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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
27/105

27話 死神


 背後で魔力が徐々に集まりだすのを感じる。

 ジルバも臨戦態勢に入ったようだ。

 聖騎士たちもそれを感じ取ったのだろう。

 一斉に剣を振りかざして駆け出した。

 しかしその二歩目が床を蹴るより先に、シュウがその鼻先へと迫っていた。


「!?」


 鎧の中で、聖騎士が息を呑むのが聞こえた。次いで先頭を走っていた聖騎士の足が止まる。

 しかしシュウの方は勢いを一切殺すことなく、セイジョを大きくフルスイングした。

 聖騎士がかろうじて間に合わせた剣がセイジョを受け止めるが、威力を殺すことはできない。受け止めたまま後ろに飛ばされ、背後に続いていた二人を巻き込んで無様に床を転がる。

 ほかの5人はかろうじて反応が間に合ったようだ。飛んでくる仲間を受け止めもせずさらりと避けている。とてもあのような重装備をしているとは思えない動きだ。

 だが、その視線は吹き飛ぶ仲間に一瞬だが遮られた。

 そして5人の聖騎士たちは、再び正面から攻撃して来た男を探して、しかしそこに姿がないことに気が付く。慌ててあたりを探すも、そこに先ほどまでいたシュウの姿を見つけることはできない。耳を凝らして気配を探そうとも、自分自身の荒い呼吸音しか聞き取ることはできなかった。

 視界に残るのはジルバただ一人。

 あっという間に練り上げられていく魔力を感じ取って、魔法の発動前につぶすべく聖騎士の一人が動く。

 今なら確実に厄介な元英雄を殺せる。

 そう思ったのだろう。

 詠唱中のジルバを見て、隙だらけな姿に向かって剣を振り上げた。

 しかし剣が振り下ろされジルバを真っ二つにする光景を見るより先に、自分の兜の隙間から何かが勢いよく飛び込んでくるのを感じた。

 それがその聖騎士が見た最後の光景だった。


(思ったよりもうまくいったな)


 目の前でどうと倒れる聖騎士を見て、シュウは大きく息を吐く。

 手の中には倒れる聖騎士から引き抜いた小太刀―――無明が握られている。

 聖騎士たちの視線が一瞬離れた隙に、セイジョから無明へと切り替えたのだ。思っていた以上にあっさりと相手を殺すことができたことには軽く拍子抜けした。


(それに、思ったより何も感じない)


 人を、殺した。

 この世界に来て、何匹かの魔物は殺してきた。

 でも人間は初めてだった。

 扉の前にいたあのゴーント兄弟の時は、頭に血が上っていてよく覚えていないが、結局は殺すに至らなかった。

 ジルバが殺されそうだったとはいえ、ジルバがこちらの援護を頭数に入れて無防備だったとはいえ。

 人を、殺したのだ。


(でも、なんともない)


 手にはしっかりと頭を貫いた感触が残っている。

 罪悪感も、嫌悪感もない。

 ただ人を殺したという事実だけが心の中にあった。


(あれは、敵だ)


 目の前で仲間が急に死んだことで、さすがに聖騎士たちも取り乱し始めたようだった。

 手の中に、今度は剛毅丸を喚び出す。

 姿を現したシュウを見て、聖騎士たちが再び動揺が走る。

 慌てて剣を構えようとするその一人を、兜ごと剛毅丸で殴り飛ばした。殴られた聖騎士は、兜の隙間から血を噴出しながら、野球のボールの様に何度もバウンドしながら飛んでいく。

