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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
40/105

40話 黒猫


 ゆっくりと意識が覚醒していく。

 どうやら夢を見ていたようだ。

 そう理解した時、目尻から耳元へ向かって涙が流れる。

 懐かしい、夢だった。

 同時に、胸を突き刺すような後悔の念が溢れる。

 どうして忘れていたのか。

 忘れるはずがない、忘れられるようなものではないはずなのに。


「なんで、思い出したんだろうな」

「それはあなたの記憶を、女神が封印していたからよ」


 突然、脇から掛けられた声に飛び上がるようにして起きる。

 どうやら自分が寝かされていたのはベッドの上だったらしい。

 上に掛けられていた布団が起き上がったときにずれて床に落ちる。部屋は小さいが清潔で、床や天井は木でできているようだった。ベッドとクローゼット、机に小さな観葉植物。殺風景と言って差し支えない景色だ。

 そして部屋をぐるりと見回したシュウが、最後に見たのがベッド脇に置かれた小さな椅子の上。

 一匹の猫がいた。

 真っ黒な毛並みの猫だった。


「あたしのほかには誰もいないわよ」


 再び声の主を探して部屋を見回したシュウを見て、猫が口を開く。


「この世界の猫は喋るのか」

「喋らないわよ。あたしは特別―――というか猫じゃないし」


 思わず漏れた呟きに、猫が答えを返してようやく事実を理解する。

 喋っていたのは目の前の黒猫に間違いない。

 猫とは思えない動きをする口元に心臓を跳ね上げながら、冷静に確認をする。


「どこからどう見ても猫なんだけど、猫じゃないなら何なんだよ」

「あたし? あたしは元は人間―――そして、あんたと同じ異世界人よ」


 はっと息を呑む。

 縦長に細い瞳でシュウをまっすぐに見上げてくる黒猫。

 シュウはようやく自分がどこを目指して森をさまよっていたのかを思い出した。


「それじゃ、もしかしてあんたが」

「そ、ここの家主にして元勇者の一人マーリーこと桜庭真里菜とはあたしのことよ」


 そう言って尻尾をぴんと張って、胸をそらす。

 精一杯キメているようだったが、実際には椅子に座った猫でしかなくほほえましさしか感じない。 


「そうだ! リットは!? 近くに女の子がいなかったか」


 部屋の中にリットの姿はない。


「安心して。あの子もこの家で保護しているわ。ただ、しばらくは眠ってもらうけれど」

「眠ってもらう? どういうことだ」

「仕方ないわね、起き上がれるならついてきなさい」


 椅子の上からぴょんと床に降り立つマーリー。

 その後ろをベッドから降りてついていく。

 閉まっていた扉は、マーリーが短い前足で触れることもなく自動で開いた。魔法の気配があったので何らかの魔法を使ったことは分かった。

 廊下へと出ると、すぐ目の前に階段がある。

 左右に伸びた廊下の先には、今出てきた扉のほかにあと3つ扉がある。

 マーリーが向かったのはその一つ、今出てきた部屋の隣だった。


「ここよ」


 再び扉が勝手に開く。


「リット!」


 部屋の中の作りはさっきと全くと言っていいほど同じだった。

 ベッドの上に寝かされている人物以外は。

 ベッドへと近づくと、寝かされているリットの胸が小さく上下しているのがわかる。本当に眠っているだけの様だ。


「どうして、眠らせているんだ?」


 もし侵入者として警戒しているなら、シュウだけを起こすのは奇妙だ。

 パッと見リットは普通の少女であるし、力だけで見たらリットの方を起こした方が何かあったとき御しやすいだろう。

 そもそも警戒しているなら家に招く必要すらなかったはずだった。


「この子が本物の神官だからよ」

「……どういうことだ?」


 本当に理解できなくてシュウは眉根を寄せて聞き返す。


「詳しい話をするわ。まずは下へいらっしゃい。お茶でも飲みながら話しましょう」


 そう言うと、ドアの前でこちらを見ていた猫が踵を返す。


「心配しなくても取って食いやしないわよ」


 ベッドの上で眠るリットと立ち去ろうとするマーリーの後ろ姿を交互に見ていると、少し呆れたような声が飛んでくる。

 最後にもう一度だけ、ベッドのすぐそばまで寄ってリットの様子を確認する。

 枕の上に小さな頭と金髪が流れるように広がっている。

 顔に苦悶の色はなく、呼吸も落ち着いている。

 その様子にほっと安堵のため息をついて踵を返す。

 廊下に出て、扉を静かに閉めると、マーリーが床にちょこんと座ってこちらを見上げていた。


「あなた、ずいぶんとあの子が大事なのね。もしかしてロリコン?」

「違うって。ただ……」


 猫のからかいを苦笑しながら否定して、閉じられた扉越しにリットを見やる。


「昔、大切だった女の子に似てる気がしてさ」


 今ならはっきりと思い出せる。

 大切な幼馴染の女の子の姿。


「ふーん」


 猫の顔からは何を考えているのかよく読み取れなかったが、まだシュウをロリコンと疑っているように見える。


「まぁいいわ。行きましょ」


 それだけ言うと、階段を下りていく。

 一段一段を器用に降りていく姿は猫そのもので、元人間とは思えない動きだった。

 そのあとに続いて、シュウも階段を下りる。

 胸の中にわだかまる不安を抱えながら。


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