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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
23/105

23話 魔女


 ユーリを連れてギルド前まで戻ってくると、広場にはさらに避難してきた住民たちが集まっており、すでに難民キャンプの様相を呈していた。

 孤児院からはここまでは結構な距離がある上、途中何度も戦闘を挟んだことでユーリは既にかなり疲れていた。今はシュウの足元で座り込んでいる。


「ありがとうございます、おかげで助かりました」


 男の声に振り向くと、そこでは初老の男性が頭を下げていた。その後ろには同じように礼を言う複数の住民もいる。

 彼らはここに来る途中、立ち往生していた街の住民たちだ。

 家の前に築いたバリケードや、骨董品のような槍で応戦していた彼らを助けたのがシュウだ。


「あと5年若ければわしもあの程度の輩に遅れは取らんかったんじゃが」

「あらあらおじいさん、あんたが戦ってたのは20年は前の話ですよ」

「おお、そうじゃったか?」


 そう言って隣にいた同じくらいの年の女性と笑いあう。おそらく二人は夫婦なのだろう。


「……お二人はずいぶんと落ち着いているんですね」

「ええ、まぁ。私たちの世代が若いころは魔王軍との戦争の真っただ中でしたからね。街に魔物が入り込んでくるなんて、小さなところじゃよくあることでしたから」

「通りで。若い人よりも高齢の方たちの動きが機敏な理由がわかりましたよ」


 ふふっ、と笑う夫人に頷いて見渡せば、広場の中で動いている人たちは若い人が多い反面、右往左往している者も多く、それらの指示を出しているのは棺桶に片足を突っ込んでいそうな老人ばかりだ。


「良くも悪くもこの10年の平和は色々なものを変化させた、と言うことじゃろうな。そういう意味ではあなたの姿には懐かしさすら覚えましたぞ」

「懐かしさ?」


 老齢に差し掛かり始めた男性の目には、懐かしさと語る以上に憧れのような光が灯っている。


「あれはばあさんと二人、魔王軍との最前線で戦っていた時の事じゃった。あと少しで戦線が崩壊する。そんな時に勇者様が現れたのじゃ」

「あれはすごかったですねぇ。あっという間に大軍を蹴散らしてしまって。まぁ大変だったのはそのあとで、おじいさんが『俺もあんな英雄になる!』って言いだしてしまったことですけれど」

「ははは、そうじゃったかの」


 そう言って笑いあう二人。

 だがシュウはそれを聞いて、心に重しを乗せられた気分だった。

 勇者。

 自分がこの世界に自分が送り込まれた理由であり。

 彼女が自分に求める立ち位置。

 今日半日街の中を駆けずり回って戦って、シュウはよく理解した。

 刀剣召喚はかなりのチートスキルだ。

 召喚さえできれば魔法の力を宿した武器をいくらでも召喚できる。強力な、それこそ大軍を一度に屠れる核爆弾のような威力を持った武器を召喚すれば、それこそ目の前の夫婦が若いころに見た光景を再現できるだろう。

 魔物が再来したこのタイミングならきっと自分が勇者だと信じる者も多いはず。何よりもリットがそう言って宣伝するだろうことは容易に想像できる。

 入念な準備をして、味方を増やし、適切な時期に戦いを挑めばきっと勝てない敵はいない。

 そうだ、きっと勝てる。


 いいや、お前は勇者になんかなれないよ―――


「うっ……」

「どうかしましたかな?」


 シュウが頭を押さえてよろけると、夫婦が心配げな声を掛けてくる。


「……いえ、ちょっとめまいが。ずっと戦いづめでしたから」

「そうじゃろうな。こんなところで無駄話を聞かせている場合ではありませんでしたな。ではわしらはこれで」


 そう言って頭を下げる二人を見送る。

 見送りながら、さっき頭の中に湧き上がった考えを思い返す。

 そうだ、何を舞い上がっているのだろう。

 自分は勇者になどなれるはずはない。

 だって―――助けられなかったじゃないか。


「シュウさん?」


 深い思考の海から浮上する感覚を覚える。

 目の前ではユーリが心配そうにこちらを見上げていた。


「いや、何でもないんだ」


 そう返した時にはさっきまで自分が何を考えていたのか、シュウはもう思い出せなかった。


「行こう、ギルドに行けばリットもいるはずだ」


 ついてきた人たちに別れを告げ、ユーリを連れだって歩き出す。

 広場に座り込む人々の合間を縫うようにして歩き出すと、しかしすぐにユーリが立ち止まる。


「どうした?」

「……何か、地面が揺れてませんか?」


 そう言われて立ち止まったシュウは少し考えて、


「確かに揺れて―――いや、何か近づいてくる!?」


 はっとして振り向く。



「みんな逃げろおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 突如として振り返った先から湧き上がる大音声。

 見れば大通りの上を、猛烈な土煙を上げて数人の男たちがこちらへ向けて駆けてくる。

 いや、土煙を上げているのはその後ろにいるものだった。

 太い足で地面を駆け、頭頂部には三本の角が生えている。表皮は群青の鱗に覆い尽くされており、遠目に見ても先のドラゴンレイスなどよりもはるかに硬そうな外見だ。四足で駆けるその姿はファンタジーのモンスターと言うよりも、恐竜に近い外見だ。

