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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
105/105

105話 旅路


 メルドの眷属――審判者となってからの時間はあっという間に流れた。

 セレナの様に自分の管理する世界を私物化し、自由気ままにふるまう神たちを裁く戦いは思いのほか多く、シュウはいくつもの世界を旅することになった。


 そんなある日シュウはメルドに呼び出されていた。

「お前を神にすることにしたよ」

「は?」


 二人がいるのはどこまでも続く樹海の世界。

 一本の木の上に作られた樹上ハウスのリビングでだった。

 最初その言葉を聞いたとき、外から聞こえてくる虫の声を聞き間違ったのかとシュウは思った。


「だから今日からお前、神様な。これからは審判者としてじゃなくて、世界管理の神様の一柱として働いてもらうからそのつもりでな?」

「いや、意味わかんないんだけど……」


 メルドの眷属となってから、この気まぐれな神様の言動には恐ろしく難儀させられたものだが、今回の話は極め付けだった。


「お前があっちこっちの世界で色々拾って来たからウチは戦力が余ってるのは知ってんだろ?」

「うっ、まぁそれは……」


 シュウは審判者として戦う傍ら、そう言った世界で神に弾圧された魂たちの中から適性のある者達を審判者としてすくい上げてきた。結果として今メルドの眷属はかつてないほどの大所帯となっている。


「ま、アタシもそれには感謝もしてるけど、神の世界ってのは常に数が不足してる。ウチで手が余ってるなら他所に回すのは当然だろ? つーわけで、お前は今日から新しい神ってわけ。オーケー?」


 有無を言わせぬ調子で言いながらメルドは一枚の紙をよこす。


「それがこれからお前が行く世界だよ」


 仕方なくシュウは突き出された紙に目を通す。

 そしてそこに書かれた情報を見て目を丸くした。


「お、気が付いたみたいだな」

「……あんた、まさか最初からこのつもりだったのか?」


 シュウがこれまで審判者として神を裁いて来た世界は無数に存在する。

 そんな神不在となった世界のどれかを任されるだろう、というのは話を聞いていて想像できた範囲だったが、場所が予想外だった。


「あははは、お前のそう言う顔が見たかったのさ」


 げらげらと笑い転げるメルドは無視して紙にもう一度目を落とす。

 そこに書かれていた世界はシュウのよく知る世界。

 あのリットと共に駆け巡った世界だった。


「……そうか、もう一度、あの世界に行けるのか」


 徐々に胸の中を満たした驚きが寂寥感に代わっていくのを感じた。

 シュウの自己感覚ではあの世界を立ち去ってから既に1000年の時が経っていた。


   ◇


 肌の上をさわやかな風が撫でていく感覚に目を開く。

 空から照り付ける陽光は優しい。


「来ちゃったな」


 ため息とともに呟く。

 シュウが踏みしめている大地はあのリットの世界だ。

 この世界の神になるにあたって、メルドは準備期間を設けることを伝えた。

 神が管理する世界は当然ながらその世界の宇宙全域に渡るが、その世界の発展の方向を確認するためにこのようにどこかの星に降り立つのは珍しいことではないらしい。

 もちろん、神としてその世界に降臨することは出来ないため、その星の生物として自分の体を作り替えて降りることになる。以前セレナと戦った時、神が直接その世界に降り立つことは出来ないが例外がある、と言っていたのはこのことだった。

 そして今、シュウは人間としてこの世界に降り立っている。


「……思ったほど変わっていないな」


 視界を左右に線引きするのは魔龍山脈の跡地だ。

 稜線を割り砕かれた状態で、山脈は残っている。崩れた瓦礫が遠く、裾野の森を覆っているのがここからでも見える。

 あれから1000年どうなったのかと思ったが、思ったよりも変わっていないのかもしれない。


「……」


 心の中に湧き上がる期待を押し込める。

 降り立ったのはかつて王都があった場所のすぐ傍だ。

 降り立つ場所を探した時に、ここに今も変わりなく人間が住んでいることだけは確認していた。そこにどんな人が住んでいるのかは、実際に確認してからにするつもりで見なかったが。

 いや、ウソだ。

 もし調べ始めたらリットの姿を探して星じゅうを調べてしまうことがわかっていたからだ。

 もう、会うことなど出来ないと言うのに。

 背後を振り返る。

 遠くに大きな都市だと思われる、その周囲を囲む城壁が見えた。

 あの頃と変わらない、大きな都市がここに形成されて人々が住んでいるのだろう。

 もしかしたらあそこにリットの子孫がいるかもしれない。


「……行ってみるか」


 踏み固められた、街道を歩き始める。

 今回は1000年前と違って、ちゃんと服も着ているしわずかだがこの世界の通貨も持ってきていた。それ以上は持ち込まず、現地で調達するつもりだ。体は人間の物にしたが、身体能力はこの世界を立ち去ったころのスペックに近い。今度こそギルドで働いてみたい、という欲求もある。

