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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
35/105

35話 騎士


 ずしん、と地面に降ろした剛毅丸が腹に響く音を立てた。


「ひとまず、全部倒したか」


 そうつぶやいてあたりを睥睨する。

 周囲は砕いた骨で足の踏み場もないほどだった。

 襲い掛かってきたドラゴスケルトンの数は、最初の想定の50を優に超えており途中からは数えるのをやめてしまった。


「ケガはありませんか?」


 戦いが終わったことを見て、リットが駆け寄ってくる。

 その足が、細かい骨をぱきぱきと踏み砕く。


「気をつけろよ。全部倒したと思うけど、どこかにまだ動ける奴が残ってるかもしれないからな」

「分かりました」


 駆け足だったリットが、シュウの言葉を聞いて慎重な足取りへと変化する。

 手に持っていた杖は、コートの中にできるだけ隠して持っていた。


「その格好で、連中の眼はごまかせるのか?」

「幼竜級はあまり頭がよくありませんから、このくらいで判別は出来なくなると聞いています。高位の魔物は、すぐに気づくでしょうが」

「それなら何とかなりそうだな」

「ですが、低位の魔物は数が多いので、すぐに仲間を呼ばれてしまいます。いずれにせよ、気を付けることに越したことはないかと」

「了解。そんじゃ、街の奥に行ってみようか。まだ生きてる人がいればいいけど……」


 そんな会話をしている間にも、遠くで何かが爆発するような音が聞こえてくる。どこかで誰かが戦っているのかもしれない。

 助けられる人がいるなら、助けてやりたい。

 剛毅丸を強く握る。


「行こう」


 歩き始めた街並みは、無残に蹂躙されていた。

 かなりの数の家が押し入られたようで、入口の扉が壊れている。屋内に火を放ったのか、何かを破壊した拍子に火が付いたのか、窓から火を噴いている家もある。

 悲惨、その一言に尽きる街並みだった。

 そして、道には逃げ遅れた街の人々の倒れた姿もある。


「……ダメです」


 その一人ひとりをリットが近寄ってみていく。

 しかし誰もがすでに事切れており、リットの回復魔法でも手の施しようがないようだった。


「さすがに死んだ人間は生き返らせられない、よな」

「それはそうですよ。回復魔法は、世界と人を造りこの世界の調和を保っている女神セレナの御力をお借りして治癒させていますが、死者の魂はゲルヒ=メルドの司る領分です」


 何言ってるんだこいつ、と言う表情からこの世界では常識であろう知識をリットは開陳してくれる。


「女神セレナよりもずっと高次元の神ですから、死して彼の神に直接会うまでは誰もアクセスすることはできませんよ」

「ほかにも神がいるっていうのか……」

「信奉している人はいませんよ。この世界の神は女神セレナですから」


 いずれにせよ、ゲームの様に生き返ることはできないということだった。

 エルミナの城で腕を斬り飛ばされた一件は、そう意味ではかなり危険だったかもしれない。次はそんなことのないようにしようと心に決めるシュウだった。


「急ごう、まだ生きてる人を助けないと」

「……そうですね」


 短く祈りを捧げるリットに言う。

 そこからは、生きていないとわかる者達には立ち止まらなかった。

 ところどころに応戦して、市民を守ろうとした兵士たちもいたようだが、見つけられる者たちは皆すでに死んでいた。


「生きている人間が少なすぎやしないか?」

「ドラゴスケルトンはその外見通り死体を材料に生み出される魔物です。彼らは自分たちと違い、生きているものに敏感になるんです」

「それで一軒一軒人の気配がする家に押し入ってるっていうのか?」

「そう言うことです」

「と言うことは、生きてる人間がいるところでは戦闘が必ず起こるってことだな?」

「はい」

「リットはこの街には来たことがあるのか?」

「いえ、ですが知人の出身の街なのでおおざっぱな造りは知っています」


 歩きながら尋ね、リットの知識を引き出していく。


「この街は平原の真ん中に作られた街で、中央に領主の城があり、その周囲を貴族街さらに外側を市民街が囲んでいます。今通っている道は貴族街へと続く主要道路の一つです」