 それが今、猛烈な勢いでこちらへと迫っていた。


「うあああああああああ!」

「に、逃げろ! 逃げるんだ!」


 人々が逃げまどい、あっという間に広場は大混乱となる。


「シュウさん!」

「お前はギルドに行け! リットがいるはずだ。あいつの知り合いだっていえば保護してもらえるはずだ!」

「……分かりました。気を付けて!」


 一瞬のためらいの後、ユーリは駆け出す。

 賢い子だ、自分が役に立てないことをよく理解している。

 後ろ姿を見ながらシュウはその姿に感心する。


「気を付けて、ね」


 それを見送って、シュウは一人つぶやく。


「なんで俺、戦うつもりになってるんだろうな」


 そう言いながらもセイジョを喚び出して歩き出す。

 広場の入り口の方からは未だに何人もの避難民が我を忘れたように走ってくる。その隙間をうまく抜けながらシュウは考えていた。


(このギフトは間違いなくあいつらと戦う土俵に上がるだけの力がある。でもそれは、必ず勝てるってわけじゃない)


 地竜との戦いを思い出す。

 一つ間違えれば死んでいたのは自分だ。

 反面、ドラゴンレイスとの戦闘は、ほとんどが試し切りの藁人形でも斬っているかのような気分だった。

 今だって、以前なら大量の人間に押しつぶされてもみくちゃになっているところだ。


(でも戦わなきゃいけない。負ければ失う人もいる。勝てば守れる人がいる)


 切っ先を目の前の魔物に向けて構え、立ち止まる。

 まるで地竜と比較しても見劣りしない。大型トラックが目の前に迫ってきているかのような迫力だ。


「GYUOOOON!」


 短いうなり声を上げ、頭部のツノを突き出しながら突っ込んでくる。

 シュウは目の前げ魔物が間合いに入った瞬間、地面を蹴った。

 わずかに魔物の進路を避け、向かって左側へと抜ける。

 一瞬の交錯の間、振るわれた刃は都合三閃。

 魔物の右前脚の裏側、脇腹、右後ろ脚の裏側だ。

 可能な限り装甲が薄いと思われる場所を狙った結果がその場所だった。

 だが、セイジョの攻撃は魔物の肉をざっくりと抉ったものの、斬り飛ばすには至らなかった。


「GYUOOOON!?」


 一直線に突進していたその体を右側から地面に押し付けるようにして倒れながら、魔物が悲鳴にも似た声を上げる。


「へぇ、地竜よりは皮が薄いみたいだな」


 地面に倒れた魔物が起き上がり、金眼を憎しみで満たしながらこちらを見てくるのを眺めながらシュウは言った。


(さて、どうするか)


 センティピード・ロードは地竜専用だからこいつには効果がない。

 セイジョで戦ってもいずれ勝てる気はするが、目の前で傷が再生していくのを見てそれも面倒だと思いなおす。

 そしてそれと同時に広場の入り口が、再びうるさくなったのを感じて振り返ったシュウは、その向こうの通りから予想していなかった者達が集まってくるのを見て硬直した。


「「「KYUOOOOOOONNNNN」」」


 何匹ものドラゴンレイスが広場へと殺到してきていたのだ。

 よくよく考えればそれも当然のこと。

 目の前の魔物はサイズから見て地竜よりは下位だがドラゴンレイスよりも上位、つまり成竜級に属しているはず。ならば部下を呼び集めるのは想定されてしかるべきだった。


「ちっ!」

 舌打ちをしながらセイジョをコガラシへと変更する。

 両手にズシリとした重みがかかるのと同時、体に清冽な風を纏うのを感じる。


(あんな数が広場に乱入したら終わりだ!)


