36話 蹴撃
「うおおおおおぉぉぉ!」
できるだけ派手に、目立つように戦線へと飛び込む。
突撃したシュウに背中を見せていたドラゴスケルトンの背中、と言うよりも肩甲骨めがけて剛毅丸を振り下ろす。骨の砕ける感触が軽い。
「カルシウムが足りてないんじゃないか?」
そう言いながらも振り下ろした剛毅丸はそのまま地面へと激突。
暴風がシュウを中心にして吹き荒れ、近くにいたドラゴスケルトンたちが吹き飛ばされる。数10匹、あるいは100匹以上の空洞の眼窩が一斉にこちらを向く。
空虚な視線に、軽く身震いを覚えながら肺に息を溜めてから、大声で叫ぶ。
「かかって来い!」
応じる声は、ない。
ただ、シュウのことを最大の脅威とは感じたのだろう。
一斉に攻撃が始まる。
「援軍だ! 今のうちに負傷者を回収しろ! 無事なものは私に続け! 一気に押し返す!」
「おおおおおぉぉぉ!」
綺麗な少年の声だった。
それが上がっただけで、兵士たちの士気が目に見えて上がる。
門の内側からも、比較的軽傷そうな兵士たちが何人も出てくる。代わりに負傷者が中へと運び込まれて、戦線が一気に押し上げられる。
シュウへと注目していたドラゴスケルトンたちは、その隙を突かれて何匹も数人が狩りの兵士たちによって打ち倒された。ほとんどは3人程度で、二人が槍を突き出し動きを止め、残りの一人がコアを槍で突く戦法の様だった。
だが、その戦法は理に適っているようであっという間にドラゴスケルトンの数を減らしていく。
もっとも、彼ら兵士が一体を倒すまでの間にシュウは一振りで数体まとめて粉々にしているので、ペースとしては圧倒的な差がある。
そしてシュウほどではないが、かなりの数を屠っている強者がもう一人。
「援軍、感謝する!」
張り上げられた声に振り向けば、青銀の鎧をまとった一人の騎士がこちらに背を向けて周囲を囲む敵を警戒している。
敵の戦線を突破して、一人ここまでやってきたようだ。
「貴様は強いな! 名のあるギルド員か?」
はつらつとした少年の声。
疲れている者ですら、この声を掛けられれば元気になりそうだ。
「いいや、おとといギルド員になったばかりで……無一文だよ!」
自分の状況を思い出し、そういえば色々やったが一銭も金をもらっていないことに気が付く。せめて地竜の牙はもらっておくんだった。
「アハハハハ! 面白いな貴様は。いいだろう、この戦いが終わったら褒美はいくらか出してやる。手を貸せ!」
シュウに向かって大声で協力を頼むと、そのまま返事も聞かずに敵集団へ一直線に突っ込む。
一歩、一歩足が地面を踏みしめるごとに目に見えて少年騎士の速度が上がっていく。明らかに何かの魔法を使っている様子だ。その証拠に魔力を感じるのと、槍に貫かれたドラゴスケルトンたちが、4トントラックにはねられたかのような吹き飛び方をしている。
普通の人間の動きではありえなかった。
そもそもああいった槍は馬上で使う物じゃないのか。
そう疑問を抱いていると、少年騎士がこちらを振り向きシュウが見ていることに気が付くと、白い歯を見せてにこりと笑うのだ。
「む……」
それが何だか無性に腹立たしく感じて閉口する。
そこでようやく気が付いた。
それは、目の前の少年騎士の姿こそが、「まおうくえすと」をやっていたころのシュウの理想の勇者像だったからに他ならない。
その相手が、リットの信頼する相手、という事実がどうにも胸をざわつかせる。
再び振り抜かれた突撃槍が、ドラゴスケルトンを粉々に砕く。
「チッ」
舌打ちを一つ。
同時に周囲を取り囲んでいた骨たちへ向けて金棒を文字通りぶんまわす。
一呼吸の間に数体のドラゴスケルトンをただの骨に還す。
「ほう、やるではないか」
少年騎士エレインの口から感嘆が漏れる。
「これは私もうかうかしていられないな……!」
エレインが獰猛な笑みを浮かべ、再び敵陣を削り取る。
それを横目に見ながらシュウも奮戦する。
二人の周囲だけが、大きな空白地帯を生み出し、徐々に骨共の陣地を崩していった。
自然とドラゴスケルトンたちは、圧倒的な戦いを演じる二人の元へと集まるようになり兵士たちはその雄姿を見守るただの観客へと変わっていく。
「これで、最後っ!」
シュウが金棒を突き出し、骨に守られたコアを破砕する。
それと同時に骨の体がバラバラに崩れ落ち、一瞬あたりを静寂が支配した。
しかしそれは一時のこと。
「うおおおおおおおお!」
誰からともなく勝鬨が上がる。
門前で戦っていた兵士たちは皆傷ついてた。
だが、その誰もが生き残ったことを、戦い抜いたことを喜んでいる。
「貴様、本当にやるではないか。気に入ったぞ、私の部下になれ」
にやり、と笑ってエレインがシュウへと詰め寄り傲然と言い放つ。
その表情には一切断られることなど考えてもいないことがわかる。
「断る」
「くはっ、この私の頼みを一蹴するか! 私の部下になればお前の望みは思うままだぞ?」
「……悪いが先約があるんでな」
口をついで出たのはそんな言い訳だった。
あの時、牢屋から出てリットに「勇者の代わり」と言われて「代役」として引き受けた。
状況から見て、女神に勇者として呼ばれたのは自分で間違いなかったのに「代役」であることにこだわったのは自分に自信がなかったからだ。
それは今でも変わらない。
それでも、リットを守りたい。
リットの「役に立てる」ではなく「役に立ちたい」そう思えたのだ。
だから、何と言われてもリットの傍を離れるつもりはなかった。
「そうか、残念だ。私の部下になるならば、この体を差し出してもいいと思っていたんだが……」
「俺は男同士で絡む趣味はない!」
「む? 貴様何を言って……ああ、そうか―――」
怪訝な表情をしたエレインだったが、すぐに得心がいったように頷く。
そしておもむろに傍へと近寄りシュウの手を握る。
そのまま掴みあげた手を自分の胸元へと導き―――
「戦場で出会った者たちはよく勘違いするのだがな―――私は女だ」
ふにょん、と。
鎧の下へと通され、掴まされた手のひらが、柔らかな胸を掴む。
手から伝わってくる感触に頭の中が真っ白になる。
女!?
だが目の前で獰猛な笑みを変わらず浮かべるその顔は、少年騎士と形容するのがふさわしいいで立ちで。
しかし手に伝わる柔らかさは男性にはないものだ。
間違いなく巨乳の部類。
むんずと掴んだ感触に「ああ、生きていてよかった。と言う思いが広がる。
「あん」
思わず力をこめてしまうと、エレインが熱っぽい吐息を漏らす。
見た目イケメンにもかかわらず、声は艶っぽい女性の物で、それがなんともまた倒錯的に感じる。
「何をやっているんですかああああぁぁぁぁ!」
不意に遠くから響いてきた声に現実へと引き戻される。
振り向いたシュウが見たものは、リットの靴裏だった。
ごりっ、という音が自分の首から聞こえた。