45話 風塵
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ガシャリ、と音を立て鎧が一歩前進した。
真紅の狼たちは寄り添うようにして鎧の騎士に付き従っている。
どうやら自分から攻撃を仕掛けるつもりは今のところない様だ。だがこのままでいればいずれここを突破されて、家の中で眠っているリットに刃を突き立てるのは間違いない。
家の中に入れてしまったらお終いだろう。
焦りを募らせるシュウの前で、鎧がまた一歩前進した。
「……そんなことは、させないっ!」
「シュウ!」
土を蹴って、シュウが再び飛び出す。
それに反応して、二体の狼が咢を大きく開いてとびかかって来る。
「うおおおおおおお!」
手にバールのようなものを召喚する。
L字に曲がった先端を狼に向けてフルスイングする。首筋に叩きこまれたバールのようなものによって並んで襲い掛かって来た二体をまとめて弾き飛ばす。
盾を掲げたミナトにバールのようなものを叩きつける。
「ぐっ……!」
衝撃が跳ね返ってくるが、無視する。
そのまま何度も、何度も叩きつけた。
腕が壊れるんじゃないかと思うような衝撃に顔を歪ませる。
それでも盾には一つの傷もつけることは出来なかった。
一瞬、攻撃が通じないことに弱気になってしまう。
その瞬間にぐん、と盾がミナトの手元で引かれた。そう感じた瞬間には鼻先数センチまで盾が迫っていた。
盾を叩きつけられた。
そう考えが及んだ時には再び地面に転がされている。
どうにか受け身を取って、すぐに立ち上がるもののミナトは変わらず悠然とたたずんでいた。両脇には狼も戻っている。
何も変わってはいない。
あれだけ攻撃を叩きこんで、ミナトは一歩も後退していないのだ。
「くそっ!」
奴を倒せる武器はないのか。
かくなる上は、と思い頭の中で武器を思い浮かべる。
これは賭けだ。
以前細かい指定もなく喚ぼうとしたときは脳が容量オーバーを起こして気絶した。気絶する前に必要な武器を見つけて戦うか、気絶から復帰して奴が通り抜ける前に戦うか。
「やめなさい!」
集中に入ろうとしたシュウだったが、その耳に鋭い制止の声が届く。
振り向けば今まで手を出してこなかったマーリーの姿がある。
「今、かなり危険なことをしようとしていたわね? あなたの頭の情報量が一気に膨れ上がったわよ。人間では処理できるレベルを軽く超えていたわ」
リライトの能力で見ていたらしい。
確かにあれだけの武器を見ていたらそうもなる。
だが、その事実はシュウの中にある可能性を連想させた。
「今のが、分かったのか?」
「ええ、もちろん」
「……マーリー、あんた」
震える声で尋ねる。
「解決方法がわかってたんじゃないのか? 俺の頭、書き換えられるんだろう? あの情報量に耐えられる存在に構築し治せる、そうだろ」
「……できればそれはやりたくない」
「どうして! 今は非常時だ。何が何でもあいつを倒さないと」
「前にやった時は失敗した」
「っ……!?」
マーリーの放った固い声に、シュウの体が硬直する。
「あの時も同じだったわ。そいつの脳構造を強化して、頑丈にしてやったのよ。たったそれだけの事のつもりだったのに、何がどうなったのかアイツはおかしくなっちゃった」
深い悲しみと共に、マーリーの怯えたような視線がシュウを射抜く。
「それでも、やるの?」
やると言えば、きっとやってくれるだろう。
そしてもし失敗すれば、目の前の黒猫は再び深く悲しむのだろう。
会ったばかりの男に昔の人を重ねて。
だが―――
「……やろう。今はそれでしか乗り切れないんだ」
決意と共にそう告げる。
そうしなければリットを守れない。
例えそれでシュウは自分がおかしくなったとしても。
また、以前の様に後悔する日々に戻ることだけはしたくなかった。
「分かったわ……しゃがみなさい」
仕方ない、と一度目を伏せたマーリーは、しゃがみこんだシュウの頭の上に乗る。その尻尾をシュウの額に添えてから口を開いた。
「どうなっても知らないわよ?」
「分かってる」
「嘘よ」
「え?」
「今度は……何があっても見捨てたりしないから」
「……」
その言葉はきっと、シュウではなく自分自身か、あるいはかつて同じ処置を施した相手に向けられていたのだろう。
シュウはただ黙って聞いていることしかできなかった。
「……行くわよ」
言葉と共に、全身の血液が沸騰したかのように感じる。
その瞬間、シュウは目の前の景色が全く理解できなくなった。
空間は上下左右が反転したものが幾つも見える。
体の感覚は浮遊したかのようになくなり。
耳には何も聞こえなくなったかと思えば遠くで風が草木をなでる音が聞こえたりした。
「シュウ、落ち着きなさい」
遠くから聞こえる声。
「今、あんたの脳は間違いなく強化された。色々な情報を取捨選択せずにすべて拾ってる状態よ」
だるん言ってを何?
