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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
103/105

103話 冥神


 体を縛る強烈な圧迫感から無理やりに離れる。


「おいおい、そんなに嫌がるこたねえだろ」


 見ればそこに立っていたのは、声から想像していた通りの若い女――というよりは女の子だ。

 小柄なその女の子は見た感じ高校生くらいの年齢に見える。

 半袖のシャツとショートパンツから覗く褐色の肌がまぶしく健康的な雰囲気を醸し出している。髪と瞳はくすんだ金色をしており、口元の笑みから覗く白い歯が野性味をプラスしていた。


「お前……いや、あんたがゲルヒ=メルド?」

「そ。アタシがゲルヒ=メルドだ。メルちゃんって呼んでくれていいぜ?」


 そう言ってにかっと笑う。

 けれどシュウはそれには答えずに、飛び離れるときに回収した聖剣をだらりと垂らしたまま硬直する。もちろん反対側の手には大鎌を持ったままだがそちらもメルドには向けていない。

 敵意を感じなかったから、というだけではない。

 未だに強力なプレッシャーは感じ続けている。

 戦って勝てる可能性など万に一つもない、そういうイメージしかわかない相手だ。

 しかしもし本当にこの女の子がゲルヒ=メルドだと言うのなら、相手は神側の存在だ。

 もし、セレナを倒したことの報復に来たと言うのならば、やれるだけのことはやるつもりだった。

 だからシュウの体勢は剣を構えているというわけでもないが、警戒を緩めているわけでもないと言うどっちつかずの物になるのだった。


「そんなに警戒すんなって。アタシはお前と戦うつもりはないんだからよ」

「……本当か?」

「ホントホント」


 メルドの言葉には本当に戦意を感じなかった。


「アタシはこいつを回収に来ただけなんだって」


 そう言って地面からすくい上げた手の中には、ついさっきまでセレナだった小さな苗木が浮かんでいた。


「……分かった、信じる」

「お、物分かりがいいヤツは好きだぞ」


 からからと笑うメルドの元へゆっくりと歩み寄るシュウ。

 とは言え手の中には聖剣と大鎌を持ったままだ。

 その様子にメルドはむしろ笑みを深める。


「さて、自己紹介と行こうか。アタシはゲルヒ=メルド。天界では死者の魂を司る冥府の神とも呼ばれてる。よろしくな」

「俺は、シュウだ。こっちはリット」


 そう言って自分と、手の中の聖剣を指して答える。



「はぁん、そいつ人間を素材に変質されてんのか」

「分かるのか」

「まぁアタシは魂を支配する存在だからな。ここに来たのだって、この下の世界から流れて来た魂から報告があったからだからな」

「魂から?」

「この世界の神――セレナの所業とか、まぁ色々とな。長いことこの世界に縛られてた魂だったみたいで、ずいぶん特殊なヤツだったよ」


 そう言われてシュウの脳裏に二人の存在が思い当たる。


「まさか、龍人と幽霊女王か?」

「名前まではアタシにゃわからないよ」


 シュウの問いに、メルドは首を横に振るが、シュウには確信があった。

 もし神にまで気が付いてもらえるような魂があるとすれば、1000年戦い続けてきたあの二人以外にはいないだろうと。


「その二人の魂はどうなったんだ?」

「もう輪廻の輪に還ったよ。じきにどこかの世界で何かに生まれ変わるだろうさ。だいぶ縁のつながりが強いヤツらだったかんな、来世でも深い結びつきになるだろうね」

「……そうか」


 あの二人が来世ではどうか幸せであって欲しいと願う。

 どちらとも直接会ったわけではないが、何となく2人とは近しいものを感じていた。


「……それで、そいつはどうするつもりなんだ?」


 メルドの手の中にある苗木に視線を向ける。

 戦って勝てるとは思えないが、セレナをそのまま野放しにすることだけは出来ない。

 確認したかった。


「こいつは天界のルールで処罰する。ま、見ての通りこの苗木からの再スタートになるだろうな」

「苗木から?」

「こいつは神樹の苗木だ。元は普通の木だったが、無数の信仰を集めて神となり天界へと昇って来た一株さ。」


 どうやらセレナ自身も元から神だったと言うわけではないらしい。

 どこかの世界で普通の木として生まれ、信仰を得た結果神になったと言うことか。


「ようやく神になって、これからだって時に……まったく馬鹿なことを考えたもんだ。また一から無限に等しい時間を費やして神を目指すことになる」

「それは……」

「安心しな。今回のようなことはもう起こさせねえよ」


 再度神を目指す過程で同じことが起こるのではないか。

