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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
25/105

25話 門番


 大きな城の中をジルバは迷うことなく速足で進んでいく。シュウはその後ろをなるべく周囲を見ないようにしながらついていく。

 豪奢な内装が施された城だったが、そのいたるところに戦闘の痕跡があった。

 入口の詰所で見たような光景だ。


「……」


 その様子に顔を青くするシュウを静かな目線でジルバが盗み見ていたが、凄惨な光景に気を取られていたシュウは気づかなかった。

 エントランスを抜け、左右に分かれた階段の片方を上る。回廊を渡ると反対側の階段からの道と合流し、その先の道は正面と左手、そして上へと昇る階段になっていた。ジルバはまたも迷うことなく階段を昇っていく。

 城内は明らかにわざと複雑な造りとなっていた。侵入者を拒むための物なのだろう。あたりに転がっている兵士の死体を見た限りではあまり役に立ったとは思いにくかったが。


「止まりな」


 鋭い声でシュウを制止する。

 階段を上がった先、そこには一際豪奢な扉があり、その前にフードローブを頭からすっぽりとかぶった人物が二人いた。


「こいつらが、例の怪しい奴らか」

「そのようだねぇ」


 ジルバが油断なく視線をめぐらせている。

 その視線を受けてか、ローブの二人組が前に出てくる。

 そして同時に微かな金属の音。もしかしたら鎧か、鎖帷子のようなものをローブの下に着こんでいるのかもしれない。


「城内の残敵はほぼ掃討したつもりであったが。まだいたようであるな」

「いーよー! いーよーアニキ! やっちまおうぜェ! ほかの連中みたいにさァ!」


 片方の声は深みのある男性の声。

 片方は軽薄で奇妙に間延びした、しかも抑揚の高低が激しい不快な男性の声だった。


「お前たちが、ここの兵士たちを殺したのか?」

「あーん? なにきーいてんのォ? あったりまえじゃんよォ。お前もすぐに同じように殺されるんだぜェ!」


 シュウの問いかけに、軽薄な男の方が楽し気に答えた。フードに隠れて見えないが、間違いなく殺されるの下りで嗤っていた。

 シュウの中に言いようのない、いくつもの感情が渦をなして巻き起こる。それはいくつもの変化をして、一つの言葉になって出た。


「……そうか」


 シュウの押し殺した冷たい声に、隣にいたジルバがかすかに目を剥く。今確かに、そこに込められたのは深い怒りだった。同時に込められた殺気にジルバの背筋を冷たいものが駆け抜けたのだ。


「チッ、スカしてんじゃねぇぞおらァ!」


 軽薄な男が予備動作なしでいきなりシュウへと襲い掛かる。シュウからすれば完全な奇襲。


「おらよッ」


 二人の距離があと数歩、と言うところで軽薄男は身にまとっていたフードを体から剥ぎ取り目の前の空間に向かって投げる。

 それは劇場の緞帳の様に広がって二人の間を一瞬遮り、お互いを視界から覆い隠した。


「しーぃねぇやあ!」


 そしてそのローブを突き破って槍が飛び出してきた。穂先に光るのは滑らかな白刃。おそらくローブの中に隠し持っていたのだろう。

 まっすぐにシュウへと向かってきた刃を、しかしシュウは慌てることなく受け流す。手に握られたセイジョは白刃とぶつかって火花を散らした。


「チッ、んーだぁ? どこから出しやがったんだぁ?」

「別に、どこからだってかまわないだろう。お前はここで死ぬんだからな」

「ははァいってくれるぜーエこいつ!」


 げらげら笑いながらも、間合いを取って離れた軽薄男は油断なく槍に突き刺したままだったローブを破り捨てた。

 そこにいたのは青白い不健康な肌の細長い男だった。露出した腕と足は異常に細長く、露出していない体部分のみに鎖帷子を着ているというやけに軽装だ。


「おい、お前ェ。今すぐ殺してやるよーぉ?」

「余計なことを言わずに、さっさとかかってきたらどうだ」


 お互いに挑発し合っていた二人が斬りかかったのは同時だった。

 リーチの分攻撃が先に届くのは軽薄男の方だ。突き、払いそのどれもが細い腕から繰り出されているとは考えられないほどの重さと速さがあった。

 もはや閃光と呼ぶしかない、鉛色の光が幾条もシュウへ向かって放たれる。

 突きが放たれてから避けようとするのでは間に合わない。シュウは頭に浮かぶまま、手に握ったセイジョに導かれるようにして、あるいはセイジョから流れ込むその使い方の知識に従うままに刺突を打ち払っていく。