 シュウは飛んでいく姿を最後まで見ていなかった。

 一番手近にいた一人が雄たけびを上げながら斬りかかってきたからだ。

 だがそれを、手に握った剛毅丸を一振りし、振り下ろされた剣をへし折る。折ったそのまま巨大な金棒は頂点からまっすぐに聖騎士の頭に振り下ろされ、


「ぶべぼっ」


 剛毅丸と床で頭をサンドイッチにする。

 一切の容赦がないシュウの攻撃に、今度こそ聖騎士たちの足が止まる。

 だが、そこへ聖騎士たちにとっての最後の地獄が降りかかった。


「焦熱せし紅蓮の大渦、万物を滅却し、滅ぼしたまえ! ファイヤ・シュトローム!」


 ジルバの魔法が完成したのだ。

 はっと聖騎士たちが振り向いたときには、手元に展開された魔法陣から、紅蓮の炎が渦を巻いて出現するところだった。そこから先を見ることで来たものは誰もいなかった。

 白銀の鎧は煤にまみれ、その美しさは面影もない。中の人間が焼ける嫌なにおいがあたりに漂った。


「ひどい魔法だな」


 顔をしかめてジルバに文句を言う。


「仕方ないさ、後ろにいるあいつが撤退は見逃さなかっただろうからねぇ」


 そう言ってジルバが視線で指した先には、壇上で顔を怒りで真っ赤にさせた成金―――大司教と呼ばれた男の姿があった。そこにはもはや先ほどまでの余裕など微塵もない。


「おのれッ! よくも我が聖騎士たちをッ! 奴らの装備にいったいいくらかかると思っていやがる!」


 口の端から泡をとばして叫ぶ姿を見れば、ジルバの魔法を前にしても吶喊させたであろうことは想像にかたなくかった。


「おい、お前! こいつらを何とかしろ! もとはと言えばお前の連れてきた連中が役に立たなかったのが原因で―――っ!?」


 喚き散らし始めた大司教が、矛先を先ほどは一切動かなかった少年声のフードに矛先を向けるが、しかしそこにその姿はなかった。

 そのことにシュウもほぼ同じタイミングで気が付いたが、その次に起こったことを回避するには時間が足りな過ぎた。


「仕方ないですね。給料分の仕事はするとしましょう」

「ごふっ……!」


 背後から聞こえた声に振り向けば、そこにはジルバが口から血を吹き、倒れるところだった。

 その背後には先ほどの声の主。

 手に握るのは長大な柄から横に大きく曲がった刃を持つ武器。

 巨大な鎌だ。

 イメージの中の死神が持つような大鎌。


「うっ!?」


 それを認識した瞬間、胃からせり上がってくる感覚に口元を抑える。

そんなはずはない、そう思うが大鎌を見た瞬間鎌に見られているという感覚があった。鋭く体を突き抜けていったその感覚は、冷たい手で心臓をわしづかみにしたかのように感じた。

 しかも、名前や由来などが実物を目の前にしていながらも全く見えない。

 目を背けたい衝動にあらがいながらもフードの男を見る。


「へぇ、あなた、召喚者ですか?」


 そう言いながらフードを外す。

 中から現れたのは、声から想像していた通り外見は少年のそれだった。

 黒い短髪、に白い軍服。装いは先ほど戦った聖騎士たちとはまた違った意味で騎士のようにも見えた。その瞳は両目共に金色であり、表情は作り物の仮面の様になんの感情も反映していない。


「それが、どうかしたのか」


 言葉を交わしながら、シュウはゆっくりと剛毅丸を正眼に構える。

 そのわずかな動作を行うのに、信じられないほどの緊張を感じた。

 金色の双眸。

 まるで肉食獣に睨み付けられているかのような。


「いや……」


 違う。

 シュウは噴き上がった殺意からその眼光から感じる得体の知れなさの正体を直感する。

 魔物。

 そう、あの森で出会った地竜に相対した時。

 あるいは街で戦った魔物たちの目を見た時にも薄っすらと感じていた。

 魔物たちの奥に存在する共通の殺意だ。


「だったらあなたは僕の敵だ」


 目の前の白服の姿がぶれる。

 とっさに感覚に従って右へ避ける。


「おっと、外した」


 大きな音を立てて、床に大鎌が突き立っている。

 かろうじて躱せたのはその殺気がまるで隠されていなかったからに過ぎない。


「その首、もらうよ」

「くっ……!」


 相も変わらず声も表情も人形の様なのに、浴びせられる殺気だけは体の動きをこわばらせるほどのものだ。いったい何がそうさせるのか。シュウには心当たりがなかった。

 それでも、やらなければやられる。

 その事実にシュウは体に力を入れるのだった。


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