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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
24/105

24話 被害


 あまりな現状に口を閉じそうになったシュウだったが、どうにか自己紹介だけは済ませ、二人はギルドへと歩き始めた。


「そうかい。お前さんが例の新人だったのかい。通りで使えるわけだ」

「俺のことを知っているのか?」


 コツコツと杖を使いながら隣を歩く老婆はその言葉に頷きを返した。


「シルヴィアから事の顛末は聞いているよ。ウチの馬鹿が迷惑をかけたね」


 そう言いながらいらだちを隠すように鼻を鳴らす。


「奴には後でしかるべき制裁を加えてやる。すまないが騒動が収まるまでは待っておくれ」


 ジルバの申し出に頷きを返すと、二人はギルドへと急いだ。

 ギルドの傍には先ほどの騒動でパニックになった住民たちが集まっていた。誰もかれもが疲れた様子だったが、シュウたちが来たのを認めると、その表情を明るいものへと変えた。

 その無数の視線に一瞬足を止めたシュウだったが、ジルバの方はと言えば何でもないという風で歩き続けている。


「ありがとう! あんたのおかげで助かったよ!」


 見れば若い男がシュウに向かって笑顔で礼を言っていた。

 それを皮切りに、あたりにいた人々から歓声が沸き上がる。男と同じように礼を言う者もいれば、シュウの戦いを称える者もいた。あるいは前を歩く老婆にも同じような言葉を贈るものもいる。


「どうしたんだい、さっさと行くよ」


 その言葉に今さらながら固まっていた脚を動かし始めた。

 胸の奥に湧き上がったのは暖かな喜びと、冷たい後悔。相反する感情に矛盾を覚えながらも今は無視する。

 まだ、戦いは終わっていない。



 

   ◆


 ギルドの中へ入ると、出ていったときに比べ幾分落ち着いた空気が漂っていた。

 酒場側のテーブルが撤去され、広く取られたスペースにリットはいた。手元が淡く光っており、今もなお治療の最中だったようだ。

 しかしそれもすぐに終わり、近くにいた職員に後を任せたようだった。立ち上がって、背伸びをする彼女と目が合う。


「シュウさん!」

「お疲れ、リット。そっちはどうだ?」

「こちらは問題ありません。が、さすがに少し疲れましたね」


 そう言って笑みを浮かべるが、疲労の色は濃い。

 相当な数の患者を治療してきたのだろう。当然のことだった。


「ユーリには会ったか?」

「はい。皆疲れている様子でしたが大したけがもなくよかったです。表が落ち着いたようだったので、ギルド裏手でやっている炊き出しに行ってくるように言っておきましたが……」


 言葉を区切ったリットは、シュウの体を頭のてっぺんからつま先まで眺めまわして安堵のため息を一つつく。


「外で戦っていたのはシュウさん、ですよね。無事でよかったです」

「まぁな。とどめを刺したのはあっちのばあさんだがな」


 そう言って指す先では、ジルバが職員たちに向かってよく響く声で何事か指示を出している。


「ばあさんって……もう、確かに年ですけどあれでも大戦の英雄ですよ? あの人は」

「英雄?」

「彼女は魔王軍との戦いの中、最前線で戦った英雄です」


 なるほど、10年20年前なら確かに現役真っ盛りだっただろう。あの火力ならばそれも納得のいく話だ。


「おい、お前たち。ちょっと話がある、こっちに来な」


 ジルバに言われて奥の部屋へと行くと、こちらもデスクは一つを残してすべて撤去されていた。今は部屋の真ん中の大きなデスクに数人の職員が集まって、広げられたこの都市の物であろう地図に何かを書き足しているようだった。


