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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
37/105

37話 休息


 既に陽も落ちようとしている今、あたりは喧騒に包まれていた。

 だがそれは、つい数時間前まで殺し合いをしていた時の喧騒とは種類を異にするものだ。


「戦いはまだ終わりではないが、ひと時の休息は必要だ。さぁ! 大いに飲んで食べるがいい! 」

「うおおおおおぉぉぉ!」


 少年のような声をした少女が宣言すると、周囲一帯から歓声が沸き起こる。

 言葉通り大いに飲んで食べるのだろう。

 現実を一時でも忘れるために。

 あるいは、明日からの現実に立ち向かうために。

 シュウたちがいるのは、あの戦いを行った貴族街の門のすぐ内側だ。こちらも広場になっていてその周りを公園が囲んでいる。どうやら門の向こうから奥が見えないようにするための物らしい。

 そして今、その公園までに宴席は広がっている。

 食料品はすべてこの地を治めるスレイヤー辺境伯からの放出品だとのことだ。

 わずかばかりだが、酒も出ており、すでに酔い始めた兵士たちの姿もある。

 そうでもしなければ、やりきれないほどの事態だった。


「……」


 そんな兵士達、あるいは生き残った市民を横目に見ながら、広場の一角でシュウたちも食べていた。即席のテーブルの上にはもらって来た食事と飲み物が並んでいる。

 さすがに酒を飲む気にはならなかったので、果物のジュースにしたが。


「シュウさん、今は食べて英気を養うときですよ。どうやったって死んだ者たちは帰ってきません。今は生きていることに感謝し、生き残れたことを幸運に思いましょう」


 そう言いながらリットはパンをもそもそと食べている。


「……そうだな。ただで飲み食いできるチャンスなんて、何度もあるとは思えないしな」


 そう言いながら、もらってきた何かよくわからない肉にかじりつく。鶏肉の様な感触でおいしかった。少なくともドラゴスケルトンたちに食べるところはないので、襲ってきた魔物の肉と言うことはないだろう。


「おお、貴様も食べているか」

「ああ、食べているよ。ええと……」

「面と向かっての自己紹介はまだだったな。私はエレイン・スレイヤーだ。この地の領主であるエルンスト・スレイヤーの娘だ。とはいえ、家は兄が次ぐし、私はただの兵士団団長だ、気安くエレインと呼んでくれて構わん」

