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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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20話 火事


 地下の書庫から上がってきたとき、ギルド内部の様相は一変していた。

 資料を当たっていたのは一時間ぐらいだろうか。ギルド内書庫と言うだけあって、かつて所属していた者たちの偉業や、使われた武器などもいくつか見つかった。それだけをまとめたものがなく、その上大半は誇張された報告だったようで実際に役に立ちそうなのは3本ほどに留まったが、十分な成果と言えるだろう。

 そして今ようやく上の部屋に戻ってきたわけなのだが、野戦病院さながらの光景へと様変わりしていた。

 職員たちのデスクスペースだったこちらは机が乱雑に端へと寄せられ、重傷者たちが何人も横たえられている。その中央で横たえられた怪我人の前で跪く少女がいる。手には見慣れない杖があり、白い衣服と相まって敬虔な信仰者を連想させられた。

 怪我人に翳された手のひらが、一瞬まばゆい光に包まれた。

 次の瞬間にはリットの目の前で痛みにうめいていた怪我人の怪我はきれいに消えてしまっていた。しかし痛みからけが人は気絶してしまったようだった。ギルドの職員が手慣れた様子で、怪我人が横たえられた布団ごと運んでいく。そしてまた、別の怪我人がリットの前へと連れてこられる。

 その繰り返しの様だった。

 しばらくその様子を無言で眺めること数度。命にかかわるレベルの重傷者がいなくなったところで休憩にしたようだった。それを見てシュウはリットの後ろに歩み寄る。


「ん? シュウさん?」

「お疲れ、調子はどうだ?」


 近寄ったリットは職員から手渡されたコップに満たされた飲み物を飲んでいた。甘い香りがシュウの鼻孔まで漂ってくる。


「何とか対応できていますよ。それも魔導具店さんがこの魔力回復ポーションを譲ってくれたのと―――これのおかげですけど」


 リットは飲んでいた飲み物と、さっきまで右手に握っていた杖を指し示す。

 金属製の長い杖だ。先端はリング状になっており、そこに複数のリングが連なっている―――そこまで観察して杖と言うよりは錫杖かもしれないと感じる。


「これは神官の祈りを女神セレナ様に届けやすくする効果があるんです。回復魔法の効果を高めてくれるんですよ」

「そんなもの、よく手に入ったな」


 都合のいい状況に尋ねると、リットが少し目を泳がせて言った。


「実はこれ、もともと私の物なんです。宿屋の主人が店から逃げるときに持ってきてくれていて、傷の手当の後に返してくれたんです。お礼にと……」


 その言葉にそういうことかと納得する。


「そうかそうか。無銭飲食のことは大勢の人を治療することで返してやればいいよ」

「ですからっ、無銭飲食ではないと何度も……! いえ、この件が終わったら報酬で支払いに行きましょう……」


 声を荒げたリットだったが、手の中の錫杖に一瞬目を落としてそう言った。無銭飲食を示談にした担保が手の中にあることの意味を理解したのだろう。どこかうしろめたげだ。

 しかしそれも新たに部屋へと重傷者が担ぎ込まれてくるまでだった。


「さて、私は治療に戻りますので」

「分かった。頼む」


 治療を再開したリットの傍からそっと離れる。

 破壊された受付カウンターを乗り越えて、酒場の方へと来るとそちらもテーブルは一つもなくなっていた。こちら側では軽症者の手当がメインで行われているようだった。ギルドの職員たちが包帯や薬草などで傷を診ている。

 そしてその中の一人に、シルヴィアの姿を見つけた。呼びかけると一瞬こちらの姿を見て、手当を仕上げた。


「シュウさん! もういいんですか?」

「ああ、助かったよ」

「誰にも見られなかったですよね?」


 あたりをきょろきょろと見回して言うシルヴィア。


「大丈夫だ。誰にも見つからなかった。それよりも、外の状況がどうなってるか知りたい。何か知ってることはないか?」


 シュウがそう尋ねると、シルヴィアは顔を曇らせた。


「あまりいい情報は入っていないですね。偵察部隊の報告では、飛竜から降りたドラゴンレイスのチームはほとんどが街の中央部に降りたようです。おかげで周辺は一時大パニックだったようです」


 おそらく街の中枢を狙ったのだろう、と言うことだった。今は領軍が出て鎮圧を行っているらしい。


「おかげでギルドは専ら市民の救出作業と偵察情報収集ですね」


 そういって肩を竦めるシルヴィア。


「あとはギルド前の広場に非難してきた避難民の護衛でしょうか。だいぶ落ち着いてきてくれてとても助かってますよ」

「ここの前が避難場所になってるのか?」

「ええ、そうですよ。見てみます?」


 そういわれてシルヴィアについていく。

 ギルド前の広場は、ついさっきまでいくつもの露店が並び、人が行きかう活気のある場所だった。

 だが今は重苦しい空気に包まれていた。

 あちこちで知り合い同士が固まって座り込んでいる。誰もかれもが暗い顔色をしていた。これからの不安によってだろう。

 だが一部、そうではない者たちもいた。


「なぁ、あいつらはなんだ?」


 シュウがそういって指し示したのはギルドの方に向かって膝をつき手を顔の前で組み合わせている集団だった。見たところほとんど高齢の老人ばかりのようだが、彼らは一心に何かを祈っているように見えた。


