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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
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19話 信仰


 階下は喧騒に包まれていた。

 ドアを開けた二人が見たのは、ぐちゃぐちゃに乱されたギルド職員たちのデスクと、壁際でうずくまる怪我人。

 そしてカウンターを突き破って転がり込んでくるドラゴンレイスの姿だった。

 あまりの光景に隣に立つリットがひゅっと息をのむ。

 部屋のほぼ中央で仰向けに倒れているドラゴンレイスの目に生気はなく、すでに息絶えているようだった。こちら側へ転がり込んできたカウンターの跡地を見れば、そこには巨大な棍棒を突き出している一人の男性がいる。シュウはその姿に見覚えがあった。


 昨日から飲んだくれてたオッサンじゃねぇか!?


「おいおい、ちょっと鈍ったんでないかの?」

「いやいや、お前さんこそ一撃もらってたでねえか」


 そういいながら血まみれのオッサンが二人追加される。しかし彼らに怪我をしたような様子はなく、それはおそらく敵の返り血なのだろう。彼らの不敵な笑みからもそれがうかがえた。見ようによってはかなり凄惨な光景だ。

 背筋をぞっとさせて固まっていると、不意に隣のリットが駆け出す。

 リットはそのまま壁際まで進むと、怪我をしてうずくまっている職員の前に膝をついてしゃがみこんだ。


「う、うう……痛い……」


 シュウも後を追うと、その男性職員は腹に爪の一撃を食らったのか大量の血を流していた。徐々にあふれる血だまりからは死の光景しか連想されない。


「大丈夫、もう大丈夫ですから……」


 リットはそういうと男に手を翳す。

 一瞬、光ったかと思うと男の顔にみるみる生気が戻り始める。溢れ出していた血は止まり、痛みがなくなったのが信じられないのだろう。何度も腹をさすっている。

 その様子に一息ついたリットが立ち上がる。

 そしていくつもの自分を見つめる視線に気が付いた。そのどれもが目の前で行われた奇跡に呆然としていた。誰かが小さな声でつぶやいた。


「神官様だ……」


 その声がさざ波の様に広がっていく。

 リットはその様子を見て、口を一度真一文字に引き結び、何かの決意をしたのだろうか、きっと視線を強めると室内にいた人間に叫んだ。


「もう、誰も死なせません! 怪我人を私の下へ連れてきてください!」


 一瞬静まり返った室内だったが、その意味を理解して次の瞬間部屋中に歓声が沸き起こった。


「怪我人を整理しろ! 重症者から神官様に診てもらうんだ!」

「軽傷の者はこっちへ! ギルド常備の薬品で応急手当は出来ます」

「おれ、外の様子見てくる!」

「怪我人はギルド前の広場に一度集めろ!」

「やれやれ、また忙しくなるのお」


 誰もかれもがあわただしく動き始めた。その姿からは今までに見ていた昼行燈のような姿はない。若手のギルド会員達は何人かおろおろとした様子だったが、それもすぐに年かさの連中に連れていかれている。それぞれの仕事の人手として連れていかれているのだろう。


「なんだ、全然腐ってねぇじゃん」


 あの副支部長は何を見ていたのか。

 このギルドはまだ全然終わってなどいない。そう確信できる光景だ。

 ならば自分もやるべきことをやらなければならない。まずやらなければならないこと、それは―――


「ああ、シュウさん。こちらにいらしたんですね」


 突然、背後からかかる声に振り向く。

 そこにはシルヴィアが息を切らせて立っていた。


「受付の……シルヴィアさん。今までどこに?」

「その件については後です。ひとまず現状を何とかできればシュウさん達の報酬や名誉は挽回できると思います。まずはその報告をと思いまして……」


 急いで走ってきたんですよ、と言ってシルヴィアは笑う。


「……分かりました。では報酬などの件はまた後で」

「はい。では、私も避難民の誘導に行かなくてはならないのでこれで失礼します」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 ようやく息を落ち着けたばかりにもかかわらず、走り出そうとしたシルヴィアをシュウは引き止めた。


「このギルドに、歴代のギルド員の資料か使われていた武器に関する資料なんかはないか?」

「資料、ですか?」


 シュウの問いに首を傾げる。

 それはそうだろう、こんな時にわざわざ本のありかを尋ねてきているのだ。

 だがシュウの方は真剣だ。

 もし一つでも有用な魔剣や聖剣の情報が手に入れば、勝てる戦いも増えるかもしれない。


「資料室なら、地下にありますけど。入れるのは職員だけですよ。個人情報なんかもありますし」


 薬草採取の時に見せてもらったような図鑑などは基本そこに保管されているらしい。また、会員登録時に記入した誓約書なんかも同様だ。


「どうしても、今必要なんだ。入れてもらえないか」

「……分かりました」


 しばらくの沈黙の後、シルヴィアは頷いた。これには逆にシュウの方が驚いた。


「いいのか? 自分で言ってておかしいけど、そんなに簡単に決めてしまって……」

「後で問題になるかもしれませんね……。それでも地竜を倒してきたあなたが言うんです。私はあなたに賭けますよ」


 そう言って笑うと「ついてきてください」と言って歩き出した。さっきの廊下に一度出ると、階段の裏へと向かう。そこには下りの階段があり、突き当りには扉があった。


「ここです」


 鍵を開けて入ったシルヴィアに続いて入ると、微かにインクの香りとカビのにおいが鼻を突く。中は真っ暗で何も見えなかった。どうやら明り取りの窓もないらしい。

 背後でかちりと音がして、部屋の中が一瞬で明るくなる。

 狭い部屋だった。その中に人一人がギリギリで通れる隙間を開けて、所狭しと書架が並べられている。並んでいる本は製本されている本やファイルなど、様々で乱雑に突っ込まれているという雰囲気だった。


「昔のギルド会員の情報だと……このあたりですね」


 そう言って手に取ったのは一冊のファイルだ。


「このあたりの棚にほかにも載っている物はあるかと思います」

「ありがとう助かるよ」


 礼を言うシュウに首を振った後シルヴィアは背を向ける。


「それでは私はこれで。誰かに見つからないようにしてくださいね」

「わかってる」


 そういうとシルヴィアは去っていった。

 しんとした部屋の中、シュウは手に持ったファイルを開いた。


「さて、始めようか」


 思い起こされるのはリットが回復魔法を使う真剣な表情。

 心の中で気合を入れて、一枚一枚ページをめくっていく。


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