 一気にけりをつけるべく走り出そうとする。


「おい、そこのお前! 動くんじゃないよ!」

「!?」


 不意に、空からしわがれた声が振ってくる。

 いや、振ってきたのは声だけではない。

 空から真っ赤な太陽が振ってきた。

 同時、広場の入り口へと振り返ったシュウの顔を強烈な熱波が撫でた。たまらず顔を腕でかばったが、それでも熱い。

 炎が収まってくると、あとにはドラゴンレイス達の死骸すらも残っていなかった。


「敵を目の前にして背を向けるたぁ、いい度胸じゃないか、え?」


 あまりのことに一瞬呆然としたシュウだったが、掛けられた声に上空を仰げば、そこには杖に乗った小柄な老婆がいた。


「あんたは……?」

「自己紹介は後だよ。今はあいつをなんとかせにゃ」


 シュウの方を見下すように見ていた老婆だったが、不意に視線をシュウの後ろに向けて厳しい表情をする。

 そこでは先ほどの熱波をまともに受けたのだろう。三ツ角の魔物がイラつくように前足で地面をひっかいていた。


「ほぉ、トライホーンドラゴンとはねぇ。また頑丈なのが出てきたもんだ」

「……ばあさん、さっきのでこいつ倒せないのか?」

「やれないことはないがね。あいつは魔法に耐性があるからもう一階梯上の魔法を詠唱せにゃならん。時間を稼いでもらうことになるよ」

「構わないさ」

「ほぉ、なら任せるとするかね」


 そういうなり老婆は二階建ての屋根の上くらいの高さまで飛んだ。どうやらそのまま詠唱に入ったようだった。


「さて、お前の相手は俺がしてやるよ」


 そう言って再び向かい合う。


「GYUOOOOOOOOOON!」


 ひときわ大きな咆哮を上げ、その巨体で突っ込んでくる。

 シュウは両手にコガラシを持ったまま待ちかまえ、魔物―――トライホーンがその鋭い角を突き刺すべく首を下げた瞬間を狙って飛び上がった。

 体の下をトライホーンが走り抜けていくのを間近で見ながら、手の中の剣を交差させ、十字に切り裂く。

 狙ったのは皮膚の柔らかそうな首。 だが、両手の剣はそれぞれ皮膚の上をがりがりと削っていっただけだった。

 衝撃を殺しながら地面に着地したシュウが後ろを振り返れば、そこにはこちらへと再度の突進を始めた魔物の姿があった。

 何の痛痒の感じていない姿を見て、仕方なくシュウはコガラシを還すことにした。


「今使える中だと、やっぱあれか」


 喚び出せる剣を思い浮かべて、思い至ったのはギルドで見つけた残り2本のうちの一本。

 『斬る』ためではなく、『殴る』ことに特化した武器。


「来い、『剛毅丸』」


 すでに目の前まで迫っていたトライホーンの頭めがけて喚びだしたそれをスイングする。


「GI!?」


 トライホーンが突然の横から受けた衝撃に驚いて、突進が横転へと変じる。

 予想済みだったシュウは慌てることなく魔物の体を踏んで飛び越えた。

 勢いのままに地面を滑っていくのを一瞬見やったあと、手の中のそれに目を落とした。

 金棒。

 一言で表すならまさしくそれだった。

 黒い金属でできたそれは先端に行くにつれて人間の胴周りほどの太さまで大きくなっている。シルエットとしては野球のバットのようにも見えるが、側面から飛び出している円錐形をした無数の棘がそんな勘違いを一瞬で破砕するだろう。


「よっと」


 逆手に持って、剛毅丸をできるだけ静かに地面へと立てる。

 ぱきり、と触れた地面に敷かれた石畳が割れたのを感じた。

 やってしまったか、という思いに胸が満たされる。

 この剛毅丸、とてつもなく重い。

 それゆえに振ったときにかかる遠心力はものすごく、凶悪なのだが。女神の加護がなければシュウは持つこともかなわなかっただろう。


「ほほぅ。お前、面白い能力をもってるじゃあないか。それで殺せないのかね?」


 空から降ってきた声に見上げれば、老婆が好奇心をむき出しにした目でこちらを見ていた。


「ミンチになるまで叩けばできなくはないと思うけど……殺すまでに広場がめちゃくちゃになるぞ?」

「……それはまずいねぇ」


 老婆がそう言うと、手のひらを空に掲げる。

 なぜかシュウは、その老婆の口元が一瞬愉し気に歪んだように見えた。

 その口が、朗々と呪文を唱え始める。


「焦熱せし紅蓮の円環蛇、万物を焼却し、呑み込みたまえ! レッドバロン!」


 詠唱とともに一瞬、極限まで魔力が高まり、解き放たれるのをシュウは感じた。

 そしてそれと同時、収束した魔力の中心から赤熱する一匹の巨大な蛇が現出した。炎で形作られているのだろうその蛇は、空中を這い進みながらトライホーンへと巨大な口を開け食らいついた。

 牙が突き立てられたところからじゅうじゅうと音が立ち、魔物の肌を焼いているのがわかる。トライホーンは体を大きく振って抵抗するそぶりを見せたが、もっと大きな蛇がそれを許すはずもなく、一瞬動きが弱まった隙をついてトライホーンを丸のみにしてしまった。

 蛇はそのままその巨体でとぐろを巻くと、その体がカッと一瞬真っ赤に輝き爆音とともに四散し光の粒となって消え去った。

 後には燃えカスとなった元魔物が焼け焦げて荒れ果てた広場の上に転がっているだけだった。


「いひひひひひ! やっぱり魔法はこうじゃなくちゃぁねぇ」


 すとっ、と地面に降り立つ老婆。その顔には全面に喜色が張り付いている。


「そういえば自己紹介がまだだったねぇ。あたしはジルバ。そこのギルドのマスターをしてるもんさ。人はあたしのことを爆炎の魔女と呼んだりもするがね」


 そう言って再びいひひひ、と不気味な笑い声を上げる。

 先ほどの魔法、確かに爆炎の二つ名にふさわしいものだった。

 そう納得すると同時に、


(これだったら俺が殴り殺した方が被害が少なかったかも……)


 広場の惨状を前に、そう思わずにはいられなかった。


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