「あれはセレナ教の熱心な信者たちですね。リットさんの奇跡を見て、祈りを捧げずにいられないんだそうですよ」

「セレナ教は廃れ始めてるって聞いてたが……思ってたよりもまだまだ信者はいるんだな」

「それはそうですよ。教会に行ったり、ああ言った行動にまで移す人は今では少数派ですが、女神セレナ様はこの世界の始祖神ですから」

「実在する神ってことか……」


 この世界では神は実在する。そのため向こうの世界の神とはだいぶ扱いに違いがあるようだ。


「しっかし奇跡、か。回復魔法っていうのはそんなにすごいものなのか? なり手がいないっていうのは聞いたけど」


 その言葉にシルヴィアは少し呆れたような顔で、


「あなた、知らないんですか? 回復魔法は今でこそ魔法学上そう呼びますけど、以前はこう呼んでいたんですよ―――神聖魔法って」

「神聖魔法?」

「女神セレナ様にお願いして傷を癒すことからかつてはそう呼ばれていたんです。時代とともにほかの魔法と同じように扱われるようになっては来ましたが」


 そういいながら視線をギルドへと向ける。その目は神々しいものを見るような目つきだった。


「それでも女神様に直接意思を届けることのできる本物の神官様は特別なんですよ」


 そういわれてようやく得心がいった。

 どうもこの世界の人間たちは神官に対して過剰なまでに崇敬を集めていると感じていたのだ。それもこれも実在する神との窓口となっていたのであればわかるというものだ。


「ですから、あまり神官様に不敬なことはしないでくださいね。女神セレナ様は寛大な方ですが、神罰が下るかもしれませんよ」


 そういってからかうような笑みを浮かべる。


「分かった、気を付けるよ―――」


 シュウがそう冗談に答えた時だった。

 広場の入り口、そこに若い男が一人駆け込んできた。そのままギルドの前まで座り込む避難民の間を駆け抜けてきて、ようやく立ち止まる。


「ジェンシーさん。どうしたんですか?」


 隣にいたシルヴィアが男に声を掛ける。

 声を掛けられた男は声にはっと顔を上げるものの、息を切らせていて離せないでいるようだった。


「……落ち着け、何があった?」


 男の様子からただならぬものを感じ、シュウが尋ねると男は大きく息を吸ってようやく言葉を発した。


「外壁がっ、破壊されたんだ! 南西の外壁だ! もう魔物がかなり入り込んでる」


 それだけ言うと、男はまた荒い息を吐き始める。

 そして同時に周囲がハチの巣をつついたような騒ぎになり始めた。


「シルヴィア、この人は?」

「この方は街の中の情報収集にあたっていた方です。割り当ては確かに南西の方でした……」


 シルヴィアはそうシュウに答えながら、まだ肩で息をするジェンシーと呼ばれた男の肩を抱き、地面に座らせた。


「それが本当だとすると街の中に魔物が……いや、待て、南西?」


 連想されたのは教会と、そこにいたユーリ達。

 悪い予感に突き動かされるように、シュウは駆け出した。そのままギルドの窓の桟や、屋根の出っ張りに足を掛け体を持ち上げるとそのまま屋根を上る。

 屋根の上からは遠くまで見渡せた。男が駆け込んできた広場の出入り口の方、南西へと目を向けると、ひときわ大きな黒煙が幾つも上がっている。

 火事だ。

 突発的な襲撃によるものだけじゃない。明らかに何者かが火をつけている。

 青い空にたなびくいくつもの黒く煤けたベールを見せられて、シュウは言いようのない焦燥を覚えた。


「シュウさん!」


 下からの声。振り向くと、ギルドから出てきたリットが青い顔をして立っていた。

 シュウはぱっと二階の屋根から地面へと飛び降りた。リットの目の前に音一つ立てずに着地する。


「聞いたんだな」

「はい……」


 暗い表情で顔をうつむかせる。

 そのリットに、一度奥歯をかみしめてからシュウは伝えた。


「確かに南西の方で煙が上がってる。かなりの数だ」

「そんな!」

「落ち着け、まだ教会が襲撃されたかはわからないだろ」


 ここからでは南西の方角の地域から煙が上がっていることしか見えなかった。煙が上がっているのが教会かどうかをここから確かめるすべはない。


「それに教会にはリゼットがいるはずだろう」

「今日、リゼットは仕事で出かけると言っていました……今教会にはユーリさんしかいないはずなんです」

「!」


 シュウの表情がこわばる。心のどこかであのシスターがいれば問題ないと考えていたのだ。だがその彼女がいないとなると。


「……分かった。今すぐ行って、ユーリをギルドまで連れてくるよ」

「ほんとですか!?」


 上げられた顔は先ほどまでより幾分か明るくなっていた。

 そのリットに頷きを返して、


「昨日は世話になったからな」


 はっきりと、シュウはそう言った。

 その姿にリットははっと息をのみ、深く頭を下げた。


「よろしくお願い、します。私はここを離れられません。あの子を、お願いします」


 声がかすかに震えていた。言葉からにじむのは、くやしさだろうか。

 魔物の前にリットが姿を現せば、どんなことになるか分かったものではない。

 地竜の時も今回も、リットは自分の都合でシュウを危険な目に合わせている。それが悔しいのだ。


「気にするな」


 ぽん、と下げられたままのリットの頭を軽くなでて言う。

 上げられたリットの目尻にはわずかに涙が見えた。


「俺がやりたいようにやってるだけだ」


 そう言ってやる。

 にっ、と微笑んでやるとリットはぽかんと見つめ返して、はっとしたように頭にのせられたままだった手を払った。


「こ、子ども扱いしないでください。そうですね、こういうのは適材適所と言うものですからね」

「ああ、任せておけ」


 そう言うとリットに背を向けて歩き出す。

 だがその足はすぐに止められた。


「シュウさん!」


 呼び止められた声に振り向くと、


「無事で、帰ってきてください」


 地面に膝をつき、手を合わせ祈りを捧げるリットの姿があった。

 最大限の見送りに、シュウは頷きを返してから走り出した。



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