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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
30/105

30話 紅玉


 黒い刀と白いセイジョがぶつかり合って火花を散らす。

 セージの刀は重く、鋭い。

 わずかにでも意識がそれれば、次の瞬間にはシュウの首と胴体は分かれてしまうことだろう。

 縦に振り下ろされた黒刀を脇にずれて躱す。黒刀が一気に床に沈み込む直前まで振り下ろされ、しかし床とぶつかることなく一瞬で跳ね上がってくる。


「そっ……!」


 セイジョを叩きこむ隙がほとんどない。

 動き自体が大鎌を振るっていた時よりもさらに洗練されていた。

 おそらくこちらの獲物が本来のセージの武器なのだろう。

 だとすればおそらくあれが転移者として、女神セレナから授かったアイテム。何らかの特殊な力を持っている可能性が高い。

 それも考えて、シュウは手を出せずにいた。

 跳ね上がってきた黒刀を打ち払ってセイジョを切り返す。

 セージはそれを黒刀の腹で受け止めるとそのまま体当たりをしてくる。

 ズン、と腹に響く衝撃。

 足もとに力を入れ踏ん張って耐えるシュウ。

 しかし力比べは一瞬だけ。

 次の瞬間にセージは何の予備動作も見せず今度は体を後ろに下げた。

 急な力のバランスの変更に体がたたらを踏む。

 その一瞬に、セージの黒刀が数条の光となって翻される。

 シュウの目が追えたのは3本。

 どうにかセイジョで受けきるも、受けきれなかった黒刀の攻撃が腕と足に届く。


「くっ……!」

「どうしました、もうおしまいですか?」


 続けて放たれたのは神速の突き。

 目で見て避けるのをあきらめ、体の動くままに避けた。


「むっ……?」


 一瞬、セージの顔が疑問に染まる。

 しかしシュウにいちいちかまっている暇はなかった。

 理屈ではなく直感で、セイジョを振りかぶる。

 だが、どこから斬りかかろうともセージの黒刀はセイジョの白刃を受け止めてしまう。

 それでも、シュウはあきらめることなく攻撃を続ける。

 次に攻守が入れ替わったとき、自分が守り切れる自信はない。

 だから攻撃をやめるわけにはいかなかった。


「おおおおおぉっ!」


 決死の思いで、刀を振るう。

 一度。

 二度。

 三度。

 それでもやはり攻撃は届かない。

 無数の攻撃はそのすべてを弾き落とされた。

 そしてわずかでも気の緩んだ一撃を繰り出せば、想像だにしない攻撃が跳ね返ってくるのだ。

 のど元を通り過ぎていった一撃を見送って、すぐに応手を再び繰り出す。

 薄氷の上を歩むかのような攻防が幾度も繰り返される。

 何度黒刀との剣戟を交わしたのだろう。

 シュウの時間感覚は既に溶けてしまったようで、戦闘に集中した精神が時間を何倍にも引き伸ばしたようにも、圧縮したようにも感じる。

 そんなことを考えて、わずかにでも集中を乱せばシュウは確実に死んでいた。

 だが、その中でもわずかばかりの収穫はあった。


(手が、読め始めた?)


 ほんの少しだが、相手の攻撃が読めるようになったのだ。

 加えて、その応手に対してセージがほんの微かに嫌な顔をすることもシュウの心を高揚させた。


(次の一撃が、上から!)


 振り下ろされる一撃に合わせて、こちらも刃をすりあげ最小限の動きでセージの剣を弾く。

 驚きに見開かれるセージの目。

 それを間近に見ながら、そのまま斬り下ろす。


「くっ……!」


 この戦いの中で初めて、セージが後退する。

 引く間も、斬った傷口からは一度血が流れた後吹き出るのは黒い靄だけだった。

 そしてそこでようやくシュウの中の時間の感覚が戻ってくる。


「はーっ……」


 大きく、息を吐く。

 耳元で何かが大きく鳴っていてうるさい、そう思ったら心臓の音だった。

 今の攻防の間、ほとんど息をしていなかったのかもしれない。

 ちらりと視線を向ければ、壇上で領主の少女は未だ身を固くしていた。

 ジルバは……動く様子はない。生死を確かめるすべは今はなかった。

 手の中のセイジョへと目を落とす。

 刀剣召喚は、この世界に存在する武器を喚び出すギフトだ。

 だが呼び出せるだけでは武器を扱うことはできない。シュウのギフトは喚び出すと同時に、使い手の経験も召喚しているのだ。

 同じ刀の使い手であることも理由だろうが、セージとの戦いに慣れ始めたのは、以前の所有者がセージと似た技術の持ち主だったからかもしれない。


(これなら、きっと……!)