 近づくにつれて遠目にだが都市の様子がはっきりと見え始めた。


「ん? んん?」


 城壁はいたるところが崩れ落ち、遠目に見ても瓦礫が散らばったままで、そこに足場が組まれ何人もの人々が修繕をしているようだ。

 まるでつい最近、大きな地震か何かで崩れてしまったような。


「どういうことだ……?」


 足が止まる。

 その光景は、まるで1000年前のあの時のすぐ後のような――

 遠く、街道をこちらへ向かって歩いて来る人影が目に入った。

 降り注ぐ陽光で地表の光景がけぶれているが、シュウは目を最大に開いて凝視せざるを得なかった。

 白い神官服を纏い、手には金色の錫杖と同じ色の髪。

 瞳は真紅でしっかりとこちらを見つめていた。


「嘘だろ……リット、なのか?」


 信じられない思いで呟く。


「っ……!」


 徐々にはっきりと見え始める姿に、シュウは立ち止まっていられなくなった。

 足に力を籠め一気に加速する。

 踏み固められた街道を割り砕くようにして足を踏み出すと、一瞬でその少女の目の前まで移動した。


「うわっ、と?」


 少女の可憐な声。

 目の前にはシュウが加速した余波で起きた風圧で髪をなびかせ、驚きの表情のまま固まるリットの姿があった。


「リット、本当にリットなのか?」

「はい、私ですよ。シュウさん」


 信じられない思いで呟くように尋ねると、目の前の少女は笑顔で頷いた。


「どうしたんですか? まるで死んだ人に会ったような顔をしてますよ?」

「いや、だって、でも……え?」


 目の前で微笑むリットの姿がどうしても現実だと理解できなくて目を白黒させていると、目の前の彼女が首を傾げる。


「メルド様から聞いていないのですか? この世界はシュウさんが立ち去ってから一か月しかたっていませよ?」

「い、一か月!?」


 リットの言葉に思わず叫んでしまう。

 確かに天界と、外の世界は時間の流れが違う。

 これは知識として知っていた。

 だがそれはその世界を管理する神が操作しなければ極端な変化は起きない。せいぜいが数年程度の物のはずだった。

 ということはつまりメルドが何かしたのだ。


「私はあの時メルド様から託宣を頂きました。一か月後、この世界の神になる者として、シュウさんを送ると」

「あの野郎……」


 1000年も前からずっと計画されていたのだ。

 あの適当な冥府の神のニヤケ面が思い浮かんで不快に思う。


「まぁ何はともあれ合流できてよかったです」

「……そうだな」


 あの神の事はいつか天界に戻ったときにしばこうと思う。

 今はこうしてリットと再会できたことを喜ぶべきだろう。


「リット……!」

「わわっ、どうしたんですか!?」


 いきなりぎゅっと抱きしめると、足を浮かせたリットが驚いた声を上げる。

 腕の中に抱きしめたリットの体は柔らかく温かい。

 あの日最後につないだ手の感触は、今でも覚えている。

 それと同じだ。

 今度こそ、放すまい。

 そう思うシュウに反して、腕の中でリットがもぞもぞと動く。


「あの、シュウさん、実はちょっと問題がありまして、放してもらえませんか?」

「やだ」

「じゃあこのまま聞いてもらっていいですか?」


 リットの言葉に頷きを返す。


「実はまた旅に出ると言ったらお父様――国王陛下に止められまして」

「ん?」


 なんだか既視感のあるフレーズだった。


「仕方なく延髄に一撃喰らわせて出てきたのですが、王都を出るときに城の者に見つかってしまいまして」


 そう言われて王都の方へ眼をやれば、確かに城門から飛び出してくる一団の姿がある。

 装備から見ても城の兵士達であることは間違いなさそうだ。


「そう言うわけですので、あまりゆっくりしていられないのです」

「勘弁してくれ……」


 思わず天を仰ぐ。

 あの筋肉ダルマと追いかけっこなんて考えたくもない。


「さ、行きますよ」


 そう言ってシュウの手を取る。

 真紅の瞳が確認するようにシュウを覗きこんできた。


「約束、忘れていませんよね?」


 1000年前、あの場所でリットと交わした約束。


「……ああ、もちろんだ」


 リットが柔らかく握ってきた手をしっかりと握り返して歩き出す。


「これからどこに行く?」

「そうですね、東の方に行ってみませんか? 私の従妹がいるんです。大きな湖もあって風光明美な観光地だったらしいんですが、一月前の戦いで向こうも魔物に襲われて大変らしいんです」

「じゃ、行ってみるか」


 二人、並んで歩く。

 しっかりと踏み固められた街道は歩きやすい。

 二人でならどこまでも歩いて行けそうだ。

 抜けるような青空の下、二人の旅が始まった。


ずいぶんと長くなりましたがこれにて完結となります。

もし最後まで読んでくださった方がいましたら、本当にありがとうございました。

少しでも何か感じてもらえたなら評価などつけていただけると幸いです。

お付き合いいただきありがとうございました。

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