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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
33/105

33話 草原


 風が頬を撫でる感触で、目が覚めた。

 体を起こすと、そこはだだっぴろい草原だった。


「リット……おい、リット!」


 はっとして、すぐそばに倒れていたリットの体を揺さぶって起こす。


「う、シュウさん……?」

「良かった、ケガはないか?」


 体を起こしたリットに尋ねると、体についていた草と土を払い落として「大丈夫です」と答えてくれる。

 その様子に安堵しながら、シュウは立ち上がった。

 見える範囲内にあるのは草原、そしてその向こうには森が幾つか。そしてエルミナの街では見なかった大きな山が遠くに二つある。

 一つは白い雪をかぶった山。

 もう一つは、白い山とは真反対側に黒い山肌をさらした大きな山が連なっている。

 見たところ距離はどちらも同じくらいのようだが、黒い山脈は見上げるほどに大きく、見ているとどこか圧迫されるような気がした。

 どうやら本当に遠くに飛ばされてしまったらしい。

 頭の中を、空から見下ろした光景がよぎる。


「……セルジュ達は無事でしょうか」

「……」


 同じことを考えていたのだろう。

 リットがポツリとつぶやく。

 それに一瞬「大丈夫だ」と返しそうになって、しかし黒い稲妻の苛烈さを思い出して口を閉じる。

 無事だと楽観的に、あるいは無責任に言うことはできるが、それでリットを安心させられる気がしなかった。


「リット、ここがどの辺かわかるか?」


 だから口をついて出たのは無理やり先のことを考えるための言葉。

 そのことにリットは2、3度瞬きを繰り返すと少し思案するようにして、


「……あっちに見える雪山は北のスリガン王国と隔てる境界線です。飛ばされる時、北へ向かっているようには感じましたが、本当に北の端まで飛ばされたようですね」

「なるほどな。んで、あっちの異常に威圧感のある山は?」

「あれは、魔龍山脈です。大昔、魔龍王の魔法によって形成されたと言われています」

「あんな大きな山をか!?」


 幾つも連なった山を見て、シュウが瞠目する。


「そんな魔法が、存在するっていうのか」

「ずっと昔の言い伝えみたいな話です。当時の魔法なら可能かもしれませんが……今の魔法技術では無理ですね。魔王との戦いでは技術を持った人も、知識も大量に失われてしまいました」

「なぁ、魔王との戦いってどのくらい続いてたんだ?」

「現存している資料で最古のものですと、およそ1000年と言われていますね」

「それが10年前に終結したっていうのか……」


 それは確かにあれだけの祭りも催されようというものだろう。


「それじゃ、あっちに行けば王都には行けるんだな?」


 取りあえず人里があるとわかっている方向を指して、シュウは言う。

 全くどこにいるかもわからない状態でさ迷い歩くのは得策ではない。最悪行き倒れだ。

 だが、その問いにリットは頭を左右に振って否定する。


「いいえ、この場所ならばあの魔龍山脈と反対方向に北の領都マルクドーブの街があるはずです」

「マルクドーブ?」

「はい。おそらく歩いて半日程度かと思います」

「分かった、そのくらいの距離にあるなら何とかなりそうだ。そこに行こう」


 シュウはリットの勧めに頷きを返すと、未だに金属製の杖を握ったまま座り込んでいるリットに手を差し出す。

 リットはその手をなぜか思いつめたような表情で見つめている。


「どうした? 黙りこくって」

「……疑わないんですか?」

「疑う?」

「私は、本当の名前も黙って……騙していたんですよ? そんな相手を信じるんですか?」


 そう言って唇をかみしめるリットの瞳は不安に揺れている。

 そういえば、とシュウは思い出す。

 目の前の少女は、自分の言うことを誰にも理解してもらえず国を飛び出してきたのだった。その自分が信頼を裏切ったのだ、信じてもらえなくなる。そう考えるのも仕方ないのかもしれない。


「リットにとっては、重要なことかもしれないが……俺にとってはどうでもいいことだよ」

「どうでも、いいことですか?」


 シュウのあっけらかんとした返事に、リットは口を開いてぽかんとした表情になる。


「リットは俺の怪我を治してくれた。斬られた腕だって、ほらこうやって動く」


 シュウは右腕をリットの前でひらひらとさせる。


「それに、リットの記憶力は俺なんかとは比べ物にならないしな。信じないって選択肢なんかねぇよ」


 リットの言う方角には今のところ起伏の多い草原しか見えていない。街道すら見えていないが、目の前の少女は自然と信じられる。そう感じたのだ。


「……ありがとう、ございます」


 顔をうつむかせて消え入りそうな声でリットが言う。

 耳が、赤みを帯びていた。

 そのことに、今さら自分が言った言葉に恥ずかしさを感じて、シュウは少し早口で、


「ところで、俺もスピネルって呼んだ方がいいのか?」


 と尋ねた。


「……そうですね。王族にちなんで名前を授けることはよくあるので、おかしくはありませんが、リットのままでいいですよ。まだ追手には捕まりたくないですし」


 シュウの手に捕まると立ち上がるリット。


「追手か、その辺のことも詳しく聞きたいが……ひとまずは街に着いてからだな」

「そうですね」


 頷き合うと、二人は歩き始めた。

 

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