七:拾い物
何の嫌味かと思った。
「綺麗な黒髪だなあ」?
「………はァ?」
素で何を言っているんだこいつはと思った。
無意識に声が出ていたらしい。
白すぎて発光しているその誰かは慌てて弁解し始めた。
「…は!すみません、急に知らない男が何言ってるんだという顔ですよね、すみません!」
いや、そこじゃない。
というか男だったのか…。
ラピスラズリは改めて、その誰かをよく見た。
銀色の髪と瞳。人間離れした肌の白さ。すらりと伸びた手足。長い睫毛。そして今まで見たことがないほど整った顔面。
この人がどの性別であれ、関係ないと思った。その揺るぎようがない絶対的な美しさ。
きっと見るもの全てがこの人を美しいと言うだろう。
…今は土まみれになっているが。
「…は!もしかして黒髪ではなかったですか…?すみません、とんだご無礼を…。」
「…いや、暗くても見たらわかるでしょ。どこをどう見たら黒以外に見える?」
だから、そこじゃないんだって。
「…あ、そうですか。よかった。」
白い人はホッとした様子でへらりと笑う。
笑っても慌てていても、作られたように美しい顔面。
…顔面が良すぎて殺されそうだ。
「…どこの人?ここら辺の人じゃないでしょう。」
整いすぎている顔面に押し負けないように、しかめっ面で挑む。
ラピスラズリの眉間に皺が寄る。
「…え!は、い。多分ここら辺の人じゃないと思います…。」
「…ふわふわしてるなあ。自分のこと覚えてないの?」
あまりにも曖昧な答えにさらに眉間に皺が寄る。
「い、いや記憶喪失ではありません、僕の名前はルチルティアと言います、よろしくお願いします。」
ルチルティアは深々と頭を下げる。
彼が動くたびにキラキラしたものが当たりに散らばっていく。
「…なんか天使みたいな名前ね。発光してるしキラキラしてるし。」
「天使なので…。」
「ふうん、そう。天使なの…。天使?」
何を言っているんだこいつは。
「…埋もれて頭がおかしくなったとか?」
「も、もとからこの頭ですが…。」
何を言っているんだこいつは。
「…で、ルチルティアさんはどこから来たの。ここの人じゃないなら。」
「ええと、多分、位置的に…上から…?」
すらりと細い指で指したのは、空。
…本当に頭がおかしい人と出会ってしまった…。
「…もしかしてすごく胡散臭いと思われていますか…?」
ルチルティアはハッと気づく。
「…そりゃ初対面の大人に自分は天使ですと言われて頭がおかしいと思わないわけはなくない?」
「…え!え!本当なんですよ!ほらちゃんと翼も生えて…ない!?消えた!」
ルチルティアは思わず立ち上がってくるくるとその場で回ってしまった。
生えていたはずの銀色の翼が見当たらない。
白く発光している彼が動くたびに、キラキラが散乱する。
ラピスラズリはさらに目を細めてしまった。眩しくて目がチカチカしたのだ。
このルチルティアという白い人は正直頭がおかしいとは思う。地面に突き刺さったときに頭を強く打ったのだろうか。そもそも突き刺さること自体おかしい。…おかしいのだが。
「ええ…どうして消えたんだろう?で、でてこないかな、どうにかして…ん〜〜!」
目の前で唸る白く輝く美しい芸術品のような生き物を見ていると、もしかしたら本当にこいつは天使なのかと思ってしまう。
どんなに控えめに言葉を選んでも、美しいとしか言いようがない。
「ん〜〜!」
ポフッ!と間抜けな音がした。
間抜けな音と同時にふわりふわりとした綺麗な羽が雪のように落ちてくる。
「…け、毛が抜けた…!?!」
貴重な毛が!
白い人が慌てて舞う羽を手で拾い集めている。
…羽が降ってきた?
