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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
28/105

28話 殺意


 ひゅん、と一瞬前まで首のあった場所を鎌の切先が通り抜けていく。

 後一瞬遅ければ首が飛んでいただろう。

 その事実に背筋をぞっとさせながら、手の中の剛毅丸をセイジョへと替える。


「へぇ、面白いギフトをもらったんですね」


 大鎌を軽々と振り回しながらそんな軽口をたたく。


「くそっ」


 一方でシュウの方に余裕はない。

 大鎌なんて言う扱いにくいことこの上ない武器であろうに、スピードはコガラシに迫ろうかと言うレベルで振るっている。かと思えば攻撃を受けた衝撃は剛毅丸に匹敵するレベルだ。


「お前、一体俺に何の恨みがあるっていうんだよ!」

「あなたにはありませんよ。ただ、あなたをこの世界に送り付けた人物にはありますがね」

「セレナにか!?」


 あのポンコツ女神は一体目の前の人物にいったい何をしたというのだ。

 突然に出てきた知り合いの女神の名前に思わず動揺する。

 目の前の少年がそれを見逃すはずもなく。

 振るわれた鎌がシュウの肩のあたりを抉る。


「くっ……!?」


 傷口を抑えながら、転がるようにして慌てて距離を開ける。

 だがそれだけで見逃してくれるはずもなく、少年は一瞬で距離を詰めてくる。

 振るわれた鎌をセイジョでどうにか受け止めて、いなす。


「よく頑張りますね。ですが、そろそろあきらめたらどうですか」


 次第に防御が間に合わなくなってきた。

 鎌の切先が何度も体をかすめて傷を増やしていく。


「こんのっ……!」

「遅いですよ」


 かろうじて振り下ろした反撃も、あっさりと避けられてしまう。

 それだけではなく強烈な蹴りまでが飛んできた。


「っが……!」


 一瞬、意識が遠のく。

 肺の中の空気と、胃の中の物をぶちまけそうになりながらシュウは謁見の間の床を何度もはねながら転がる。


「がはっ、ゲフッゲフッ」


 咳き込みながらも、どうにか立ち上がると、少年は蹴りつけた場所でそのままこちらを見ていた。

 いや、ただ見ていたわけではない。

 その金の双眸は冷たく、先ほど以上の憎悪をにじませている。


「全く、あの女神ときたらどうしようもないことですね。いい加減諦めればいいものを」

「何を、言ってる?」

「大方、魔王を倒して欲しいなどと言われて、のこのここの世界へ来たのでしょう?」

「お前、なんで……!」

「あいつは約束を守らなかった。ただ僕たちを使い潰して、それでハイさよならさ。ほんと笑えるよね」


 そう言うと金の目を大きく見開いて笑い出す。

 だがその声はどこかむなしく感じられるものだった。


「一体、お前は……」

「そい、つは。セージだね、ぇ」


 狂ったようなその姿に何も言えずにいると、微かな声が笑いを遮った。

 シュウと少年が振り向けば、床の上に転がったジルバが視線だけでこちらを見ている。


「ジルバ!」

「あんた、せー、ジなんだろう? 雰囲気が、変わってた、からすぐにわからなかったね、ぇ」


 ひゅーひゅーと喉から嫌な音を漏らしながらジルバが言う。

 口元からごぽりと大量の血を吐いて、言葉は止まった。

 今すぐに手当てをしてやりたいが、目の前の少年―――セージを置いてはいけない。

 いや、そもそもセージとは―――


「おい、どういうことだよ、セージって先代勇者の一人じゃねえのか?」

「ごほっごほっ、そうさ。そいつは間違いなく先代勇者パーティのリーダー、滅殺剣セージさ……」


 こいつが、先代勇者?