 刺突の隙間を狙って放ったセイジョの斬撃は、引き戻された槍で易々と防がれてしまう。可能な限り槍を引き戻せないタイミングを狙っているつもりなのだが、まるで読まれているかのような動きだ。

 戦闘経験の差か。

 明らかに達人の域にある攻撃。本当なら最初の一撃すら避けられずに死んでいたはずだ。どの攻撃もまともに当たれば必ず死ぬ。それでも攻撃を止められないのは城内で見たいくつもの兵士たちの無残な死体が瞼の裏に浮かぶからだ。

 助けられなかった。

 胸の中に渦巻く感情に押されるままに剣を振るう。

 一撃一撃に込められた必殺の気配を避けながら、シュウは反撃の密度を次第に上げていく。

 その気迫を感じたのか軽薄男が舌打ちをする。


「チッ、妙な動きばっかしやがって、いーかげんに死んどけッ!」


 豪風と共に振り払われた一撃。

 当たれば即死。

 だがその一振りに対して身を低く落とし、紙一重で躱しながらこの好機に刃を立てる。

 下段から斬りあげた攻撃が、鎖帷子を切り裂いて軽薄男の体に深い傷を作った。


「いぎゃあああああああああ」


 攻撃と同時に後ろへと転がった軽薄男が床に血だまりを作っていく。

 床に転がった軽薄男は、床の上からシュウの方を憎悪に濁った目線で睨み付けてくる。


「で、でめぇ、ぜっだい、ごろず……!」

「そうなる前にお前は死ぬんだよ」


 言いながら踏み込み、セイジョを振り上げる。


「そういうわけにはいかないのであるな」


 深いバリトンが割り込んできたのはその時だった。

 不意に視界が暗く染まる。セイジョを上段に構えたシュウの眼前に、いつの間にか巨大な壁があった。

 反射的に、引き下がろうとするシュウだったが、それを壁が追いかけ顔にぶち当たる。脳をシェイクされながら床を転がり、ジルバの「大丈夫か!?」と言う声を聴きながら痛みに歪む視線を上げればそこにあったのはやはり壁―――いや盾だった。

 ホームベースを巨大化したような盾、カイトシールドと呼ばれるものを巨大化したもののように見えた。それがゆっくりとずれて、現れたのは盾と同色の漆黒甲冑。武骨なフルプレートアーマーに身を包んだ人物だ。腰にはこれまた肉厚な大剣を佩いている。


「アニギっ! こいづばコイツはッ!」

「残念ながら時間切れなのであるな。この者たちがここにいるということは作戦は失敗とみてよいのである。作戦を次のフェイズに移行するのであるな」

「ぐ、じぐしょう……!」


 血反吐を吐きながら叫ぶ軽薄男に盾男無造作に歩み寄ると、その体を軽々と持ち上げた。装備重量も加味すれば相当な重さのはずなのに、その動きにはぎこちなさも感じない。


「おい、待ちな」


 未だに動けずにいるシュウの脇でジルバが声を上げる。

 その時にはすでに盾男は軽薄男を担いだまま開け放たれた窓の桟に足を掛けていた。

 ジルバの声にその動きが止まる。


「お前たち、傭兵のゴーント兄弟だね。なぜジルディオ帝国のお前たちがここに―――いや、それが答えと言うわけだね」

「……さすがはギルドマスターにして爆炎の魔女殿であるな」


 兜の下で盾男が薄く笑った気配がした。


「オイッ!」


 抱えられた軽薄男がシュウの方を睨み付けていた。

 その目は血走り、口の端からは血の泡を吹いている。


「デメーはがならずおでがゴロズッ! 覚えていやがれ!」


 その声を聞いて、何か恐ろしいものを目覚めさせてしまったような気がした。

そして軽薄男が言い残すのと同時、盾男が窓から飛び降りた。


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