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剣の神官と女神の剣  作者: 橘トヲル
100/105

100話 動揺


「ううおおおおおああああああ」


 雄たけびと共に棘付き棍棒――剛毅丸で殴りかかるも、セレナは微動だにしなかった。

 剛毅丸はセレナの顔の前数センチで見えない何かに阻まれてそれ以上先には進めない。

 それは右手に握った聖剣で斬りかかっても同じだった。


「ならば!」


 相手が微動だにしないのをいいことに目の前で再召喚。

 剛毅丸を水を操る短剣――ウィンディネへと換装する。


「あああああっ!」


 逆手に握ったそれを湖面へと突き立てる。

 同時に水面から一気に氷結した巨大な氷柱が無数にその先端をセレナへ向けて突き立てた。

 太い氷同士がぶつかり合い、微細な粒子となってあたり一面を覆い隠す。

 だが、


「ちっ、ダメか!」


 氷霧が晴れたところにはセレナが変わらずに立っている。

 氷の先端はセレナの数センチ手前で止まっていた。


「無駄ですよ。言ったでしょう? 私を殺すことは不可能だと」

「くっ」


 セレナが槍を振り上げる。

 慌てて後退したシュウだったが、槍の穂先は一瞬でその距離を縮めて来る。

 聖剣と真紅の槍がぶつかり合い火花を散らす。

 同時にシュウは諦めることなく聖剣をセレナに叩きつけるものの、それらはやはり届かない。

 むしろ無防備にセレナは聖剣を受け止める。

 そして攻撃を止められ隙だらけになったシュウへ向けて槍を無数に突き出すのだった。


「ぐうっ!?」


 弾丸で打ち抜かれるかのような衝撃が貫通していく。

 右肩、左腿、右わき腹。

 灼熱の感覚と血が溢れ出す感覚に顔を歪めるのと同時、聖剣からあふれ出た光が怪我を瞬く間に治していく。


「ふうん、思ったよりも厄介な剣ね。それ」

「こいつでお前を必ず倒してやるよ」

「あなたを片付けたら廃棄してあげるわ」

「させねえよ!」


 今度は再びセイジョを喚び出して両手の剣でそれぞれ獣の如く斬りかかる。

 刀身は既にシュウの生命エネルギーを吸い取って光の粒子を纏っている。まともに当たればただでは済まない。

 だが聖剣と二刀流で攻撃を加えてなおセレナは涼しい顔をしている。

 シュウが握る二本の剣はセレナの顔の前数センチまで迫っていると言うのにだ。

 よほど自分を守っている何かに自信があるらしい。

 もはや槍で受け止めようとはせず、ただ突っ立ってシュウが隙を見せるのを待っている姿勢だ。


「だったら……!」


 あの不可視の盾を吹き飛ばせる何かを探すだけだ。

 セイジョを還して槍を喚び出す。

 木製の槍は表面に葉の文様が描かれていた。長いその槍をわきの下で挟み込みながら全力でダッシュすると残像を残してシュウの姿が掻き消える。

 セレナの目も一瞬その姿を見失って視線が泳ぐ。


「こっちだ」


 それと同時に背後から左手に握った槍を体ごと突きに行く。

 槍の穂先が不可視の盾にぶつかって大きな音を立てる。

 振り返ったセレナが長槍を振り回すが、既にそこにシュウの姿はない。

 魔槍・ヘレリアは装備者に疾風の如き速度を与える。

 再びセレナの死角にもぐりこんだシュウがヘレリアを突き出すも再び盾が阻む。


「神話の時代の武具ですか。ですが無意味」

「だろうな」


 再び加速に入ったシュウが残像を残しながら移動し続ける。

 声がセレナの周囲から立体的に聞こえる。


「だがこれならどうだ?」

「!?」


 ガァン、という鐘を金属で殴りつけたような巨大な音が響き渡る。

 一瞬遅れて湖面に二人を中心にして大きな波が立った。

 セレナの視線が自分の腹部を見下ろして目を見張る。

 そこにあったのは赤と鉄色二色を纏う鉄の棒。

 いや、先端がL字型に曲がったそれは、こんな異世界の神をしているセレナでも知っているありふれたものだ。


「バールっ!?」

「バールのようなものだ」


 L字型に曲がった先端が、不可視の盾に食い込むのを感じる。

 今までにない感触だ。

 行ける。

 そうシュウが思うのと同時に無音で不可視の盾が割れるのを感じた。

 どちらの武器も盾に対する特攻付き。

 どうやらバールのようなものに軍配が上がったらしい。

 驚愕に目を見開くセレナは体を硬直させている。

 今なら攻撃が通る。

 今度こそ、聖剣がセレナの肩口から脇腹までを切り裂いた。

 肉を断ち切る感触。

 だが、


「ああ、ごめんなさい。うまく伝わらなかったみたいですね」


 そこには平然と立つセレナの姿。

 聖剣が切り裂いたはずの体には傷一つない。


「どういうことだ!?」

「言ったでしょう? 神の体は神殺しの武器でしか傷つけることは出来ないと。あなたがさっき壊したのは、私の体を保護していた神気の盾ですよ」


 若干気の毒そうに言いながら長槍を放ってくる。

 確実に攻撃を与えられたつもりだったシュウは、セレナの言葉に一瞬身をこわばらせてしまった。