 信じられない思いで見れば、セージは氷のような視線でジルバを見下ろしている。物でも見るかのようだった視線だが、数秒見つめていて急に懐かしいものを見つけたような視線に代わる。


「そうか、ジルバ……。ああ、ジルバなんだね。久しぶりだ、いつぶりだい? なんだ、ずいぶん老けたようじゃないですか」

「あ、んたは、全く年を取ってないようだけど、ねぇ」


 見返すジルバが口元を歪めて皮肉げに言う。

 それを見ながらセージがゆったりとした足取りで歩き出す。


「セージ、あ、んたは、今までどこに……。これでも、かなり探した、んだがねぇ……」

「すみません、その辺は僕にもよくわからないんですよ。ただ―――」


 足が、ジルバの前で止まる。


「あの女神を滅ぼさなきゃいけない、それだけは確実です」

「滅ぼす? それに、約束を守らないって、どういうことだ……?」

「……あなたには言っても無駄なことです」


 思わず口からこぼれた言葉に、セージが振り返る。


「なぜならあなたは、その言葉を信じることができないでしょうから」


 その視線は、これまでの物とは打って変わって憐れみを含んでいるかのようなものだった。


「……わけわかんないこと言いやがって!」


 震える脚に力をこめ、どうにか体を起こす。

 なぜか、無性にイラつく視線だった。

 憐れむような視線が、自分以上の力を持っていることが、世界を救ったくせに何一つ達成できなかったような表情が。

 そう、世界を救えるほどの力があったくせに、なんて顔をしているんだろうか、この少年は。

 そう思った時には、シュウの足は床を蹴っていた。


「おおおおおぉぉぉ!」


 手に持った武器をがむしゃらに振り下ろす。


「何度やっても、無駄ですよ。あなたと僕では力に差があり過ぎる」

 そう言いながらセージは大鎌を振って攻撃を弾き返そうとし、しかし鎌の切先があらぬ方向を向いていることに気が付き驚愕する。


「なっ!?」


 初めて、まともな感情らしきものを引き出せて、シュウは口元をニヤリとゆがめる。

 続く2撃目、3撃目を長大な柄部分で受け止めるも、黒の大鎌は当たった部分を大きくゆがませることになる。


「このっ!」


 大ぶりな横薙ぎ。

 とっさにシュウは大きく飛び退る。


「……それは、いったい何なんですか?」


 セージが、シュウの手の中にあるものを認めて、目を丸くして尋ねる。


「なんだ、知らないのか? お前も日本出身ならニュースで一回くらい聞いたことないか?」


 シュウは手の中に握ったものへと視線を落とす。

 長さは無明よりも少し長いくらい。長すぎず、短すぎず。取り回しにはちょうど良い。

 材質は、触感的には鉄。

 先端部分が片方数センチほどから折れ曲がり、細い切れ込みが入っている。

 それはホームセンターなどでよく見かけたものだった。


「バールのようなもの、だよ」

「バール!? バールですって!? そんなものがどうしてそんな攻撃力をっ」


 違う、そうじゃない。


「これはバールのようなもの、だ。ただのバールなんかじゃない、れっきとしたこの世界で作られた魔剣だよ」

「魔剣、ですって……?」


 そう、このバールのようなものはギルドの資料室で見つけた3本の剣のうちの最後の一振りだ。

 能力は単純で、先端で殴った場所を必ず破壊するというもの。

 どうやら抽出した概念の強度と認知度によって、威力が変わる魔法がかかっているらしい。どこかの誰かがジョークグッズ的なノリで作ったつもりがとんでもない出来になったわけだ。

 作成者は……間違いなく日本からの転移者だろう。

 手の中に握るバールのようなものを軽く素振りする。軽快に風を切る音が耳に届き、手には重すぎず、軽すぎない重量感。


「本当に効果があるのかわからなかったから使わなかったが、取り回しも簡単だし威力もある。これはあたりだな」


 そう言いつつも再びセージとの間合いを詰めるシュウ。

 手に持ったバールのようなものをすくい上げるように振り回す。


「くっ」


 仕方なく鎌の柄で受け止めるセージだが、柄部分はさらに大きくひしゃげてぐにゃりと曲がってしまう。それでも小器用に隙を見ては攻撃を繰り出してくる。

 だがシュウはそれを無視した。

 こちらの攻撃は武器に当たれば破壊、少なくともへこませることはできる。肉体に直接当てられれば骨折、うまくいけば肉を消し飛ばすことだってできるだろう。

 しかもセイジョよりもよっぽど取り回しのいいバールのようなものならば、かなりの手数を増やすことができる。

 実際、最初に鎌を壊すことができたのが大きかった。

 セージが鎌を繰り出してくるスピードが、最初に比べればずっと遅い。

 そこにコガラシほどではないものの、素早く振ることのできるバールのようなものならば十分についていける。

 大ぶりの振り下ろし、からの短い突き。


「しまっ……!」


 振り下ろしを避けたものの、突きに対応するには鎌で受けざるを得なかったようだ。

 柄にバールのようなものの切先がぶち当たる。

 その瞬間。

 夜を集めたような大鎌の柄が、悲鳴のような破砕音を響かせながら真っ二つに折れる。


(ここでッ……!)