「……分かった。俺はシュウだ、よろしくエレイン」


 そう言って、エレインに差し出された手を握る。

 ついさっきまで男だと思っていた相手だが、握った手は明らかに女性のものだ。おそらく戦うための修行でできたのだろう、マメや固い皮膚なども感じるが、間違いない。

 エレインによって行われた蛮行の感触を思い出して、手を握ったまま赤面する。

「ふんっ」

「いでっ!?」

 テーブルの下で、リットの足がシュウの足の甲を力強く踏み抜いた。

 何するんだ、と無言の抗議を視線で行えば、まるでゴミを見るかのような視線が返って来る。

 しかしエレインは気が付かなかったようだ。

 視線が隣で肉をもそもそと食べていたリットの方へと向く。


「スピネル様、お久しぶりでございます」

「2年ぶり、かな? 元気そうでよかったですエレ姉」


 エレインがすっと膝をつき、首を垂れる。

 その様子に、リットの方も慣れた様子で笑顔を返す。

 やはり二人はかなり仲がいい様だ。


「二人はやっぱり知り合いなんだな」


 リットに勧められて、テーブルに着いたエレインに尋ねる。


「そうだ。私が首都の騎士団に訓練に赴いていた頃に知り合ったのだ。王城ではあまり女性の騎士はいないからな。時々私が護衛の真似事をしていた」

「真似事とはよく言いますね。街へ買い物に出た私に厭らしい視線を向けた男たちを、全員切り殺そうとしていたくせに」

「知らぬこととはいえ、第三王女のご尊顔を拝し獣欲にまみれた視線を向けるなどあってはならぬことですから」


 当時を思い出したのか、鼻息荒く言う。

 しかし2年前の話なので、当時のリットは10歳くらいのはず。


「……王都はロリコンで一杯なのか?」

「失礼な。視線を向けてきたのは下町の同じくらいの年の子供たちですよ。私は人気者だったのです」

「子供を斬ろうとしたのかよ!?」

「年齢は問題ではないのだ」


 反省の色が全く見えなかった。


「しかし、このような北の果てによくぞいらっしゃいました。スピネル様のおかげで被害もかなり抑えることができました」

「それが私の仕事ですから」


 シュウと別れた後、リットはうまく回り込んで怪我人の治療に当たれたそうだ。

 実際かなりの数を助けたそうで、食べ物をもらいに行ったときに方々からお礼にと色々もらってしまった。


「シュウ、報酬は十分だったか?」

「ああ、十分もらったよ」


 門前での戦いがかなり評価されて、今シュウの懐にはこの世界に来て初のお金がたんまりと入っている。

 せっかく孤児院でもらった服だったのだが、城での死闘やここでの戦いで既にボロボロだった。明日にでも服だけではなく防具も買いに行こうと思っている。


「なんだ? 服が欲しいのか。だったらこちらで用意するぞ」


 意外そうな表情でエレインが言う。


「いや、報酬ももらった上でさすがにそれは悪いだろう」

「そうではなく、この街は既に非常事態宣言が出されている。物資はほとんどがスレイヤー辺境伯家で買い上げているから、店に行ってもほとんどいい物はないぞ」

「ぬ、それは」


 それなら確かにどうしようもない。

 頼らせてもらうか。


「決まりだな。明日には持ってこさせる。避難民たちを貴族から徴収した屋敷にあてがっている、今夜の宿はそこにするといい」


 そう言って、屋敷の場所を教えてくれた。


「……エレイン。聞きたいことがあります。この辺で、先代勇者様に関する場所や詳しい方などを知りませんか?」


 やや言いにくい調子でリットが尋ねる。

 それもそうだ、今はまだ戦争が一時的に終わったばかりなのだから。


「リット?」

「シュウさん、言っていませんでしたが先代勇者様達が拠点としていたのはこの北の地何です。魔龍王との戦いも、最後は魔龍山脈の北方でした」

「それでジルバは北に飛ばしたのか……!」


 ようやくこの地へとジルバが送ったことに得心が行く。


「特にこのマルクドーブの街が何かと勇者様に縁の深い地でもあるんですよ」

「スピネル様達は先代勇者様について調べているのですね」


 問われたエレインはまるで用意していたかのように答える。


「北の森に、噂があります」

「北の森?」


 聞き返すリットにエレインが頷く。


「森の奥深くでは、常時霧が出ているのですがどうも一部たどり着けない場所があるようで……」

「たどり着けない? 方向感覚を狂わされるとかですか?」

「どうもそのようですね。少し前からそんな噂があり、辺境伯家でも調べていたのですが原因については不明のままなのです」

「それが、勇者とどう関係があるのですか?」

「幻惑の読み手マーリー殿が、あの森の奥に隠れ家を持っていたという噂があるのです」

「なるほど」


 確かにそれならば先代勇者達の手掛かりになるかもしれない。


「現状ではこれ以外にお伝えできることはなさそうです」

「ありがとうございます。感謝します」

「いえ、王城からスピネル様が家でした時に『勇者を探す』と言っていたとは聞いていましたからこちらでも調べていたのですよ。お役に立てたならばよかった」


 にこやかに微笑むエレインは、ごく単純に役に立てたことが嬉しい様だ。


「では、お二人とも今日はゆっくりと休まれますよう。周囲の警戒は我々兵士団にお任せください。では」


 そう言ってエレインは去っていく。

 結局座っている間食事には何も手をつけなかった。

 まだやることがいっぱいあるのだろう。


「……市民の避難のために、兵士団からかなりの死者が出たようです。あれだけの数の魔物が現れて、市民の犠牲がここまで抑えられたのは彼らの働きあっての事でしょう」

「……」

「ですからシュウさん、私たちもここで立ち止まっているわけにはいきません」


 ぐっと身を乗り出してくるリットの目にははっきりとした決意があった。


「具体的にはどうする?」

「まず先代勇者様達について調べましょう。前回魔王を倒す直前まで行った理由がわかれば、今度こそ倒せるかもしれません」


 それは確かに道理だった。

 勇者であったセージがああなってしまっている以上、回りくどいが調べるしか方法はない。


「私は、そのための鍵がシュウさんの刀剣召喚にあると思っています」

「俺のギフトに?」

「はい、先代の使っていた武器を知ることができればそれを召喚して魔龍王に対抗することができるのではないですか?」

「それは、確かに……」


 だがセージの使っていた剣はどういうわけか銘も見ることが出来なかった上、試してみたが呼び出すこともできなかった。


「あの剣は何らかの呪いを帯びたものなのかもしれませんね。ですから、オリジナルの武器を調べる必要があると思うんです。もし、マーリーの隠れ家に剣の銘だけでもあれば―――」

「呼び出すことが出来る……!」


 そう言うことです、と頷くリット。


「……分かった、まずはマーリーの隠れ家を探してみよう」

「そうと決まれば、夕食を終わらせてしまいましょう」


 宴席を見回す。

 もし、勇者の剣を召喚できればもっと多くの人を救うことが出来ただろうか。

 大勢を率いて勇敢に戦っていたエレインの姿が脳裏によぎる。

 あんなことが出来る人こそが、勇者なのではないか―――?

 剣が喚べたところで、自分にあんな人に勇気を与えられる戦いができるだろうか。

 いずれにせよ、自分には力が足りなかったのだ。

 わずかな後悔と共にシュウは食事を続けた。



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