 そしてそれは最悪の結果を生む。


「さすがにそろそろ死になさい」


 空気を破裂させながら無数の槍が迫る。

 シュウの体がぼろ雑巾の様になりながら宙を舞った。


   ◇


 ぐしゃり、と音を立てて肉塊が水面に落ちる。

 手足はあらぬ方向に曲がり、体中至る所にこぶし大の穴が開いていた。

 そして頭は完全に吹き飛ばされなくなっている。

 水面がどす黒い赤に染め上げられた。


「終わりましたね」


 宙を滑るようにして近づいたセレナがその肉塊を見下ろして呟く。

 その目にはもはや何の感情も浮かんでいない。

 かつて勇者の中にも同じようにセレナに反抗した者はいた。

 彼らは神の不条理さに悪態をつきながら同様に肉塊となった。

 目の前のシュウも同じに過ぎない。

 セレナはもう、シュウに興味を持っていなかった。


「さぁ、新しい時代を始めましょう。次は人同士が相争う世界を作っていきましょうか」


 そう言ってセレナがシュウに背を向けた瞬間。

 背後から最大の殺気を感じ取る。


「なに!?」


 咄嗟に振り向いたセレナの眼前に迫るのは真っ白い刀身。

 槍で受けることも盾を展開することもできず、そのまま顔面で受ける。

 無論ダメージはない。

 だが突然の攻撃はセレナの心に大きな衝撃を与えた。


「一体なぜ、お前は……」


 目の前には立ち上がり、両手に剣を持ってふらふらと立ち上がるシュウの姿。

 だがその体は未だに穴だらけで、頭も半分しか治っていない。

 まるで本物のゾンビのような姿にはさすがの女神もぞっとさせるものがあった。

 思わず後退するセレナ。

 シュウは未だふらふらとした緩慢な動きをしている。


「そうか、あの神官ね」


 視線をシュウの右手に握られたままの聖剣に向ける。

 神官の回復魔法は女神セレナへの祈りによって発動される。

 だが別にセレナの力で回復魔法が発動されているわけではもちろんない。

 セレナにはそんなことをいちいちやるつもりなどはなかったのだから。

 実際には神官の回復魔法とは造物主たるセレナの力の一端を借り受けて、対象を回復させると言うものだ。

 そしてこの天界はセレナの力にあふれている。

 だからこそ瀕死を飛び越して確実に死を迎えたはずの人間をも蘇らせる結果となったのだろう。

 だが、


「あー、死ぬかと思った」


 完全に体を回復させたシュウが冗談にもならないことを言う。

 その言葉にセレナはシュウと出会って初めて頭の中が真っ赤に染まるような怒りに震えた。


「いいえ、あなた今確実に死んでいましたよ」


 そうだ。間違いなくシュウは死んでいた。

 いかに回復魔法といえども死んだ人間を蘇らせることは出来ない。


「なぜ、生きているんですか!?」


 セレナの声が威圧を伴って発せられて、湖面にさざ波を作る。

 明らかに自分のあずかり知らないことが起きている。

 そのことにセレナは激しく動揺していた。

 ここはセレナの世界だ。

 彼女の想像を超えることが起こり得るはずはなかった。


「そんなの決まってるだろ。お前を倒すために生き返ったのさ」


 そんなものは答えなどではない、ただの挑発だ。

 セレナはそう理解しながらも、初めてなにかうすら寒いものを感じていた。

 意図して冷静な口調でセレナは通告する。


「ですが、あなたは私を倒すことは出来ません。攻撃が、届きませんからね」

「ああそれか」


 シュウはけれど治った首の調子を確かめるようにコキコキと鳴らしながら言った。


「さっき頭を吹っ飛ばされた時にようやく思い出したんだけど、その問題はもうクリアされたよ」

「はい? この私を倒すと言うのですか?」

「ああ。頭を吹っ飛ばされてようやく目が覚めた気分だよ」


 ハッタリだ。

 セレナはそう確信していた。

 この世界の武器に自分を害することが出来るものがないことは常に確認していた。

 もしそんなものが生まれそうになった場合には常に託宣を与えて、女神の敵として処分して来たのだ。

 大胆に世界を改革させながら、自分への害意は慎重に取り払って来た。

 唯一の失敗は龍人とセージの二人が行った女神信仰を衰退させた裏工作のみだ。

 魔王討伐に沸き立つ世界ではどんな託宣も効果が少ないと思われたことと、長い目で見ればいずれ信仰が戻ることは目に見えていたために放置していた。

 今ではそれが過ちだったのだと理解しているが。

 いずれにせよ、シュウの刀剣召喚では自分を殺せない。

 セレナはそう断じた。

 だからここからはただの作業だ。

 死体を殺しつくすまでの。


「ならば見せてみなさい。あなたが私の体に傷をつけるまでに何度死ぬのか……あるいはその神官がどの程度もつのか試してあげましょう」

「ああ、いいぜ。見せてやるよ」


 シュウは不敵な笑みを浮かべながら、右手に握った聖剣をセレナへと向けたのだった。


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