだ。

 おかげで来るときはかなり時間がかかったが、すでに森の入り口近くまで来ている。かなり早足で進んでいるとはいえ、驚異的なスピードだ。

 そしてあと少しで森を出るだろうか、と言うところで小さな湧き水の溜まる池に行きついた。


「……ここで少し休んでいこう」


 後ろをついてきていたリットの様子を見てそう判断を下す。

 まだ息に余裕はありそうだったが、このまま平原に出た後で休憩を取れるかどうかわからない。最悪また抱えて走ることもできるが、敵に遭遇した時どうなるか分かったものじゃない。

 リットも休憩は自分のためだと分かっているのだろう。

 すぐに座って息を整え始めた。

 シュウは池の水で手に付いた泥を落とした。ついでに持っていたハンカチを濡らして首元を拭う。水の冷たさが気持ちよかった。

 リットにも手渡すと、入れ違いでマーリーが池の水をちろちろと舌先で舐め始めた。

 本当に喉が渇いていたのか、それとも猫としての演技なのか、いまいち判別に苦しむところだ。


「その子、名前はなんていうんですか?」

「名前?」


 思わず聞き返して、そう言えば名前を言っていなかったことを思い出す。

 マーリー……では猫の振りをしている意味がなくなってしまいかねない。そう一瞬考えたが、それで紐づけられる位ならとうに見つかっているだろうと思いなおす。


「……名前を聞く前に魔女は死んでしまったからわからないんだ」

「そう、なんですか」


 悲しそうに目を伏せて、黒猫の背を優しくなでるリット。


「だから新しく名前を付けてやろう。俺はマーリーでいいと思ってる」

「マーリー、ですか? 勇者様にあやかって?」

「マーリーを探しに来て出会ったんだから、ちょうどいいだろ。な、マーリー?」


 シュウがそう黒猫に問いかけると肯定するかのように「にゃおん」とひと鳴きする。

 肯定も何も本人ではあるのだが。


「気に入ったみたいですね。ではマーリー、これからよろしくお願いしますね」

「にゃあん」


   ◇


「まずいですね……」


 微かに葉をかき分ける音を立てながら、リットが森と平原の境界からのぞき込んで潜ませた声で言う。

 池で休んでいた二人は、その後特別な問題もなく森の端まで来ていた。

 ここから先には遮るものが一つもない平原がマルクドーブの街まで続く。

 そして今、平原の様子をうかがっていた二人は予想通りの物を見て、気配をより抑えるようにしていた。

 カタカタカタカタカタカタカタ

 顎骨を打ち鳴らして行進するドラゴスケルトンの群れがそこにいた。

 平原を埋め尽くすような数だ。

 そんなドラゴスケルトンたちが地面と、あるいは自身の骨と骨を擦らせ軋ませ音を立てながら通り過ぎていく。

 昼間だというのにシュウは寒気を覚えたほどだ。


「どうしますか?」

「何とかして、街まで行かないと……」


 遠くを見れば、群れはまだ街に到着していない様子だったがこのままならあと一時間程度でたどり着いてしまうだろう。


「にゃぁん」

「どうしました、マーリー?」


 肩の上で鳴き声を上げるマーリーにリットが手を伸ばす。

 するとマーリーはその手をすり抜け地面へと降りて歩き出した。

 2、3歩歩いてこちらを見てまたひと鳴き。

 ついて来いと言っているようだ。

 それはリットも感じたようでこちらと視線を合わせて頷く。

 マーリーが小器用に森を抜けていくのを後からついていく。

 ここはマーリーにとっては自分の庭そのものだ。道ははっきりと覚えているのだろう。

 しばらく歩くと、小さな川と岩場に出た。

 マーリーはそのまま岩場の蔭へと進んでいく。あとに続いたシュウたちが見たのは、岩場の切り立った崖に空いた人一人がやっと通れそうな穴だった。


「ここに入れっていうのか?」


 中をのぞいて、通れそうだということを確認したシュウが尋ねると黒猫は頷く。


「行こう、リット」

「分かりました」


 シュウは再びマーリーを肩に乗せると先に歩き出した。

 洞窟は地下へ向かって緩やかな傾斜を描いており、すぐに真っ暗になった。


「シュウさん、これを」


 リットが自分の荷物の中から携帯用の小型ランタンを出してくれる。

 マルクドーブの街で野営用にと買ったものだったが意外なところで役に立った。

 二人と一匹はしばらく無言のままに進んだ。

 道は途中からただの洞窟ではなく、人一人が普通に立って歩ける通路へと変わった。足もとは石で舗装され、天井も崩れたりしないよう固めてあるのがわかる。

 道は明らかにマルクドーブの街へと向かって続いていた。


「ここは、何かの非常用通路なんでしょうか……」

「そんな感じ、するな」


 リットの推測に頷きを返す。

 王族や領主一族のための万一の際のための非常通路。

 よく小説なんかに出てくるそれだろうか。


「ちなみに王都にもこういうのあるのか?」

「そうですね。かなりの数があります」

「たくさんあるのか?」

「はい、ほとんどが偽物で、通ろうとしたものを捕まえるトラップが仕掛けられていますが」

「……ここにはないことを祈ろう」


 リットの不穏な言葉に身震いする。

 ちなみに大丈夫か、とマーリーに視線を送ればふいっとそらされた。

 知らないらしい。

 少し慎重に歩を進めるようになったシュウ達だったが、特別罠のようなものに出会うこともなく通路は突き当りになった。

 石造りの壁になっているが、どうやら動くようだ。


「開けてみるぞ」


 リットに気を付けろと言って壁を押してみる。

 意外なほどあっさりと壁は開き、目の前に広がったのは円形にレンガで囲われた小さな空間だった。足もとは落ち葉が堆積しており、上を見上げてみれば遠くに光が見える。

 どうやらそこは枯れ井戸の様だった。


「これ、どうやって上ります?」

「壁がごつごつしてるから……俺は掴んで登れると思うけど」

「私は無理です……」

「仕方ない。背中に捕まれ」


 シュウは背負っていた荷物を降ろすと、リットに背中を向ける。

 背負ってフリークライミングをしようと言うわけだ。

 それに対してリットは少しの間むくれたような表情を作っていたが、渋々自分の荷物を降ろすとその背中に捕まった。


「よいしょっと。お前軽すぎだな。もうちょっと太った方がいいぞ」

「んなぁっ!? シュウさん、あなたはデリカシーと言うものをもっと理解すべきです!」


 あまりにも軽かったため、つい口にしてしまったシュウだったが背中をぽかぽか殴られて後悔した。


「悪かったって、とりあえず落ち着いたら何かうまいものでも食べに行こうな」

「全然わかってないじゃないですか!?」


 背中で喚くリットを無視して、シュウはでこぼこした壁に手を掛ける。

 うん、大丈夫そうだ。


「それじゃ、登るぞ。舌噛むなよ」

「お願いします」


 頷きを返してくる感触を感じながら、シュウは壁を登り始めた。

 予想していたよりはずっと登り易い。

 この隠し通路を造った人間がそう造ったのかは定かではなかったが、今は助かる。

 次第に近づく出口の光に目を細めながら、シュウは慎重に登って行った。


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