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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
34/105

34話 殲滅


 最初に気が付いたのは、シュウだった。


「……何か変な匂いがしないか?」


 感覚的には3時間ほど歩いた時だった。

 最初こそ何もない草原を歩いていた二人だったが、さほど間をおかずに街道へとたどり着き、それからは道なりに歩いてきた。道も想像通り北の方へと向かっており、リットの記憶と推測を裏付けていた。

 あともう少しでつくだろうと思われた時、今しがたの言になったのだ。


「匂いですか?」

「ああ、これは……何かが焦げるような」

「もしかして、燃えてるんですか?」


 二人で顔を見合わせると、同時に駆け出した。

 道の先を睨む様にして目を眇めると、微かに何かが見えた。

 それは近づくにつれ大きくなり、すぐに巨大な城壁だと分かった。


「見えました! マルクドーブです!」


 石造りの城壁。

 その向こう側からは、大きな黒煙が上がっていた。

 しかもそれだけではない。上空に立ち上る黒煙の周囲を、何匹もの飛竜が飛び交っている。


「襲撃されてますっ! 急ぎましょ―――うわっ!?」


 焦ったような声を上げたリット、有無を言わさず両手で抱え上げる。

 いわゆるお姫様だっこだ。

 リットは年齢と体格の割には足は速い方だったが、それでも女神の加護に強化されたシュウの足ほどじゃない。抱えて走った方がまだ早い。


「舌を噛むからしゃべるなよ!」

「だっ、だっこするなら一言言ってからにしてください!」


 なぜか顔を赤面させたリットが抗議の声を上げてくるが、今は無視する。

 速度を上げて走り出すと、あっという間に景色が後ろに流れていく。

 それにつれて煙の臭いも濃くなってきた。

 まだ少し距離があるにもかかわらずだ。


(かなりの規模で燃えてるのか? セージや帝国と何か関係があるのか?)


 エルミナの城で戦った少年のことを思い出す。

 だが彼は最終的にティアーク神聖国の大司教をその手で殺害していた。

 大方セージか背後にいる帝国によって、いいように利用されただけなのだろうとは思うが、ついにティアーク神聖国が戦争を吹っかけてきた可能性もある。

 起こっている事態を想像しながら走ること数分、目の前に城壁が迫っていた。


「これは……」

「ひどい、ですね」


 開け放たれた巨大な城門、いや蝶番ごと破壊され完全に扉としての機能を失ったそれはもはや何の意味もないしていない。

 潜り抜けた二人は、その先に広がる光景に息を呑んだ。

 おそらくは馬車どまりであったのだろう、大きな広場となっているそこには今や生きている者は誰もいない。

 無数に転がるのは鎧を着た兵士達。

 誰もかれもが恐怖に目を見開き、苦痛に顔をゆがめて死んでいる。

 そしてそれ以上の数で地面に散らばっているのは無数の骨だ。

 人骨によく似た骨格をしているが、散らばっている頭の部分は二本の角が後頭部へ向けて伸びている。


「これは、ドラゴスケルトンですね」

「魔物か」


 骨の一つを拾って確認していたリットに短く尋ねる。


「はい。幼竜級に属する魔物です。ドラゴンレイスよりも知能が低くさほど強くはありません。ですが―――」

「ちょっと待て、何か聞こえないか?」


 リットが説明する間に、シュウの耳が何かの音を捉えた。

 鋭く制止し、あたりの状況をうかがうと確かにかたかたと何かが地面を叩く音がする。


「何か来るな……リット、これを被ってろ」

「うわっぷ」


 死んだ騎士の一人がしていたフード付きのコートをリットに投げて被せる。

 神官であるリットの姿を魔物に見せた時、どのような反応が出るかが予測できなかったからだ。現状、シュウの傍以上に安全な場所も見当たらない。隠れてもらうことも懸命には思えなかった。


「気を付けてください、この足音間違いなくドラゴスケルトンです」


 手の中にセイジョを呼び出し、音のする方に構える。

 奴らは姿をあらわした。


「ちょっ、おい! 数が多くないか!?」


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタと、地面と足の骨がぶつかりこすれる音がどんどん増えていく。

広場へと集まりつつあるのは、まるでドラゴスケルトンの大波。

 数は50は下らないだろう。


「ドラゴスケルトンは数が多いんですっ。一体一体の強さは大したことありません。胸骨の中にあるコアを破壊すればいいんです。ただ、連中骨なので痛みとか感じないので気を付けてくださいっ!」


 後ろのリットが早口でまくしたてる。

 そうさせられる位には、こちらへと集まってくるドラゴスケルトンの群れは迫力があった。

 リットに言われた通り、よく見てみれば手に手に骨製の剣やら斧やらを持ったドラゴスケルトンたちは胸の部分に赤く輝く水晶玉のようなものが入っている。そこから伸びた血管のようなものが脈打ち、魔力を骨の体に循環させているのが遠目にも感じられる。


「確かに、この数に襲われたら普通は圧倒的な物量差に軍配が上がるよな」


 ちらりと地面に斃れた兵士たちの姿を見る。

 城門を突破して、こんなのが一気にあふれ出したら持ちこたえられはしないだろう。


「なら、ここはお前の出番だな―――剛毅丸」


 セイジョを還し、代わりに大きな棘付き金棒を呼び出す。


「気を付けて」

「分かってるよ!」


 リットの不安げな声に大きな声で被せるようにして返すと、駆け出した。

 このままリットを背後にかばったままでは戦いにくい。

 ならばいっそこちらから突出し、広場にたどり着かれる前に殲滅するしかない。


「おおおりゃああああ!」


 ブン、と大きな音を立てて剛毅丸が振り回される。

 目の前に迫っていたドラゴスケルトンは、手に持った骨製の斧を振りかぶっていたがこちらの金棒の方が先に届く。

 めしゃり、という嫌な感触が手に残る。力任せに振り回された金棒が数匹にまとめて叩きつけられ、骨の体を粉々にして打ち返した。

 粉々になった骨はまるで散弾銃の如くドラゴスケルトンの大波を打ち抜いていく。射線上にいたドラゴスケルトンたちが、撃ち出された骨に体のいたるところを破壊され、あるいはコアそのものを砕かれ頽れる。


「ううううりゃあああああ!」


 シュウは返す刀でさらに金棒を振り回す。

 力任せ、と言う言葉そのものの技など一切ない攻撃だ。しかし敵の数が多い今、振るだけで面白いように攻撃が当たっていく。

 それでもドラゴスケルトンたちは恐れることなく愚直に向かってくる。

 暗い眼窩には、意志の光などなく、目の前の同族が殺されてなおその動きにためらいは一切ない。今もまた、運よく腕を砕かれるにとどまったドラゴスケルトンが無手になったにもかかわらずとびかかってくる。

 剛毅丸で地面とサンドイッチにしながら、両足を砕かれ這って近づいてきた一体の胸骨ごとコアを踏みつぶす。

 リットの言ったとおりだ。

 こいつらには痛みも感情もなく、何者かの指示のままにがむしゃらに向かってくる。

 その姿を哀れとは思いつつも、シュウは剛毅丸を振り続けた。

 ここで手を止めても何も終わらない。

 背後のリットを守る為、手を止めるわけにはいかなかった。

 幸いにも、一番近くにいるシュウを標的にするようで、リットの方へはほとんど向かっていかない。シュウは前進と後退を繰り返しながら、殲滅作業を粛々と進めていった。



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