 うっすらと見え始めた勝機に体が熱くなる。


「ああ、なんだか久しぶりの感覚です」


 そう言って顔を上げたセージはこれまでと違い、顔をわずかに笑みの形にしていた。


「あなたと戦っていると、なぜだかとても懐かしい気がします。以前どこかでお会いしたこと、ありませんか?」

「ねーよ、少し前にこっちに来たばっかりなんだ」

「そう言えば、そうでしたね」


 そう言うと少し残念そうな声で言う。


「なぁ、もしかしてお前、記憶がないのか?」


 思い返せば魔王を倒したあたりの記憶がどうとか言っていたような気がした。


「ない、と言うわけではありませんが。魔王と戦ったあたりから記憶に靄がかかることが多くなりましたね。この体を得た代償、そういうこともできるでしょうが」


 そこまで言ったところでセージはわざとらしく口を自分の手でふさぐ。


「これ以上は話し過ぎですね。……少し、本気を出すことにしましょう」


 そういうなり、セージは右手に握った黒刀を腰だめに構え、深く腰を落とした。見ようによっては抜刀術の構えにも近い。


「参ります」

(来る!)


 言うなり、セージの姿が掻き消えた。

 いや、恐ろしいスピードで動いたのだ。


(攻撃は正面から―――!?)


 攻撃は正面から来た。

 読み通りに。

 二撃同時にだった。


「がぁっ!?」


 防ぎきれなかった方の黒刀が体を切り裂いていく。

 痛みをこらえながら、次の攻撃に頭を切り替える。

 攻撃は、読み通りなら止まらない。

 攻撃は。

 前。

 後ろ。

 右。

 左。


「!」


 四撃同時だった。

 すくい上げるような剣撃は、シュウの体を切り刻むのみならず空中へと投げ出した。

 速すぎる。

 攻撃の手は読めていたのに、体が全く反応できない。

 これが先代勇者の力。

 打ち上げられた視線の先、天井に足を突く形で刀を構えるセージと視線が合った。

 直後、灼熱感が右腕を襲う。


「うおあああああぁぁ!」


 背中に激しい衝撃を感じながらも獣のように叫び声を上げる。

 痛みに視界を歪ませながら、おそるおそる確認すれば、右腕がない。

 鮮血が、ぼたぼたと床に大きな泉を作っていく。

 その事実に身をすくませるしかなかった。


「ああ、外してしまいましたか。すみません、しっかりと首を狙ったつもりだったんですが。あなた、思ったよりも強かったですよ」


 軽い音を立ててセージが床に着地する。ひゅっ、と風を切って黒刀に張り付いていた血を振り払った。

セージの声が耳元を素通りしていく。

 シュウは迫りくる死を実感して、何も考えられずにいた。

 血だまりは広がっていく。

 左手で、どうにか血を止めようともがけば激痛が頭を貫く。

視界が、まるで宵闇が迫るかのように狭まってきた。


(これが、死……)


 地竜との戦いの直前でも感じていたそれとはまた違う。

 限りない絶望感。

 ここで終わるのか、という喪失感。

 胸の中が、空虚な感情に支配されていく。

 だが―――


「うん?」


 ゆったりとした足取りでシュウへと近づいていたセージだったが、ふと足を止める。

 それまでただうずくまって震えていたシュウが、顔をあげる。

 その目には明確な敵意があった。


「あなたは……」


 シュウは、ギリリと歯を食いしばって目の前に立つセージを見上げていた。

 胸の中にあるのは怒りだ。

 先ほどまでの空虚な胸を、今は真っ赤な感情が渦を巻いている。

 なぜ、自分がこんな目に合わなければならないのか。なぜ負けなければならないのか。

 なぜ、守れないのか。


「うお、おおぉ……」

「哀れですね。そのようになってもまだ、縛られ続けるのですか」


 再び、憐憫の籠った視線でシュウを見下ろす。

 どうにかして立ち上がろうとしたシュウだったが、しかし手足にほとんど力が入らなかった。女神の加護によって死なずに済んでいるのかはわからなかったが、いつ死ぬかはわからない。

 その前に、せめて目の前の男に一撃入れたかった。

 どうしようもなく、そんな感情が溢れて仕方なかったのだ。


「見ていられませんね。さようなら、次に生まれ変わるときはこんなことに関わらないように生きることをお勧めしますよ」


 右手に握った黒刀を高く振り上げるその姿を、シュウは必至で立ち上がろうとしながら見上げていた。


(くそっ、力が入らない……!)


 膝は震えるばかりで立ち上がることはできない。

 明滅する視界の中、黒刀が振り下ろされるのをシュウは見た。


「何をしているんですか!」


 鋭い声が聞こえたのはその時だった。

 初めシュウは幻聴かと思った。

 ゆっくりと振り向くと声の主は謁見の間の入り口に立っていた。

 白い神官服。

 紅玉があしらわれた大きな帽子。

 おそらく走ってきたのだろう、汗を垂らしながら大きく肩で息をするその少女は普段は白い頬を紅潮させていた。

 帽子と同じ、紅玉の瞳をらんらんと輝かせながらこちらをまっすぐに見ていた。


「リット……!」


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