「…何が起きたんだ?」
ハッと我に帰る。
ラピスラズリの頭や肩にも羽が積もっていた。何もないところから突然羽が降ってきたのだ。
「…手品?」
「い、いえ、それは僕の毛です!最近、ずっと悲しくて抜け毛がひどくて…。」
いや、どこの毛としてこんな羽が生えてるんだよ。
「…あんた、さっきから何言って…。」
と、言いかけて気づく。
白いルチルティアの、白い服には背中ががっつり開いているデザインで。
その服から覗く背中に、ふわふわとした何かが生えている。
「……翼…。」
それは銀色に輝く、まぎれもない翼。
「…ち、」
「ちっちゃい!」
ラピスラズリが口から発する前に、ルチルティアが叫んだ。
「…な、なんでだ…はっ!もしかして僕が堕ちたから…?は…ハァ…でも、僕の翼なんて…あってもなくても同じか…綺麗でもないし…ああ…もっと美しかったら…うじうじ…。」
まるで走馬灯のように、今までの出来事が次々と頭をよぎる。悲しい…とても悲しい…。
「……チッ。」
思わず舌打ちしてしまった。
ルチルティアはギョッとしてラピスラズリを見る。
「喧嘩売ってるの?」
「…ひえ…。」
変な声が出た。
「あんた自分の顔面鏡で見た事ある?その発光するレベルの白い肌と石像みたいな理想の顔面で容姿について少なくとも私の前では悩まないでくれる?腹が立ってくる。」
真顔で淡々と語られる。
癇に障りすぎて一気にまくしたててしまう。
ラピスラズリの顔は無表情を極めすぎてそれこそどこかの島の石像のような顔をしていた。
「それにどこからきたのか知らないけど良かったわね。あんたの見た目と体の色だったらどこに行っても歓迎されるでしょうよ。この森抜けたらすぐ街があるから泣きつけば誰か助けてくれるんじゃない、じゃあね。」
大きなスコップを持ってラピスラズリはくるりと踵を返した。
「え、あ、ま待ってください、すみません、何か怒らせることを…」
「してないよ。私が勝手に癇に障っただけよ。気にしなくていいわよ。じゃあね。」
歩き出そうとするラピスラズリをルチルティアは必死で止める。
「ま、ま待って!」
「何何何、私にしては気を使って穴も掘ったし街の方向も教えたでしょ。」
「す、すみません、あの、厚かましいとは存じますが…一緒についてきていただけないでしょうか…。」
今まで、エリス以外の他者とはあまり良好な関係を築くことができなかったので、ルチルティアは少し他者と関わるのが苦手だ。
初めての相手なら尚更のことである。
「…自覚しているなら頼まないで頂戴よ。あなた目立つから益々周りが喧しくなるよ。ただでさえ喧しいのに。」
ラピスラズリは再び眉間にしわを寄せる。
「ぼ、僕目立ちますか…。」
「今ですら目立ってるのに無自覚なの?自覚して。隣に並んでたら白黒でシマウマじゃないの。」
「シマウマ…ってなんですか?」
「白と黒のシマシマ模様の馬よ。…そうじゃない!」
なんなのだこいつは。
話していてもふわふわしている。甘ったるいパンケーキみたいだ。
こちらの体力がすり減っていく。
「…とにかくもういいでしょ。隣に立つと私が惨めだからひとりでどうぞ。」
「え!な、何故ですか?僕といると悲しいですか?」
「ああうんそう悲しい悲しい、私みたいな黒髪のブスがあんたの隣に立ってたらそらそうよ。」
「違います!」
ルチルティアの声が森中に響いた。
白く滑らかな手でラピスラズリの両肩をガシッと掴む。
「こ、こんなに、綺麗で丁寧に手入れされている、あなたの髪は…綺麗です!鏡を見ましょう、可愛らしいのです!」
物凄い剣幕で迫られる。
驚いた。
顔が近い。毛穴がない。銀色のまつ毛が長い。銀色の瞳は近くで見るとさらにキラキラと輝いていた。
「………手、離してくれない?」
固まった声を絞り出し、ラピスラズリは呟いた。