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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
32/105

32話 逃走


「何だ、今のは……」


 少女領主が頭を抱えて呟く。

 愕然とした様子なのはジルバやリットも同様だ。

 一様に脳に響いた声の衝撃から抜け出せないでいる。

 シュウ自身も頭がぐらぐらと揺れるような感覚を押さえつけるのに精いっぱいだった。


「ああ、困ったなぁ」


 そんな中で先と変わらぬ調子で喋る者がいた。


「セージ……!」


 蟠る闇の下、その出処の少年の視線がシュウたちを射抜いている。

 口元は愉快げに弧を描き、しかし目は全く笑っていない。


「まさかこいつがこんなに反応するなんて、考えてもみませんでしたよ。そちらの方、一体何者なんですか?」

「……知るかよ。ていうか、なんなんだよそれ」

「これは魔王の欠片、のようなものでしょうかね」

「ま、魔王?」

「言ったでしょう? 僕たちは魔王を瀕死に追い込みながらも、勝てなかった。そして魔王の側に着いたんです」


 それを聞いた隣にいたリットがびくりと身をすくませる。


「魔王はまだ、死んでいません」


 直後、身がすくむような圧迫感をセージの頭上から感じる。

 誰もが動けない中、ただ一人セージへと動いた人物がいた。


「おぉぉぉ、セージぃぃぃ。き、貴様ぁっ、わた、私を助けるのだっ」

「おや、大司教、まだ生きていたのですね」


 それはついさっきまで床に這いつくばっていた成金大司教だった。

 成金大司教は顔じゅうから涙やらは鼻水やらを垂れ流しながら、恥も外聞もなくセージの足に取りすがっていた。

 無理もない。目が覚めたらいきなり頭上にこの世の存在とは思えないものが浮かんでいたのだから。

 成金大司教の様に、セージは一つ嘆息すると、


「いいでしょう。助けてあげますよ」

「ほ、本当か!? よくぞいっ―――ツッ!?」


 恐怖から一転、喜色に満ちた顔になった大司教だったが、そこで硬直する。

 その背に、黒刀が突き立てられていたからだ。


「救ってあげますよ、恐怖からね」


 大司教だったものから黒刀が引き抜かれると、体は力なく床に崩れ落ちた。

 死体を眺めるセージの顔には、もはやはっきりと喜色が浮かんでいる。

 初め、この部屋で見た時の作り物めいた顔ではない。

 何か別の、邪悪を寄せ集めたような存在。


「見せてあげましょう。これがこの刀の力です」


 そう言って黒刀を頭上に掲げる。

 刀身が赤黒い輝きを放つ。

 すると足もとの成金大司教の体から、同じく黒い光が抜けて刀身へと流れていく。

 いや、それだけではない。

 周囲に転がった、聖騎士たちの死体から、あるいはシュウたちが来るよりも前に殺されたこの城の兵士たちの体から同じように黒い光が抜けて集まりだす。


「どうにも、ヤバい感じだねぇ」


 徐々に輝きを増していくその様にジルバが頬に汗をにじませながらつぶやく。


「何なんだよ、あれ」

「セージの得意技さ。奴は触れたものを消滅させる光を生み出す。まぁ、前に使ってたのはあんな禍々しいものじゃ、なかったけどねぇ」


 黒刀をまっすぐに見て、恐れからかぶるりと体を震わせるジルバ。

 そしてリットと、シュウを見て何かを決めたかのように頷く。


「おい、シュウ。お前に王女様のこと、任せていいかい」

「な、なに言ってるんだ!?」


 急にジルバが真剣な声で話し出すのを聞いて思わず聞き返す。


「あいつの攻撃範囲は尋常じゃなく広い。おそらく街全体に攻撃は及ぶだろう。最悪この街が滅んでもしょうがないが、第三王女が死ぬのはまずい」

「だから、どういう意味なんだよ!」

「王家の三女が必ず神官になるのには意味があるのさ。その辺は、あとで王女様から直接聞きな」


 そういうなり、ジルバは詠唱に集中し始める。

 足もとに光の魔法陣が浮かび上がり、回転し始める。


「仕方ありません。防御は私にお任せください」

「悪いねぇ、領主様」

「いえ、これもスピネル様のため!」


 黒い光を蓄積し続けるセージとの間に立ちふさがったのはガーシュイン辺境伯だった。

 翳された手の先に、半円形の障壁が形成される。


「あなた方、いったい何をするつもりなんですか!?」

「これからあたしの魔法であんたらを遠くに飛ばす。今となっちゃ、あんたが勇者を見つけるのがただ一つの希望だ。任せたよ第三王女」

「お、おいジルバ!」


 止めようとした瞬間、視界が真っ白になる。


「落ちよ! 地の稲妻!」


 セージの声が響く。

 それと同時、体がものすごい勢いで上に引っ張られた。視界の端にはリットの姿もある。同じように何かに引っ張られているようだ。

 あっという間に小さくなっていくジルバ、城、街。

 その視界を埋めていくものがある。

 黒い光だ。

 セージの刀身に纏っていたそれが、空高く飛び上がったシュウたちの目の前を通り過ぎ、立ち上り頭上から地表へ向けてバラバラに降り注いでいる。

 地へと降り注ぐ流星雨のようにも見えるそれは、見下ろしたシュウの眼前で地上のあらゆるものを破壊しつくしていく。

 堅牢な城を砕き。

 美しかった街並みにいくつも無残な穴をあけていく。


「やめろ……」


 わずかな間しか滞在しなかった街だったが、知り合った人は何人もいた。

 いたるところで逃げ惑う人々の姿が見えてしまう。


「やめろおおおおぉぉぉ」


 シュウには、ただ叫ぶことしかできなかった。

 しかし幸か不幸か、そんな光景を見続けることにはならなかった。

 あっという間に景色が流れていく。

 北へ。


「シュウさん……」


 リットが不安げな顔で名前を呼んでくる。


「くそっ……」


 そう、言うことしかできなかった。


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