遠くから小川のせせらぎの様に聞こえる声を聞いて、心は動くのに言葉にならない。
「前を見て、何をしなければならないのか、それだけに集中して」
視線を上げる。
揺れる視界の中、世界の色が緑からグレーへと変化し、まるで波を打つかのように色彩が変化していく。
ぼやけた極彩色の世界の中、輪郭だけははっきりとしており、再びグレーから朱色へと変わった景色にその鎧が浮かび上がる。
「あれは何? もう一度よく考えて」
何はあれ? 考えもうてよく一度。
くらくらする頭の中理解できたことは少ない。
鎧。
足が近づく。
足が一歩さらに近づく。
その瞬間、ぼんやりとしてまとまらない頭の中に敵意だけが爆発的に膨れ上がった。
鎧の足が、シュウの隣の土を踏む。
自分を通り過ぎていこうとしていることを、自分を見ていないことを理解する。
誰の敵なのか。
その瞬間に、思い出した。
「うご、おおおおおおおお!」
一瞬ですべてが戻って来る。
視界も。
音も。
感覚も。
クリアになった思考の中獣の様に咆哮し、手の中に喚び出したものを鎧めがけて突き出す。
はっきりとした手ごたえ。
盾も、鎧も貫通した感触があった。
しかしそれを確認するよりも先に、左右から衝撃が襲ってくる。
ろくな受け身も取れずに地面をごろごろ転がって、ようやく勢いが止まってから体を起こす。
「ちょっと、シュウ! あんた生きてるんでしょうね!?」
「当たり前だ!」
顔に着いた草を振り払うのと同時、紅の狼が眼前に迫っているのを見て手に握ったままだった武器を構える。
それはシュウの身長ほどもある緑の長い槍だった。
柄から刃先まで一本の木から削り出したように見える木製の槍で、表面には葉の文様のように見える模様が描かれている。
長さとは真逆に恐ろしく軽いが、その威力は先に実践した通りだ。
ミナトもようやく敵として認識したのか、盾を構えたままこちらの様子をうかがっている。
「あんたその槍何なのよ。ミナトの盾が紙きれみたいだったわよ!?」
「これか。一言でいうなら、神話の時代の武器だな」
頭の上に乗ったままだったマーリーに適当に返す。
「神話?」と首を傾げるマーリーには答えず、再び全速力でミナトめがけて駆け出す。一瞬でトップスピードへと駆け上がったシュウの姿に、狼たちがわずかだが反応が遅れた。
その隙を逃さず、横薙ぎの一閃で斬り払う。
魔槍・ヘレリア
この世界が生まれた時、数多の神々が祝福を授けた。その中にヘレリアの元になった神樹があったという。
その力は硬い防具に対しての特効性能。そして装備者へのスピード付与。
相手の防具が硬ければ硬いほどその刺突力は高まる。
「まるで矛盾の回答みたいだな」
ニッ、と口元を笑みの形にしてミナトを見やる。
狼を消されたことは全く苦にしないのだろう再び狼を召喚した。
「何度やっても無駄だ」
開かれた咢の中へ槍を突っ込み、そのままミナトへと肉薄する。
盾では無意味と悟ったのだろう、右手に握っていた片手剣を振り回してけん制しようとするミナト。
しかしそこにシュウはいない。
剣が振りかぶられる一瞬前、シュウはミナトの頭上高くに跳んでいた。
ミナトの2メートルはある身長の約3倍の高さだ。本当はここまで高く跳ぶつもりはなかったのだが、思った以上に脚力が上がっていたようだ。
ヘレリアのスピード付与は、直線移動に関してのみ強化される。
つまり槍を持って一直線に敵を貫こうとする限り、そのスピードは強化されるのだ。
このまま頭上から串刺しにする―――!
そう考えたシュウだったが、ミナトの姿に動揺はない。
ただ一瞬、盾と鎧のすべてが真紅に輝いた。
「炎の群狼が全部来るわよ!」
言葉の意味はすぐに分かった。
今まで盾から現れていた2匹に加えて、鎧の各部位から何匹も紅の狼が現れたのだ。
群狼はすぐ目の前まで迫っている。
だが、シュウの意識は怖れに染まることもなく、ただクリアな状態だった。
ヘレリアをしっかりと握ると、視界を覆い尽くす狼の群れへと突き進んでいく。
空中を落ちながら的確に突き、払い、いなしてミナトへと近づいた。
「はあああああ!」
最後の一匹を穂先で仕留め、真正面にミナトを捉える。
片手剣を振り上げたミナトに向けて渾身の力でヘレリアを突きこんだ。
ミナトとの剣とヘレリアが一瞬交錯し、その刀身が半ばから折れた。
槍はそのままミナトの体に突き立てられ、シュウの体重も加わった衝撃でそのまま地面へと縫い止める。
「悪いな。負けるわけにはいかないんだ」
なおも動こうとする鎧の騎士に馬乗りになって槍を一閃する。
穂先は正確にミナトの首を落とした。
すでに死体になっているミナトの首を落としただけでちゃんと死ぬのか、少しばかり疑問だったシュウだが、離れて見ているとその体が塵になっていく。
「無理やり現世に留められていたせいね」
肩の上に移動したマーリーが少し寂しそうに「お休み、ミナト」とつぶやいた。
さぁっ、と一陣の風が舞い踊り後には何も残らなかった。