 驚愕に目を見開くセージ。

 一瞬、時が止まったような気がした。

 今ならきっと、攻撃を当てられる。目の前の元勇者は一度戦闘不能に追い込んで、まずは壇上で汚いだみ声を上げている成金を黙らせる。それから領主の少女を助けて、女神の事を聞き出すのはそれからだ。

勝利を確信してバールのようなものを振り下ろした。

 当たる瞬間、何かが耳元で囁いた気がした。

 何を言ったのかはわからない。

 だが、シュウの鼓動が一気に加速したのだ。

 ゴスッ……。

 鈍い音が当てた肩口から響く。


(まだだッ……!)


 この程度で止まるような相手じゃない。

 ゴスッゴスッ……。

 続く2撃が腕の肉を打ち、骨を砕く。

 ゴスッゴスッゴスッ……!

 吹き出る血液がバールのようなものを汚していくが、そんなことは気にしない。

 ゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスッ!

 何かに追い立てられるような、不安に駆られて何度も何度も殴りつけた。


「ガハッ!」


 フルスイングしたL字型の先端がセージの腹部に吸い込まれる。

 当てられた反動で、今度はセージが床をバウンドして転がっていく。

 何度も転がって、ようやく床の上で静止したセージを見て、シュウは荒い息をつく。

 いや、荒い呼吸が収まらない。

 バールのようなものを握った手は、まるで今殺されそうだったのがシュウの方だったかのように恐怖で震えていた。心臓の鼓動も早鐘の様に何度も打ち鳴らし続けており、落ち着かない。

 それでも何とか冷静さを取り戻そうと大きく息を吸ったシュウは、むせ返るような血の匂いに目を落とす。

 そこにあったのは自分の手だ。

 バールのようなものを固く握りしめ、返り血で真っ赤に染まった自分の手。


(人を、殺してしまったのか……)


 その事実は、なぜだかすとんとシュウの胸に落ちてきた。

 人を殺してしまった事実に対しては、何一つとして感じるものはなかった。

 本当は殺さずに、女神の事など色々聞くつもりだった。

 あれほどまでに高ぶっていた心臓の音も落ち着いて、むせ返るような血の匂いを吸い込んでいた呼吸も収まっている。

 殺さなければならなかった。

 なぜだか、シュウはそう思っていた。


(そうだ、あいつらが魔物を生み出していたらリットに危険が及ぶかもしれない……)


 シュウが壇上に立つ成金へと目を向けると、さっきまであれほど喚き散らしていたにもかかわらず、今は口を開いたまま青い顔をしてこちらを見ている。


「話を聞くなら一人で十分か」


 シュウはそう思いなおすと、ジルバの元へと向かった。

 床に倒れたままのジルバへと歩み寄ると、改めて傷の深さを目の当たりにする。

 うつぶせに倒れた体は血だまりに沈んでいると形容するのが正しい。

 その姿を見て歩く速度が上がる。


「ジルバっ、生きてるか」

「……勝手に、殺すん、じゃないよ」


 ゆっくりと体を起こすと、ジルバはそんな憎まれ口を叩く。

 口の端を持ち上げて笑みを浮かべるも、その顔は死人のように青白い。当然だ、これだけの血を流しているのだから。


「本当に、よく生きていたな」


 まずは生きていたことに安堵のため息をつく。


「へっ、あたしは……魔力の量にだけは、自信、あるからね……回復魔法は、使えなくてもっ、生命力だけは……」

「分かった、もういい喋るな! もうすぐリットが来る。そうすれば直してもらえるだろうから、それまで死ぬんじゃないぞ」


 そう言うとシュウはジルバをそっと床に寝かせる。

 この様子ならまだしばらくは死にそうにない。

 リットが来るまでは持ちこたえられるだろう。

 であるならば、あと敵は一人だ。


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