29話 中身
「おい、お前の部下は全員死んだ。無駄な抵抗はやめて降参しろ」
謁見の間の最奥。
玉座が乗せられたひな壇の上からずっと高みの見物をしていた人物に向けて、そう勧告する。
すると真っ青な顔だった成金は一気に顔を屈辱で真っ赤に染めた。
「降参!? 降参だと! この、私が? 大司教たるこのっ私が降参などするものか!」
そう言うと、成金趣味な司祭服の下から細身の剣を取り出して抜き放つ。
にちゃりと欲望と希望にゆがめられた笑みを浮かべると、領主へと足早に駆け寄る。
襟首を強引につかみ、その喉元に剣を突き付けた。
「いやっ」
「こっちへ一歩でも来て見ろ! 領主の命はないぞ!」
だがその言葉を放った時にはシュウは既にコガラシを喚び出し、床を蹴っていた。
愉悦に歪んだ顔でシュウを再び見下ろそうとした成金が見たのは、誰もいない床だった。
「な、いない!? ど、どこに」
「ここだよ」
わざわざ教えてやった上で、ゆっくりと、しかし常人にはありえない力で剣を持った方の腕をひねりあげる。領主を剣で斬らないように、だ。
「んなぁっ、い、痛い!?」
悲鳴と共に剣を取り落としてしまう。
とても剣なんかで戦える人間の腕ではなかった。訓練すらしていないのだろう。ぶにぶにと脂肪が付きまくった腕は、冷や汗でじっとりと汗ばんでおり、不快な感触だ。
ただただ喚くことしかできない無能さに、侮蔑の念を覚えながら、シュウは足で軽く蹴りだしてやった。それだけで目の前の成金は面白いように壇下へと転がっていく。
「ぶべっ」
最後には面白い声を上げて止まった成金だったが、目を回したのかうまく立ち上がれないようだった。うずくまったまま起き上がる様子はない。
「お前には色々聞くことがある。そこでおとなしくしていろ」
下でくぐもったような声が返ってきたが、そのことにはもう頓着せず、今助けたばかりの領主へと目を向ける。
セルジュ・ガーシュイン辺境伯。
近くで見るとよりその美しさが際立つ。
一瞬、胸元に行ってしまいそうになる視線を強引にねじ伏せた。
出来るだけさわやかに安心させるような言葉をかけようとした矢先、そのグリーンの瞳が大きく見開かれていることに気が付く。
「どうした?」
「あ、あれ……!」
ゆっくりと、たおやかな指が持ち上げられ、シュウの背後を指さした。
「アア、痛いじゃないデスカ」
その声に、シュウははっとして振り返る。
「お前、なんで、立ってるんだ……?」
そこにいたのは紛れもなく、セージだった。
いや、セージのはずだった。
さっき、この手で間違いなく殺した相手。
それが立ち上がっている。
しかもその姿は異様だった。
全身を滅多打ちにされたセージの体は、いたるとこに欠損を作っていたが、そこから筋肉や骨など人体の内部にあるべきものがなかった。
ただそこから、黒い靄のようなものがうっすらと漏れ出しているだけで、血ですらもすでに一滴も流れていない。
ゆっくりと持ち上げられた貌は、半分が吹き飛ばされ暗いがらんどうの頭部からは靄がのぞく。
まるで割れた陶器の人形の様だった。
「なんだよ、ソレ……?」
「ああ、スみませン。お見苦しいものを見せテしまいましタ」
微妙にずれた、ノイズ交じりのような声が耳に届く。
セージが、壊れた貌でこちらを見上げて口の端だけをニヤリと釣り上げる。
その笑みに背筋をぞっとさせている間にもセージは語りだした。
「10年前のコトです。僕たちは魔王ト戦った。ですがあと一歩と言うところで勝てなかった。僕たちハ全滅したんです」
「な、んだって……?」
「ですガ魔王の方もタダでは済まなかった。ほとんど瀕死ノところまでは追い込めたのデス」
突然の告白にシュウは戸惑う。
背後に立つ領主も同じように身を固くして何も言えずにいた。
一方でセージの声はより大仰なものになっていく。
「仲間たちハ全員死ニ、かろうじて死を待つだけノ僕を前にして瀕死の魔王は教えてくれたのです」
セージの金の眼が細められる。
その目はこちらをはっきりと見ていた。
「真実。そう、まさしく真実でした。だから僕は魔王の側に着くことにしたのです」
再び大きな殺気をぶつけられて、しかしシュウは奇妙な感覚だった。
その殺気の大半は、自分を素通りして別の誰かに向けられている。
なぜだかそう思ったのだ。
「さぁ、話は終わりです。今度こそあなたを殺すことにしましょう」
気が付けば口や体の穴がほとんどふさがりつつある。
声も戻ってきたようだ。
「おいで、僕の聖剣」
言いながら、両手を腰だめに―――いや、抜刀するかのような体勢をとる。
ゆっくりと引き抜かれた右手の中には、先ほどの大鎌と同じ、禍々しい妖気と形容するのが正しいか。異様な雰囲気を持つ漆黒の刀が顕現していた。
「それ、は……」
名前や由来はやはり見えない。
見えたとしても決して喚び出したくはないが。
したくはないが、セージが取り出した刀にシュウの視線が吸い込まれる。
そのデザインはどことなくセイジョによく似ている気がしたからだ。
色も、鍔のデザインも違う。
同じなのはサイズくらいなものだろう。
「これは僕の聖剣、銘は―――ああ、何だったかな? よく覚えていないんですよ」
そう言いながら切先をこちらへと向けてくる。
それを見て、今はそんなことに気を取られている場合ではないと思いなおし、シュウもセイジョを喚び出した。
「では、始めるとしましょう」