 そう疑問を口にしようとしたシュウにぴしゃりと言い放つメルド。


「……分かった。あんたを信じる」

「そう言ってもらえると助かるね」


 メルドの目には絶対の自信があった。

 シュウはその言葉を信じるしかないと思うのだった。


「なぁ、それじゃこの世界はどうなるんだ?」

「新しい神が管理することになるだろうな」

「……せめてそいつはもうちょいまともな神であることを祈るよ」

「そのぐらいは約束してやるよ」


 そう言ってにかっと笑う姿にシュウはようやく肩の力を抜くことが出来たのだった。

 手に握っていた大鎌を消して湖面に座り込む。

 というよりも起き上がっていられなかった。

 全身が鈍りのように重く、倒れ込むようにして湖面に横になる。

 目の前には夜天に移り行くあかね色の空。

 その空に右手に握った聖剣を翳す。

 刃はボロボロに毀れ、あちこちに罅が入っている。

 本当にギリギリの戦いだったのだろう。


「ありがとう、リット」


 そう声を掛けると手の中の聖剣が震えた気がした。

 こんな姿になっても一緒に戦ってくれたことには感謝しかない。

 ただ心残りは、お互いこんな姿になってもう元の世界に戻ってもまともには生きていけないだろうと思われることだった。

 シュウは度重なる回復魔法で既に体は人間ではない。

 リットに至ってはもう剣だ。

 この永遠に続く湖面上の世界で朽ち果てるまで待つしかないのだろうか。

 そう思った時だった。


「そんじゃ、もう一つの約束を果たそうか」

「……約束?」


 寝ころんだまま空を見上げるシュウの視界にメルドが入って来る。

 シュウを見下ろす視線は、今までで一番優しい。


「お前、セレナに『魔王を倒したらなんでも願いを叶える』って約束されてただろ。その約束、アタシが代わりに叶えてやるよ」


 その言葉と共にシュウが勢いよく起き上がった。


「ホントか!?」

「神は神以外の知的生命体と交わした約束は必ず守るのが信条なんだよ。ほら、さっさと言え」

「何でそんな信条があるんだよ……」

「神は全知全能なり、ってのはどこの世界でも神への共通認識だけどそれ嘘っぱちだからさ。だからせめて自分の子どもたちと直接交わした約束くらいは守りなさいよ、って話」

「なるほど……」


 神の信条など知ったことではなかったが、その申し出は本当にありがたかった。

 手の中の聖剣を見下ろす。

 もし、出来るなら――


「なぁ、こいつを元の姿に戻して元の世界に返してやって欲しい――って、願いが二つになるか」

「いや、下の世界に返してやるくらいおまけでやってやるよ。お前も一緒に送るか?」

「質問に質問で返して悪いが……俺の体、あの世界で生きて行けるのか?」

「察しがいいな。察しがいい奴は嫌いじゃないから教えてやるよ。お前の体はほとんど神と同じになってる。神はそれぞれの世界に過剰に干渉することを基本的には許されてない。だから直接下界に降りることは出来ないぜ」


 「ま、例外はあるがな」と締めくくったメルド。

 その言葉を聞いて覚悟は決まった。

 いや、叶えられる願いが一つだけの時点で決まっていたことだ。


「分かった、さっき言った通りこいつを元に戻して元の世界に返してやってくれ」

「お前はどうする?」

「もしあんたがいいっていうなら……あんたについていこうと思うが、どうだ?」


 メルドの問いにシュウはそう答えた。

 するとメルドは破顔して、


「いいねぇ! やっぱりお前気に入ったよ! アタシの眷属にしてやるよ」


 そう言って大笑したのだった。


「しかし何も聞かずに神の世界に足を踏み入れようとか、大物なのか大馬鹿なのか」

「この何もない世界で朽ち果てるまでぼーっとしてるなんて、絶対いやだからな」

「それは言えてる。それじゃ、そいつを元に戻そうか」


 そう言ってメルドは苗木を持っていない方の手を聖剣へ翳してくる。

 その時手の中の聖剣が震えた気がした。


「おい、そいつ自分を戻すならお前を元に戻せって言ってるぜ」

「気にしないでくれ」

「お前、後で怒られるぞ」

「怒られる前に下に送ってやってくれればいいだろう」

「ははっ、やだね。話す時間を少し作ってやるからしっかり怒られな」

「は!? おい、ちょっと待て!」


 そう言ってシュウが止めに入るよりも先に、手の中の聖剣が強い力で引っ張られた。

 聖剣がシュウとメルドの間に浮き上がり、まぶしい光に包まれた。

 白い光。

 しばしの間闇に移り変わる湖面の世界を白く塗りつぶした後、湖面に白い少女が降り立った。


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