「その割にはうねっていて先が見えないな」

「この街は魔王との戦争時から姿をほぼ変えていないそうです。おそらく襲撃時にまっすぐ首脳部へたどり着かせないための工夫なんでしょう」


 二人はそんなうねった道を速足で歩きながら話していた。

 時折、生きていそうな人を見つけては確認していることもあって、その進みはあまり速いとは言えない。

 シュウの方も、どこかから急に襲われないかを探りながらでもあったので、その方が好都合ではあった。


「なぁ、さっき言ってた知り合いっていうのはこの街に今もいるのか?」

「はい。私が王都を立った頃にはここにいたはずです。それから連絡は取っていませんが」

「なら、そいつの無事も確認しておきたいところだな」


 その言葉に、リットがはっと息を呑んで、それから淡く微笑む。


「どうした?」

「いえ、そんなこと考えてもいなかったので」

「考えてもいなかった?」

「はい。あの人は、私の助けなど不要でしょうから」


 リットがそこまで言うほどということは、


「筋肉マッチョの武闘家か何かなのか?」

「何を言ってるんですか?」


 一瞬で視線が水をも凍らせるほどに温度を下げる。


「ま、まぁ無事を確認することに越したことはないしな」


 取り繕うように言って、足を速める。

 わずかに遅れたリットが、ついてくるのを気配だけで確認してそのまま歩く。

 周囲の敵の気配をずっと探していたシュウは、その時遠くから戦いの気配を感じ取った。


「この先で、誰かが戦ってる」

「あの向こうは……貴族街とを隔てる城壁のはずです」

「まだ戦ってる奴がいるってことだな!」


 リットを引き離さない程度に走り出す。

 向こうで戦っているのなら、ドラゴスケルトンはほとんどそちらに向かっているはず。そう考えての行動だ。

 大きく弧を描く道を進むと、ようやく開けた場所へと出た。

 外から入ってきたときと同じく、広場になっている。踏み荒らされた花壇や、壊された出店が痛々しい。きっと休日にはこの街の住民たちの憩いの場所として使われているのだろう。

 そしてその向こう側。

 大きくそびえ立つ石造りの城壁の前。

 そこでドラゴスケルトンの群れと戦う一団がいる。

 そろいの鎧を着た兵士達だ。

 その真ん中、ひときわ目立つ人物がいる。

 陽光の様に煌めく金の短髪。中性的な面差しは、平時であれば若い女性が放ってはおかないだろう。

 だが今、その深い碧の瞳は反抗の意志に煌めいている。

 兵士たちの中にあって、その人物だけは騎士の様であった。

 何より右手に握る長大な突撃槍は、振るわれるたびに数体のドラゴスケルトンをまとめて薙ぎ払っていく。体の前に構えて直進すれば、駆け抜けた後が消しゴムを掛けた後のような空白地帯になる。

 苛烈な戦いぶりだった。


「エレイン……!」


 隣に立つリットが口元を抑えて安堵の声を漏らす。

 と言うことはあそこで戦っているのが、リットの信頼しているという「知人」なのだろう。

 想像していた通りかなりの使い手の様だったが、外見はマッチョなどではなく貴公子然としたものだった。

 それを理解した時、シュウの胸に去来したのはもやもやとした不定形な気持ちだった。

(イケメンの法則はどこの世界でも共通ってわけね)

 溜息をついて、自分の中のイケメンへの僻む気持ちを左右に頭を振ってかき消す。

 今はそんなことを考えている場合ではない。


「……んじゃ、俺もちょっと手伝ってくる」


 少し声がつっけんどんなものになった自覚はあった。

 だから顔をリットに見せないようにして前に出る。


「? 分かりました。私は隙を見て向こう側へ回り込んで治療に当たりますね」


 小首を傾げたリットだったが、シュウの行動は特別気にしなかったらしい。戦線の向こう側へと引っ張られていく負傷者たちを見て、自分の成すべきことだけを言う。


「そうしてくれ。見つかるなよ?」

「そっちこそ。もう腕を斬り飛ばされるようなへまはしないでくださいね!」


 背後で、リットが回り込むため横手へ向けて駆け出すのを感じる。言った通りに大きく回り込むのだろう。

 そちら側へ向かったドラゴスケルトンがいないことを確認して、剛毅丸を肩に担ぐ。


「さて、始めるとしますかね」


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