「これは?」


 疑問に思ったままにシュウが尋ねる。


「街の被害状況を書き込んでるのさ。人員には限りがあるからねぇ。方針を固めるにはこうするのが早い」

「なるほどな」


 改めて見下ろしてみれば、確かにシュウがさっきまでいた教会近辺でもいくつかの建物が破壊されている旨が記されている。

 そう言ったものが町中のいたるところに記されていた。


「これは、ひどいな」

「そうですね……街の中へ飛び込んできたドラゴンレイス達の数はかなり多いようです。ですが、これは」

「なんだい? 何か気づいたのかい」


 シュウに続いて地図を見下ろしたリットが考え込むように言ったのをジルバは聞き逃さなかった。鋭く問いかける。


「いえ、彼らが何を目的にしているのかがわからないな、と」

「確かにそうだねぇ」


 言われて見れば被害を受けているのは地図上のすべての場所にまんべんなく分布している。人の多い場所や少ない場所、重要な場所ただの路地裏……。


「なぁ、なんでこんなに被害が大きいんだ? 街には衛士とかもいるだろ?」

「はっ! 連中は対人専門の職業だよ。魔物なんて相手にするならウチみたいなギルドか傭兵、そうでもなきゃ領主軍の出番さね」

「その領主軍はどうしてるのです? 確かこの街の軍はここが領都なのを差し引いてもかなり強力だったと記憶していますが」

「……そう言われてみればそうだねぇ。おい、連中の動きに何か情報はないのかい?」


 そう尋ねられた面々の中から一人の男が挙手をした。


「外壁上で戦っているチームがいたそうですが、それ以外は報告がありません。城から出てきたという話もないですね」

「そいつぁ妙だねぇ……」


 顎に手を当てて思案するジルバ。

 確かにこれだけの騒ぎになって出てこないというのは妙な話だ。まさか気づいていないということはあるまい。

 何か理由があるのだろうか。


「まさか領主の奴、俺たちを見殺しにする気なのか……!?」

「いや、それはないだろう。あれに限ってそれはありえんよ。きっとほかに何か理由が……」


 職員の一人が怒りのような声を絞り出したが、それをジルバは即否定した。もしかしたら知り合いなのだろうか。

 苦い顔で考え込むジルバを見て、シュウは口を開く。


「もしくは、出てこないんじゃなく、出てこられないとかな」

「!?」


 シュウのその言葉に集まって面々が固まる。


「な、なんだよ?」

「いや、まさしくその通りかもしれん! 急いで情報を集めるんだよ。魔物の降下が城にもなかったのか。もしくは今日、妙な客がいなかったかをだ!」


 集まった視線にたじろいでいると、ジルバが勢いよく指示を出し始めた。職員たちもあわただしく動き出す。

 しかし彼らはすぐに戻ってきた。


「支部長! 騒ぎが起こる直前、城に入っていく妙な集団を見たという証言があります。全員体を隠すようなローブを身にまとっていて性別もわからないそうですが、ティアーク神聖国の訛りがあったそうです」


 続けて入ってきた職員が城に直接魔物が降下した目撃情報はないことも伝えてくる。


(ってことは、そいつらがこの騒ぎを起こしてる可能性が高いってことか……)


 周囲に緊迫した空気が漂う。


「まずいね、今すぐ城に行ってくる。お前たちは市民の救助と魔物の排除を続けな! シュウって言ったね。あんたは悪いがあたしと来てもらうよ」

「分かった。リットはどうする?」


 敵が入り込んでいるならけが人がいるかもしれない。そうなればリットの出番だが、まだ疲れも見て取れた。

 今まで黙りこくっていたリットはしばらく逡巡していたが、


「少し、休んでから後を追いかけます。すみませんが先に行っていてください」


 と、はっきりと口にした。


「分かった。気を付けて来いよ」


 それだけ言い置いてジルバの後を追う。

 年のくせにせっかちな性格なのか、魔法使いの老婆は既にギルドの外にいた。


「遅い! 急ぐよ!」


 怒鳴りながらも自身の身長ほどもある杖を高く掲げた。


「放浪せし新緑の風、フライ!」


 その言葉と共に杖から魔力が沸き上がり、シュウとジルバを包み込んだ。体はふわりと浮き上がり、風に乗るようにして飛び上がる。


「うわわっ」

「落ち着きな。あたしの魔法で城の前まで一気に行く。舌を噛むんじゃないよ!」


眼下に見下ろした街は、想像していたよりもずっと広大な面積だった。

あちこちから黒煙が上がっており、痛々しさが目立つ。

不意に不可視の力が働き、シュウの体は流れるように動き出した。

そして進行方向へと目を向けたシュウは、すぐに昨日見たあの領主の城へと向かっているのがわかった。

近づくにつれてその大きさははっきりとしたものになり、来るものを拒むような堅牢さが嫌でもわかる。


「煙は上がってないみたいだな。よかった、大丈夫そうだな」

「大丈夫なもんかい! これだから最近の若いのは」


ジルバが毒を吐く。

思わず振り仰ぐと、老婆は苦々しげな表情で言った。


「血の匂いがするねぇ」


その言葉にシュウは背筋を冷たいものが駆け抜けていくのを感じた。

そのまま二人は目の前にある城門の前へと降り立った。降り立つと同時に体を包んでいた浮遊感はなくなり、再び重力が戻ってくる。


「どうして城に直接入らないんだ?」


目の前には固く閉ざされた城門がある。


「城の上空にはね半球状の魔法を無効化する壁があるのさ。じゃなきゃ魔法使いは空からの出入りが自由になっちまう」

なるほどと頷きを返すシュウだったが、目の前には依然として閉じた城門だあるのみだ。

「で、どうするんだ?」

「あたしゃ未開人じゃないんでね」


そういうと老婆はまっすぐに閉じた城門へ向かって歩き出す。

見上げるほどに巨大な城門だった。木製のようだったが、ところどころが鉄材で補強されており、ちょっとやそっとじゃ壊せやしないだろう。

その城門には端の方に小さな扉が付いており、人だけの通用門はこちらのようだった。

ジルバはその扉に近づくとコツコツ、とノックをして、


「ギルドマスターのジルバだ! 門を開けな!」


そう叫んだのである。


「・・・・・・」


わずかな間が二人の間に流れる。


「何も返事がないぞ?」

「おかしいね……いや、ある意味じゃ正しいといえるのかねぇ。そっちの中を見てみな」

「え?」


城門の脇には小さな小屋―――おそらくは門兵の詰所だろうものがあった。

人の気配はなかったので、中に誰もいないのだろうと思っていたのだが、ちらりとのぞいたジルバがそう言ったのでシュウも続いて覗く。

すぐに、後悔した。


鎧を着た兵士が数人、折り重なるようにして血の海に倒れている。


「うっ……!」


 せり上がってきた嫌悪感に、思わずうずくまる。


「こいつぁ、まずいかもだねぇ。急いで中に入るよ!」

「ぐっ、わ、わかった」


 続いて中を確かめたジルバが顔色一つ変えずに言うのに対して、シュウは頷きを返すだけで精いっぱいだった。

 人の死体を、初めて見た。

 いや、正確には親戚の葬式で何度か見たことはある。

 だがそれはきちんと人の姿をしていた。

 今見たあれは、ただの物だ。

 目が恐怖に見開かれ、体は合ってはいけない方向へ曲がっている部分もあった。


「……」


 シュウは目の裏にこびりつく惨劇の光景を振り払うかのように頭を一度振り、ジルバへと続いて城へと入った。


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